第26話 ヤンデレの苦悩

でも、それは僕は選んだことだ。

藤宮が気に病むべきことなんて何一つないのに。

何回も言ってはいるけれどそんな訳には行かないらしい。


「なあ、藤宮。隣、歩けよ」


距離があるのは悲しかった。

せっかく2人きりになれたのだ、隣を歩いていたって誰も文句は言わない。

文句を言われたとしたって関係の無いことだ。


「う、うん…」


最初のヤンデレはどこに行ったのかと言うほど大人しくなってしまった藤宮を見て、寂しく感じる。

最初はめんどくさいとまで思っていたのに不思議なものだ。

でも僕はすっかり藤宮に息が詰まるほどの重たい愛情を注がれることに慣れて、というかそれがないと落ち着かないまでになってしまっていた。


「香織は、確かに僕のことが好きだし僕だってもちろん好きだった。でも、僕の気持ちが変わってそれを受け入れてくれた香織も前を向こうとしてる。なんでそこでお前だけ立ち止まる必要があるんだよ」


藤宮の気持ちはもちろんわかる。

クラスで孤立していることが原因で人付き合いに対して過剰に敏感になっていることも。

でも、香織はそんなことで人を嫌うようなやつじゃない。


「そう…だよね…。香織ちゃんも、友達だって言ってくれたんだし…」


藤宮が、歩調を僕に合わせる。

そして隣を歩き始めた。

僕はただそれだけのことに安心する。


「よし!上まで行くぞー!写真撮って、来なかったこと後悔させてやろうぜ」


多分少し前の僕なら修学旅行なんて全く興味のない行事だっただろう。

でも、藤宮に出会って色んなことがあって僕は今までどうでもいいと思い続けていたものに興味を持つようになった。

今を楽しめているのも藤宮のおかげだ。


「優希くんらしくないね」


そう言って藤宮が笑った。

僕が何に関しても無関心な頃から藤宮は僕を見続けているのだから、たしかにそう感じるかもしれない。

だから、僕は得意げに笑って藤宮の手を掴んだ。


「らしく無くなったのは、藤宮のせいだからな?」


おかげ、と言いたかったけれどここは柔らかく聞こえるようにせい、と言った。

すると、藤宮は目をぱちくりとさせて驚いている。

そして、花が咲いたように笑った。


「そっか、私のせいで優希くんは変わちゃったんだ」


その笑顔は、クラス中で藤宮を美人だ美人だと持て囃していた頃のクラスの連中ですら見たことがないような心からの笑顔だった。

ずっとそんなふうに笑える相手はいなかったのかもしれない。

藤宮にとって心から笑える相手になれているならそれ以上に嬉しいことは無かった。


「そうだ、だから責任取ってこれからも一緒にいろよな」


僕の言葉に藤宮は目を見開いた。

そして、意味を理解したあと微かに頬を赤く染める。

俯いて僕からその顔が見えないようにしている。


「これからも一緒…」


その言葉が嬉しかったのか…?

僕の素直な気持ちを言っただけなので、こちら側としても拍子抜けだ。

でも、藤宮が喜んでくれてるなら良かった…?


「そうだ、これからも」


掴んでいた藤宮の手をぎゅっと握った。

藤宮は、その手を見てにこっと笑った。

そして、彼女も手を握り返してくる。


「嘘吐いたら許さないから」


その言葉に、なにか前のような狂気を軽く感じて僕は笑った。

何故か安心している自分がいたからだ。

ヤンデレに安心するとかどうかしている。


「なあ、藤宮…」


僕の呼びかけに藤宮は首を傾げた。

心臓が飛び出そうなほど、ドキドキしている。

よく考えたら、自分から言うのは初めてで上手く言えるような気がしない。


「なに?」


でも、伝えたいと思った時に伝えるのが1番いい気がした。

いつ伝えられなくなるか分からないのだから。

目の前に藤宮がいてくれて、僕の話に耳を傾けてくれて、その笑顔を見せてくれているうちに言っておきたかった。


「藤宮の気持ちが今、どうなのかは分からないけど…。僕は、藤宮が好きだ」


香織のことが好きだったくせに、心変わりが早いとも思う。

でも、香織とのことがあったからこそ自分が好きだと思ったらそれを大切にすべきだと思った。

今度こそ、自分の手からこぼれ落ちないように。


「私は…。私も…いや…」


藤宮は何かを言いかけて、やめた。

俯いて、僕の手をより一層強くつかむ。

何となく答えはわかっているつもりだった、でも彼女の表情は嬉しそうでは無い。


「藤宮?」


僕が名前を呼んで、顔を覗き込むと藤宮はそこから逃げるように顔を逸らした。

自信過剰かもしれないけれど、藤宮の気持ちはしっかりとわかっているはずだった。

それなのに、今はわかっていたはずのものが全て崩れ落ちていく。


「私は、好きな人と好きになる資格なんてない。本当は優希くんを自分だけのものにして、ずっと2人だけでいたいってそう思うけど…」


そこまで言って、藤宮は首を強く横に振った。

そこまで想ってくれているのなら…。

断る必要なんてないと、そう思うかもしれないけれど。


「でも、今の私じゃダメ…」


彼女を縛り付けているものが何なのかは僕もわかっている。

彼女が、どうして自分の幸せを望めないのか。

それは、自分のせいで、正しく言えば自分の父親のせいで1人の男子の幸せを奪ってしまったからだろう。







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