第29話 ヤンデレの事情

修学旅行の旅館で香織に呼び出された。

何事だろうと少しドキドキしながら、呼び出された自販機の場所に向かう。

香織はいつも通りの面持ちで、僕を見つけるとスマホをひらひらとさせて呼び寄せた。


「急に呼び出して悪いわね」


別にいいけど、となぜかつっけんどんな言い方になってしまった。

意識してどうする、僕はただ普通に話せばいいだけだ。

香織は僕を気にせずに、話をしようと口を開いた。


「あのね、私。優希に未練はあるわよ」


香織がなんてことないように言う。

香織が意識してそんな言い方をしてくれているのに気がついて僕もなんてことないように聞いた。

きっと、重く受け止めて欲しいわけじゃないんだろう。


「でも、前を向こうって決めたの」


その目には強い意志があった。

僕のことは忘れない、でもそこに留まるつもりもないという香織の強い思い。

僕だって、藤宮と向き合おうと決めたんだ、香織だけそこに置いてけぼりなんてありえない。


「だから、優希は藤宮さんを大事にするべきよ」


香織が真っ直ぐに僕を指さして言った。

香織は僕の背中を押してくれている。

僕は香織のこういう真っ直ぐなところが好きだった。


「分かってるよ、でも香織のことも心配してるみたいで」


僕はぼそっと言った。

香織自身に絶対言うべきじゃないことを言ってしまった。

香織なら受け止めてくれるという絶対的な信頼を置いてしまっている。


「優希は意気地無しで臆病なんだから。藤宮さんは多分、今は自分からは動けないと思うの…。だから、優希が動いてあげないと!」


香織は僕の肩をぽんと叩いた。

ああ、僕は彼女を傷つけてまで何を守りたかったんだ。

そうだ、藤宮の幸せを守りたかったんだ。


「うん、僕が動くべきだよな」


しっかりと伝えるべきだ。

彼女がたとえ、受け入れてくれないとしても僕の気持ちは伝えるべきものだ。

この世に、伝えずにいた方がいい気持ちなんてひとつもないのだから。


「そうよ〜、私もイケメン彼氏捕まえちゃうんだから〜」


ふふふ、と笑う香織はとても強く見えた。

いつまでも躊躇して未だに自分が傷つくことを恐れる僕なんかとは比べ物にならないくらい。

僕は今まで周りに任せてきてばかりだった、そろそろ動き出すべきなのだ。


「ん?藤宮?」


香織の後ろに藤宮の黒髪が見えた気がして名前を呼んだ。

今、無性に彼女に会いたかった。

それなのに、そこに彼女の姿はなかった。


「ん?藤宮さんいたの?」


「いや、気のせいだったみたいだ」


好きだよ、藤宮。

今すぐそれを君に伝えたい。

君の気持ちが、今はそこにないとしても。


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「あーあ、悠生ゆうせい居ないとつまんなーい」


「まじ、クラスのムードメーカーだったのにね。マドンナなんかに恋しちゃうから」


「でもさ、学長の娘だからって調子乗りすぎじゃない?悠生が何したのよ」


声が聞こえる。

耳を塞ぎたい。

出来ればなにも聞きたくない。


「好きです!俺なんかじゃ届かないってわかってるけど気持ちだけ知ってて欲しくて」


昔から好意を寄せてもらうことは多かった。

でも、それを伝えてくる人なんてそういなかったし伝えられたとしても私はその気持ちに応えなかっただろう。

それだけなら、別にそれでよかった。


「気持ちはありがとう。でも、私―」


「何をしているのかな」


その声が聞こえた瞬間に背筋が凍った。

その人に見られたら、その人に気づかれたら。

何されるか分からない、私の人生は壊される。


「学長。えっと、これは…」


男の子が言い淀む。

そりゃあ、告白してましたなんて教師に言えるわけない。

言う必要もないのだし。


「ははは、何を言い淀んでいるんだい?別にやましい事じゃないのだろう?」


笑っているけれど、笑い声が廊下に響くけれどその目は笑っていない。

そのことに男の子も気づいたのか、肩が波打ったのがわかった。

学長にそんなふうに詰められたら誰だってそう思う。


「そ、そうっすね…。えっと…」


「ふん、明日の朝学長室に来なさい」


学長が発した言葉に私は目を見開いた。

やっぱり全て壊されてしまう。

この人はまた余計なことをする気だ。


「お父さん!」


気づけば叫んでいた。

今まであれだけ口に出さないようにしてきたのに。

たとえみんなが知っている事実だとしても私だけは頑なに認めてこなかったその関係性を思わず口に出してしまった。


「なんだい?咲、お父さんは咲を守るからな」


肩に置かれた手を振り払いたくてしょうがなかった。

でも、そんなことは出来ない。

お父さんが私たちに背中を向けて歩いていくと、男の子は震えた声で私に声をかけてきた。


「なあ、俺どうなるのかな…。た、退学とか…ならないよな…?」


私はその震える声を落ち着かせてあげることが出来なかった。

安心させてあげることも、守ってあげることも。

次の日、学長室に消えた悠生くんをその後誰も見ていない。

そんな不自然なタイミングで彼は、学校から立ち去ったのだ。

それはきっと、いや絶対に私のせいで。


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