第20話 アイドルと文化祭準備

結局あの日、優希が私の元に戻ってくることはなかった。

藤宮さんに何があったのか、それも聞いていない。

そんな浮かない気分のまま、私の学校は文化祭の準備に取り掛かろうとしていた。


「香織ちゃーん!今日は来れたんだね、準備!」


友達が笑顔で私を迎えてくれる。

私は気を取り直して、頷いた。

今は、自分自身の学校生活を精一杯楽しもう。


「これまでサボっててごめんね!今日はいっぱい手伝うっ!」


私が手をパチンと合わせて、謝ると友達はにこっと笑った。

私はそれだけの事に、ほっとする。

ここには私をいつも通りに迎えてくれる人がいるのだ。


「もう、香織ちゃんお仕事忙しいんだからしょうがないよ!今日来れたのが奇跡みたいなもんだもん」


友達の言葉に苦笑いを浮かべる。

あの日、優希が藤宮さんのところに駆けつけようとした時から私は自分の気を紛らわせるためにわざとたくさん仕事を詰め込んだ。

SNSの更新頻度をあげたり、YouTube撮影にこれまでよりも精力的に取り組んだ。


「そんなことないよ。でも、今日来れて嬉しい!」


そのおかげもあってか、私たちのグループの仕事は着々と増えている。

動画を定期的に見てくれるファンもできたし、グループで交代しながらネット番組でのレギュラーも決まった。

嬉しいはずなのに、喜びきれないのはどれだけ仕事が決まっても何をしても優希がいないから。


「よし、今ねクラスの中飾り付けてる途中なの!一緒に行こ♪」


友達が私の手を引いて、教室へと連れていってくれる。

優希は今何をしてるんだろう。

あれから、連絡がない。


「わぁ、コスプレ喫茶だっけ?」


教室を見回すと、色とりどりに装飾されていてとても綺麗な出来栄えだった。

私がクラス企画について尋ねると、友達は頷いた。

そして、人差し指を立てて補足説明をしてくれる。


「しかも、本物の俳優、女優のミニドラマを生で見れちゃいます!」


芸能学校ならではの出し物に私は自然と拍手をしていた。

それはお客さんがいっぱい来そうで楽しそうな企画だ。

本物の俳優さんや女優さんも多くいるクラスにいても生で演技を見る機会はないので私も楽しみだ。


「すごい!私も見るの楽しみだなぁ」


私がうっとりしながら言うと、友達は首を傾げた。

…?

なにかおかしいこと言ったかな?


「何言ってんの!香織ちゃんは見る側じゃなくて出る側だよ!」


え!?

私が出る!?

突然のことに私は驚きが隠せずに目を見開いた。


「だ、だって私、演技とかしたことないし…!」


なんでこんなにいっぱい本業の人がいるのに私!?

他に適任の人いっぱいいるよね!?

私の仕事はアイドルなんだけど…?


「今大人気の香織ちゃんを使わない手はないって!集客力ナンバー1だよ、それで稼いだお金でクラス全員で焼肉行くの!」


気がつくと周りにいるクラスメイトも笑顔で頷いている。

こ、これは断れない流れ…?

クラスで焼肉行くのは楽しそうだけど演技とか絶対難しそう…。


「ね、文化祭に彼氏さんも呼んでさ。演技するとこ見てもらお?」


友達の言葉にびっくりする。

私、彼氏がいるって話したっけ?

何かでバレちゃったの!?


「な、なんで…」


私が口をパクパクさせると、得意げに顔に笑みを浮かべる。

ていうか、他の人がいっぱいいる文化祭になんて呼べないし!

今の状況じゃ呼びづらいし!!


「芸能学校だからね〜。アイドルの子でも平気で彼氏いるし、香織にもいるだろうなって思ってたの。今日何となく元気ないし、喧嘩でもした?」


友達の問いに、肩が波打つ。

喧嘩、では無いんじゃないかな…。

私がわがままを言って困らせて、気まずくなっちゃっただけ。


「よくわかんないけど、文化祭なんてカップルイベントのひとつじゃん!仲直り、しちゃいなよ。他の子も彼氏呼ぶ子いっぱいいるし、平気だよ?」


そっか、イベントの力を借りるのもひとつの手かもしれない。

イベントの雰囲気の中でなら謝りやすいかも。

私は、友達の提案に頷いた。


✰⋆。:゚・*☽:゚・⋆。✰⋆。:゚・*☽:゚・⋆。✰⋆。:゚・*☽


「もしもし、優希?」


電話をかけると、すぐに繋がった音がした。

とりあえず出て貰えたことに安心する。

嫌われては無い、のかな?


『香織?』


受話器越しに聞く優希の声に安心する。

やっぱりこのまま気まずいなんて絶対に嫌だ。

仲直り、しなきゃ。


「今週の土曜って空いてる?」


私が聞くと、優希ががさごそと何かをしている音が聞こえてきた。

予定を確認してくれているのかもしれない。

私はどうか空いていますようにと祈る。


『空いてる。暇だよ』


ほっとして、私は大きく息を吸い込んだ。

誘って仲直りする。

変なわがままを言ったこと、ちゃんと謝らなきゃ。


「私の学校の文化祭、来ない?」


『行く』


間髪入れずに答えた優希の声に笑った。

断られなくて良かった。

また、優希に会える。


それだけで嬉しくてまた涙が出そうになった。

ドキドキしていたのが嘘みたいにその後は普通に話した。

優希も優希のままで、その事にやっぱり安心した。





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