第18話 アイドルとチャラ男

私、ちゃんと笑えてる?

いつも通りの感じで優希の瞳に映ってる?

でも、今すぐここから離れたい。


「もしかして会いに来てくれたのか?」


もしかしてなんていらない。

それ以外に私がここに来る理由なんかないじゃない。

でも、今は私っていらない存在だったかも。


「あはは、残念でした〜。今日は…長谷に用事があったの!」


私は、偶然見かけた長谷の腕を掴んでそう言った。

虚しい、そんなわけない。

ずっとずっと、優希のことだけ考えてたのに。


「香織ちゃん…」


遠慮がちに私に名前を呼ぶ藤宮さんに笑顔を返す。

大丈夫、まだ笑える。

これは優希も藤宮さんも悪くない。


「てことで、今日は藤宮さんに優希のこと任せた!じゃね!」


私は急いで、2人に背を向けた。

別に浮気じゃない。

私が近くにいた頃から2人は仲が良かったわけだし、たぶんこの胸の痛みは私の子供じみた焼きもちでしかない。


「香織!」


私は大きな声で名前を呼ばれて、我に返った。

声の方を見れば、長谷がいた。

そうだ、誤魔化すために長谷のこと無理やり連れてきちゃってたんだった。


「ごめん、なんか用事あった?行っていいよ」


私は長谷の腕からパッと手を離した。

帰って寝よう。

寝て起きたら、何もかも忘れてたりもしくは全部どうでも良くなってたりするかもしれないし。


「待てよ」


立ち去ろうとする私の腕を長谷が掴んだ。

無理やりすぎて怒らせちゃったかな…。

当たり前か、私自分勝手すぎだ。


「ごめん、無理やり連れてきちゃって…。でも今は、1人にして…」


私の言葉に、長谷の手に入った力がより強くなった。

私は驚いて、長谷の顔を見る。

今までに見たことがないくらい、真剣な顔の長谷と目が合った。


「そんな泣きそうな顔のやつ、1人にできるかよ」


そう言って、長谷は私の腕を掴んだままずんずんと歩き出す。

私は逆らうことはせず、ただ黙ってその後をついて行った。

そんなに泣きそうな顔、してたかな。


「ごめんね」


小さく謝っても何も返ってこない。

聞こえてないのか、あえて返事をしないのかそれすらも分からない。

どこに連れていこうとしてるの?


「前もこんなことあったよな」


長谷がいきなり立ち止まってそう言った。

辺りを見回せば、中学の頃の通学路の途中にある川の河川敷だった。

懐かしい光景に少し心が和む。


「こんなことって?」


私は、水面に反射する光を眺めながら長谷に問う。

長谷も川に視線を投げたまま、こちらには目を向けない。

それでも口だけは開いてくれた。


「中2のバレンタインの時。ほんとは優希にチョコ渡そうとしてたのに、いざとなったら緊張して優希に渡せずに俺に渡してきただろ」


長谷の指摘に、記憶を中2のバレンタインに巻き戻す。

確かに私は優希に本命のチョコを渡そうとしていた。

でも、いつも義理として渡してたから本命となったら緊張しちゃったんだっけ。


「あったね、そんなこと」


でも、よく覚えてるなと思う。

どうでもいい女友達からのチョコなんて忘れちゃえばいいのに。

そんなことばっか覚えてるから数学の公式覚えられないんだよ。


「お前はいっつも、優希に直接何も出来ない時俺にぶつけてくる。俺を逃げ道にする」


見透かされている事実に苦笑いが漏れる。

確かにそうだ、長谷なら受け止めてくれると甘えていたのかもしれない。

昔から本命を作らないチャラ男だと有名だったから。


「嫌な思い、いっぱいさせた?」


私が聞くと、長谷は首を振った。

そして、やっぱり真剣な目を私に向ける。

昔からそんな顔したことないじゃん、いっつもふざけたような顔をして。


「そんなに逃げたくなるような相手ならやめちまえよ」


でも今は、そんなふざけた雰囲気は一切感じない。

真剣だとわかっているからこそ、言葉の意味がよく分からなかった。

今、なんて言った?


「長谷?ごめん、耳悪くなったかも。なんて言った?」


私の問いに、長谷はため息を吐いた。

そして、1度視線をさ迷わせる。

それでももう一度決意を固めたように、私をしっかりと見て口を開いた。


「優希なんかやめて俺にしろって言った」


たぶん私は今まで生きてきた中で2番目に大きく目を見開いた。

1番はやっぱり優希から好きだと言ってもらった時だと思うけど、今回もそれと同じくらい驚いた。

ふざけたようになら今まで何度も言われたことがある。


「なん、で…?」


でも、今回は真剣そのものの顔をしているから分からない。

すると、長谷は薄く笑った。

そんな表情も見たことがなくて鼓動がうるさくなってくる。


「香織は気づいてないだろうけど、ずっと好きだった」


本当にそんなふうに思ったことも、感じたこともない。

いつもふざけてて、真剣に好きな人なんていなくて。

それが長谷で、これからも変わることのないことだと思ってた。


「そんな…、私…」


私の動揺した声に、長谷は微笑む。

私の反応も何もかもわかっていたみたいに。

実際に長谷にはわかっていたのかもしれないけど。


「香織が困るから言わないでおこうって思ってた。香織が優希のせいで泣きそうな顔するようになるまでは」






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