ヤンデレがヤンデレになるまでの話

第23話 ヤンデレの知らない場所で

俺は優希を見下ろした。

優希は口を開けて、ぽかんと俺を見ている。

優希からしたら突然なことすぎるだろう。


「は?長谷が香織を?」


そう言った優希は未だに信じられないとでも言いたげだ。

優希はちっとも気づいていなかったかもしれない。

香織だって俺の事なんか眼中になかったはずだ。


「ずっと好きだった。誰も幸せにならないから黙ってたけど」


俺はため息をつきながら優希の隣に再び腰を下ろした。

俺のこの気持ちは誰も幸せにしない。

そう思って疑わなかったし、実際今まではそうだったはずだ。


「じゃあ、香織と僕が付き合ってた時も長谷はずっと香織を…?」


優希の問いに頷く。

いつかは絶対に香織の思いが報われるべきだとずっと思ってきた。

俺は、優希のことを信頼していたし2人が付き合いだした時は本当に祝福できた。


「そうだよ、誰かさんは絶対に香織を幸せにできるって信じて疑わなかった」


でも、その結果がこれだ。

こんなことになるなら、最初から身を引いたりなんかするんじゃなかった。

俺の心を押し殺すのはいくらだってできるけれど、香織の泣いてる顔はもう見たくなかった。


「ごめん…」


優希が俯く。

でも、一概に優希を責めることも出来なかった。

藤宮のことを思ってるんだろう。


「だから、俺が貰ってもいいだろ?」


優希の目を見る。

優希の中にまだ香織への思いが残っていることを知っている。

そんな優希にするには酷な質問を俺は真正面から投げている。


「長谷は幸せにできる自信があるのか?」


それはもちろんイエスだった。

中学で出会ってからずっと香織を見てきた。

優希を見つめ続ける香織の横顔を俺がずっと見てきたんだ。


「うん。香織だけを見てきたんだ、香織を幸せにしたいって気持ちは誰にも負けない」


俺が真っ直ぐに見つめると、優希は肩の力を抜いた。

俺も釣られるように後ろに手を着いた。

こんな真面目な話をしたのは久しぶりだから、疲れた気がする。


「僕はもう香織の彼氏じゃない。香織を縛る権利なんてないし、長谷を縛る権利だってない」


優希が薄く微笑みながら言った。

それは本心なのか。

そう問いたくなって、やめた。


「じゃあ、いいんだな?」


どちらも優希の本心なのだろう。

まだ、香織のことを好きだと思う気持ちも藤宮を支えてやりたいと思う気持ちも。

そして優希は香織を俺に託そうとしてくれている。


「もう聞くなよ。はっきりとは言いたくない。出来れば、知らない間に付き合っておいて欲しかった」


優希が弱々しく笑う。

俺は優希のその表情には気づかないフリをした。

そんなこと出来るわけないだろ。


「ん、わかったよ」


香織を好きなったのと同じ期間、俺と優希は友達だった。

そんなやつの好きな人を横から奪い取るなんてできっこない。

こうやって確認するのが辛いことだってことも知っているけれど。


俺たち3人は中学の頃に出会った。

優希と最初から折り合いが良かったわけではないけれど、仲良くなってからは香織とも遊んだ。

香織はよく笑って、よく泣いて、よく怒った。


感情の起伏が激しいやつだなと、面白く感じていつの間にか好きになっていた。

好きになる前から、香織の気持ちには気づいていたから最初から失恋確定の恋だった。

でも、どんな人よりも本気で好きだった。


好きだからこそ、応援しようと思えた。

やりたいと、叶えたいと思っていることは全部実現させてあげたいと思った。

そのためなら見返りなんて求めなかった。


「なぁ、優希」


でも、そろそろいいんじゃないだろうか。

自分の気持ちに素直になって、香織を求めたってバチは当たらないんじゃないだろうか。

香織を幸せにしたいという自分の願いを叶えようとしたって許されるんじゃないだろうか。


「ん?」


未だに寝転がったままの優希の名前を呼ぶと、眠そうな声が聞こえてきた。

こいつは、誰にも代え難い友達だ。

いくら香織を好きだとしても、それも揺るがない事実。


「ゲームしねぇ?」


俺も優希と同じように寝転がって提案した。

優希がこちらに目を向ける。

なんだか出会った頃が懐かしくなってしまった。


「いいじゃん。負ける気しないけど」


出会った頃は優希の家に入り浸ってよくゲームをした。

こいつは勝ち負けに無頓着なくせにとても強い。

俺はいつもそれに悔しがって何度も何度も戦いを挑んだ。


「よっしゃ、じゃあ決まりな!午後の授業はサボりってことで!」


そんな俺たちを呆れ気味に香織が見ていたっけ。

そして、忘れていた宿題の存在を思い出しては香織に見せてもらった。

ずっとあんなふうに時間を過ごせれば良かったのに。


「まあ、いっか。でもカバンどうする?もう、授業始まるぞ」


時間とともに俺たちの関係も変わっていく。

藤宮が混ざってきて、香織と優希が付き合って、別れた。

壊さないように大切にしたところで流れには逆らえない。


「そんなの置いてけ!」


でも、こいつらといたいと思う気持ちは変わらない。

だったらみんなが幸せでいられる形を探すしかない。

俺が、幸せにしたいと思う人の笑顔を守っていくしかないんだ。


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