第22話 アイドルとヒーロー

周りは文化祭でガヤガヤしているのに、自分が隔離された空間にいる気がする。

窓の外に視線を向けて、そこから一歩も動けなくなってしまった。

あーあ、今頃優希と2人で文化祭楽しんでるはずだったのにな。


「あれ?香織?」


学校という環境のせいなのか、急すぎて優希の話についていけていないだけなのか涙は出てこない。

ぼーっと何も考えずに外を見ていると、名前を呼ばれた。

優希だったらいいのに、いや、今はやっぱり会いたくないかも。


「今、休憩?」


そう言って、私の視界に入り込んできたのは長谷だった。

なんだ、長谷か。

ぼーっとその顔を見る。

思考が働かなくて、人を判別することしかできない。


「うん、休憩」


とりあえず質問にだけ答える。

できれば誰とも話さずに一人でいたい。

用事があるとか言って、ここから逃げてしまおうか。


「てっきり、優希といるもんかと」


長谷の言葉に肩が波打つ。

私も案外わかりやすい反応しちゃうもんだな。

そうだよ、そのつもりだった。

それができなくなったのは、誰のせいでもないけど…。


「あー、私に用事ができたから別々に行動してる感じ?」


私は笑顔を取り繕って答えた。

いつも通り、長谷に何も悟られないように。

悟られたら、知られたら、なんでかはわからないけれど涙が出てしまう気がした。


「ふーん、その用事ってのは外の景色見て目を休ませること?」


長谷の問いに苦笑いを返した。

そりゃそうだ、今の私は時間を持て余してる暇人にしか見えないよね。

黙り込んでしまった私の様子を察したのか長谷は大きく伸びをした。


「んじゃ、用事のある香織さん?俺、腹減ってるんですけど一緒にいかがですか?」


目を休ませるのも疲れただろ、と意味不明なことを言ってくる。

でも、その言葉に私は頷いた。

さっきまで一人でいたいと思っていたのに矛盾している。


「いいよ」


長谷が差し出した手に自分の手を重ねる。

優希と繋いだ手を思い出す。

優希の指は男の子にしては繊細で細かったな。


「やったね、俺たこ焼き食べたいの」


ふふ、と笑って長谷は私の手を握りながら歩き出す。

長谷の手はしっかりしていて、筋張っていて男の子っぽい。

改めて優希とは違うんだな、と俯瞰で見る。


「じゃあ、私がイチオシのクラス教えてあげる」


私は長谷に笑いかける。

そこで自分がまだ笑えることに驚いた。

なんだ、案外いつも通りだ。


「それは楽しみですな」


それも全部長谷のおかげな気がする。

長谷にこんな風に励まされる日が来るとは思わなかった。

優希、今頃何してるの?


「ありがと」


長谷に聞こえるか聞こえないかくらいの声で言ってみる。

長谷はやっぱり聞こえなかったらしく、首をかしげている。

今は聞こえなくてもいいの、いつか素直に伝えられる日がくれば。


✰⋆。:゚・*☽:゚・⋆。✰⋆。:゚・*☽:゚・⋆。✰⋆。:゚・*☽


「おーい、今暇?」


俺は屋上に寝転がる男に声をかける。

何たそがれてんだか、どこのラノベの主人公だよ。

心の中でくだらない悪態を吐きながら、そいつの隣に座った。


「暇って言ってないけど」


そいつは俺に背を向けるように寝返りを打つ。

俺はため息を吐きながらもその姿勢を許してやった。

こんなことでいちいち怒ってたら本題には一生入れなさそうだ。


「暇そうだなって俺が思ったらお前は暇なの。んで、かおりんのことだけど」


俺の言葉に優希の肩が波打つ。

2人揃ってわかりやすい。

その反応じゃ、なにかありましたって言っているようなものだ。


「香織がどうかしたのか」


声が強張っている。

これは俺の予想は当たってしまったようだと、肩を落とす。

この瞬間を誰よりも待っていたはずが、実際に起こると全く嬉しくない。


「別れたのか?」


だって、落ち込んだ香織を見ちゃったし。

俺が何をしたって、優希には勝てないんだろう。

俺の全力の愛の告白よりも、こいつのおはようの方が何倍も香織を元気づけることができる。


「お前に関係ないだろ」


優希が俺に背を向けたまま言った。

俺はその言葉に苛立つ。

なんだそれ、俺がどんな思いで香織の恋を、優希と香織の成就を祈ってたと思うんだ。


「関係あるっつ―の。つーか、別れたのはやっぱ藤宮さんのためとかいう自己犠牲なわけ?」


俺の言葉に優希はむくっと起き上がった。

その顔は真剣で、なぜだか怒っているようにも泣きそうなようにも見える。

そんな顔したいのは、香織だろ。


「自己犠牲じゃない。藤宮を支えたい」


そのために香織は何年も抱き続けた想いを諦めなきゃ行けないのか?

こんな途中で終わらせるようなことをするなら、どうして最初から受け入れるようなことをした?

そんな中途半端な気持ちで香織を傷つけるのか?


「じゃあ、香織は俺がもらうからな」


優希の視線が俺に注がれる。

俺は立ち上がってその優希の目を真っ直ぐに見た。

こんなやつに任せようと思った俺が間違ってたのかもしれない。


「何言って―」


優希は言葉が出てこないようで、ただ俺を見ている。

そんなことをしたって何も変わらない。

俺の決意はもう揺るがない。


「もう決めたから。今、決めた。香織は俺が幸せにする。俺は香織の笑顔を隣で見続ける」




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