第15話 アイドルと転校
新しいブレザーに腕を通す。
もう新しい制服に出会うことはないと思っていたのだけれど、どうやら人生で3着目の制服を私は手に入れたらしい。
中学、高校、そして芸能高校。
「いってきまーす」
慣れないカバン。
慣れない通学路。
今日は午前中に仕事が入っていて、新しい高校初日から遅れて登校だ。
「なんだかなぁ」
首を傾げてため息を吐く。
いつもだったら登校は優希と一緒に過ごせる時間だったのに。
今更そんなこと思ってもどうしようもないのだけど、どうしても考えてしまう。
「え、転校?」
耳に藤宮さんの声が戻ってくる。
私が転校のお知らせを個人的にした人の1人に藤宮さんもいる。
何故かと言えば、友達だからだ。
「うん、芸能科のあるところに」
私は何となく照れくさくなりながら言う。
芸能科なんて本当に口にする日が来るとは思っていなかった。
まるで売れっ子みたいだ。
「ふーん、最近人気だもんね」
藤宮さんにも認知されていたことがなんだか嬉しい。
でも、やっぱりこうして話し慣れた人と離れなければいけないのは寂しいと改めて思った。
私、人見知りだし。
「だから、あの…」
転校しても友達でいて欲しい。
伝えたいことは明確にわかっているのだけれど上手く口から出ていかない。
恥ずかしいのだ、素直に口に出すのが。
「わかってるよ、優希くんにはちょっかいかけないから安心してよね」
でも、藤宮さんはなんとも的はずれなことを言った。
優希?
確かに、最初の方は藤宮さんと優希の関係に不安になったりもした。
「そ、そうじゃなくて!」
でも、今は優希の気持ちに自信を持てるし藤宮さんが人の彼氏を取るような人とはどうしても思えなかった。
一緒にいればいるほど彼女の人柄が好きになった。
彼女は十分魅力的で、私の大切な人でもあった。
「え?違うの?」
藤宮さんは意外だとでも言いたげに首を傾げた。
本当に私が話をした目的は牽制だと思っていたみたいだ。
ここで、不安になってくる。
「私は、転校してからも友達でいてね…って言いたかったの…」
藤宮さんも私を友達だと思っていてくれているのだろうかという不安だ。
だから、言葉は尻すぼみになって宙に消えていった。
私は不安を抱えたまま、藤宮さんを見上げる。
「な、なにそれ。そんなの、当たり前でしょ!」
藤宮さんはなんだか顔が赤らんでいるように見えた。
でも、彼女から発された言葉にほっとする。
ちゃんと友達だと認識されていたし、これからも友達でいてくれるみたいだ。
「よかったぁ。嬉しい」
私が言うと、藤宮さんも照れくさそうに笑っていて私はその笑顔を見て一瞬だけ不安になった。
こんなに素敵な子がすぐ近くにいたら、優希も目移りするかもしれないと。
でも、それは藤宮さんには言っていない。
「失礼します、えーと、今日から転入することになってて…」
心細くなりながら、知らない学校の知らない職員室に顔を出す。
今日からここが私の通う学校だと言われてもピンと来ない。
だって、私が通い慣れた学校というのは優希がいて藤宮さんがいて、そしてもう1人。
「はぁ?転校!?」
ある意味、優希より驚いていたと言っても過言では無い。
長谷は、廊下に響き渡るくらいの声で叫んで頭をガシガシとかいた。
いやいや、そんなに驚かなくても。
「うん、芸能科のあるとこに。なかなか人気も出てきたし?」
軽口を叩いてみる。
なんだかいつもなら雰囲気を明るくしてくれるはずの長谷が暗い雰囲気を醸し出しているからだ。
びっくりはするかもしれないけどそこまで驚かれるとは思わなかった。
「…」
そこから何故か長谷は黙り込んでしまった。
腕を組んで、足元を見ている。
やっぱり彼には話さずにいた方が良かったかもしれない。
「長谷?大丈夫?」
私は恐る恐る声をかける。
一応長谷もいつも一緒にいたメンバーの1人だから伝えておこうと思ったのだけれど却って混乱させてしまったみたいで申し訳なくなる。
そんなに悩ませるつもりはなかったんだけど。
「あ、ああ。どうやったら1番手っ取り早く芸能人になれるか考えてた!」
長谷の唐突な言葉に私は吹き出した。
やっぱりこいつは馬鹿だ。
深刻そうだと思った時間を返して欲しい。
「なにそれ。絶対無理だから!ていうか、長谷は来なくていいの!」
でも、それがこいつのいいところだと思う。
馬鹿で変わり者で、優希を認めてくれる数少ない男子のひとりだ。
私が笑っている姿につられて、長谷も少し笑い出す。
「そうか、俺は行かなくていいのか!」
なんて言いながら、頭の後ろを押さえている。
きっとこの学校を離れても、優希と藤宮さんと長谷と4人で集まるのだろう。
私がこの人たちと離れられるわけないもの。
「うん、だからこれからもよろしくってそれだけ」
私が言うと、長谷は自信満々に任せとけ、と言っていた。
その横顔がどこか切なそうだったのは気のせいだ。
長谷が切なくなる必要なんてどこにもないのだから。
新しい教室の前で、深呼吸をする。
これから自己紹介というやつだ。
仲間の顔を順番に思い出して、私は新しい1歩を踏み出した。
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