第28話 ヤンデレの誤解

私たちは探索を終えて、旅館へと戻ってきた。

そこでもびっくりしたのは香織ちゃんも同じ旅館を予約していたことだ。

ここまで同じこともあるんだねなどとみんなで笑い合いながら戻ってきた。


「いや〜、歩いたから足痛いかも。明日、筋肉痛かもな…」


優希くんが、おちゃらけた様子で言う。

私はその姿からすっと視線を逸らした。

あのまま、どこか気まずい空気を残したまま私たちはみんなと合流した。


「もう…優希って昔からそういうとこ頼りないって言うか不甲斐ないって言うか」


香織ちゃんが呆れたように大きくため息を吐きながら言った。

優希くんがああ言ってくれたのは本当に嬉しかった。

それは私がずっと望んでいたことでもあった。


「ほんとそうだよな〜、体力無いくせに無理しちゃって〜」


長谷くんが、からかうように優希くんの肩をくいくいとつつく。

優希くんは笑いながらやめろよなどと言っていて、楽しそうだ。

その表情の奥で何を思っているのか、私のあの態度をどう思ったのか分からないけれど。


「藤宮さん?なんか元気ない?」


一言も話さない私に気づいた香織ちゃんが心配して声をかけてくれた。

ダメだ、みんな楽しく過ごしてるのに私がそれを壊しちゃダメ。

努めて笑顔でいなきゃ、この人たちは私にとってかけがえのない大事な人達なんだから。


「そんなことないよ!私も歩きすぎちゃったかも」


えへへと笑ってみる。

それならいいけど、と香織ちゃんが安心したように視線を私から外した。

ズキっと痛む、嘘を吐いた罪悪感から目をそらす。


「藤宮ちゃんも、無理したのか〜?ゆっくり温泉入るといいよ、気持ちいいぞ〜」


長谷くんがいつもの雰囲気で場を和ませてくれる。

私はこの3人に馴染めているのだろうか。

ここにいて、いいのだろうか。


「うん、そうする」


外側ではいつも通り笑いながらいつまでも不安が払拭できない。

あの出来事から、敏感になっている自分が嫌になってくる。

結局は、あの人のせいで自分も左右されてしまっているということが悔しい。


「藤宮、無理するなよ」


優希くんが最後にそう声をかけてくれた。

シンプルで短い言葉だったけれど、目が合った時にその言葉に色んなものが詰め込まれていることがわかった。

多分、あの言葉への返事についても無理するなと言ってくれているのだろう。


「うん」


ありがとう、そう言いたかったのに言葉が出てこなかった。

だって、なんだかお礼を言うのも違う気がしてしまった。

私の中でも明確な答えがあるのに、怖い。

好きだからこそ、優希くんだけはあの地獄に巻き込みたくない。


「香織ちゃん、夕ご飯は1人?」


女子同士の部屋の行き来は自由だし、香織ちゃんは元々うちの修学旅行生じゃないので私は香織ちゃんの部屋に顔を出した。

そこには、何やら準備している香織ちゃんの姿があった。

なにか、お仕事のこと…かな?


「あー、多分1人よ」


見ていたスマホの画面から、香織ちゃんが顔を上げて答えてくれた。

誘ったら迷惑かな、と思いつつ私から勇気を出すのも必要なことだと思い直す。

そして、意を決して声を出した。


「良かったら、夕ご飯一緒に…」


「いいわよ」


香織ちゃんが間髪入れずに、OKをくれた。

私はほっとして、笑みがこぼれるのが自分でもわかる。

すると、香織ちゃんが私の脇を通り過ぎて部屋を出ていく。


「後で合流しましょ。ちょっと用事を片付けてきちゃうわ」


特に疑問に思わずに、香織ちゃんを送り出した。

お仕事だろうと、ただただそう思ったから。

自分の部屋に戻ると、同室の子がお風呂から出てきたところだった。


「あーあ、やっちゃった。お風呂入る前に飲み物買ってこようと思ってたのに〜」


私は立ち上がって、視線をさ迷わせながらも声をかける。

すると、その子は急になんだと言いたげに私を見あげた。

心臓がバクバクと、鳴る。


「あ、あの…。私、飲み物買ってくるよ」


いつまでも逃げてちゃいけない。

それは、優希くんや香織ちゃんとのことだけじゃなくてほかのクラスの子たちとの事も。

いつまでもひとりぼっちでいいわけ、ないんだから。


「へ?ああ、うん」


同室になってから、一言も話していなかった私が急に話し出したものだからびっくりしたらしい。

それでも、無視されなかったんだから良かった…。

私はほっと胸を撫で下ろしながら、自販機へと向かった。


「だから、優希は藤宮さんを大事にすべきよ」


そんな声が聞こえてきて、私は足をとめた。

なんの話…?

この声は…香織ちゃん…?


「分かってるよ、でも香織のことも心配してるみたいで」


優希くんの声も聞こえてきた。

そっか、香織ちゃんの用事って優希くんとなにかあったんだ。

用事がなんなのか言われなかったのがどうしてなのか何となくわかった気がした。


「優希は…で、…なんだからさ…」


会話の内容は途切れ途切れにしか聞こえなかったけれど、ただひとつわかったのはやっぱり2人の世界に私なんかが入り込んじゃいけないってことだ。

私なんかが入る余地はなくて…。

だからきっと、私に出来るのは…。





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