第16話 アイドルとすれ違い

転校して、周りの景色は一変した。

なんの変哲もなかった教室は、芸能人まみれで息が苦しくなりそうだった。

右を見ても左を見てもテレビの中の人がいる。


「香織ちゃんは、アイドルさんだもんね〜」


と、一緒にお弁当を囲みながら言っているのは最近注目されている女優の子。

私も可愛いなぁとかやっぱり芸能人を視聴者目線で見ていたから、圧倒されてしまう。

別世界の人みたいだ。


「そうだよー!私と同じグループでね、1番くらいの人気!!」


唯一の救いは同じクラスにグループの子がいてくれたことだ。

見知った顔がいてくれるだけで、だいぶ心強い。

屈託のない笑顔を見せているこの子は、仕事をしている時もこうして学校生活を送っている時も何も変わらない。


「まだまだ駆け出しだし、これからグループで大きくなって行けたらいいなって思ってるよ」


とてもじゃないけれど本当の笑顔とは言えないような硬い笑顔を浮かべて私は言った。

私にはアイドルなんて向いていないのかもしれない。

だって、私の笑顔は偽物だ。


「かっこいい〜!」


本物の芸能人に、本物の芸能人を目指している人に囲まれて生活してみてわかった。

みんな、本当に輝いている。

私のその場限りの笑顔とは違う。


「うちの看板娘ですから〜!」


2人の声が遠くに聞こえる。

私は曖昧に笑った。

こういう芸能学校で芸能人の人脈を増やして、コラボとか共演とかに繋げる人も多いらしいけれど私にはそんな器用なことはとてもじゃないけどできそうもなかった。


「ふー...」


静かに息を吐き出して、ふと思う。

今頃、優希や藤宮さん、長谷はどうしてるかな。

私もいるはずだったそこには今、何があるんだろう。


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香織が転校してからしばらくが経った。

最初の方こそ、空いた机があったりだとか香織の姿が見えないことにみんな違和感を感じてたみたいだけど机が撤去され時間が経つにつれてみんなの様子もすっかり元に戻って行った。

もちろん香織を応援する気持ちもあるのだろうけれど、僕は少し寂しい。


「何考えてるの?優希くん」


そんな僕の顔を覗き込む藤宮。

僕は何も無い風を装って、藤宮から目を逸らした。

目を合わせていたらいくら表情を繕ってもバレてしまいそうだ。


「別に、次の授業がだるいなって」


半分本心、いや3分の1本心。

あと3分の2は香織のことを考えていたわけだけれど、そのことを言うのは照れくさかった。

だから、本心を占める割合が少ない方を言った。


「ふーん、優希くんって嘘つくの下手だよね」


藤宮がふふ、と笑いながら言った。

どうやら本心では無いことがバレてしまったみたいだ。

まあ、隠そうと思ったことが無謀だったのだけれど。


「バレたか」


僕は悪びれもせずに言った。

ここで悪びれたら負けな気がした。

なんの勝負に負けるのかは自分でも分からなかったけれど。


「バレバレ、香織ちゃんに会いたいって顔に書いてあるもん」


いたずらっ子のような顔で藤宮が笑う。

そこまでわかりやすいつもりはなかったのでびっくりする。

でも、最近の香織のことを考える頻度はとんでもないものだった。


「彼氏なんだから、電話でもして会いなよ。我慢は良くないよ、お互いに」


そう言って微笑みを残すと、藤宮は自分の席に戻って行った。

長い黒髪を耳にかける仕草に一瞬ドキッとしたけれど気を持ち直す。

藤宮の言う通りだ、帰ったら香織に電話しようと心に決めた。


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『もしもし』


電話に出ると1番聞きたかった声が耳を掠めた。

おかげで学校での疲れが全部吹っ飛んでいく。

これからの仕事も頑張れそう。


「優希!電話なんて珍しいね!」


嬉しさを隠しきれずに、私は声を大きくする。

本当は会いたくてたまらないけれど、電話だけでも十分嬉しかった。

優希を感じることが出来ればそれで満足だった。


『うん、大したことじゃないんだけど会いたいなって思って』


優希の発言に鼓動が跳ねる。

優希にこんなふうに言って貰える日をずっと待ってた。

だからこそ、自分が言わなければいけない言葉がとてつもなく苦しかった。


「...ごめん、今から仕事で...。これからも、学校と仕事でいっぱいいっぱいでなかなか会えないかもしれない...」


スケジュールがぱんぱんなのは本当のこと。

でも、その中でも優希と会う時間を作るなんて大したことじゃない。

そう出来ないのは、私がアイドルだから。


『そうか、そうだよな。忙しいからそっちの学校に移ったんだもんな、ごめん』


謝って欲しいんじゃないの。

私も優希に会いたくてたまらない。

今すぐにだって駆け出して優希に会いに行きたい。


「こっちこそ、ごめんね...。また、電話する...」


微妙な沈黙を残したまま、私は電話を切った。

そろそろマネージャーさんが迎えに来てくれる時間だ。

私にアイドルなんて、本当は向いてないのかもしれない。

そんな思いが最近、じわじわと押し寄せてくる。



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