第14話 アイドルとスキャンダル
僕と香織がその他の人員とともに海に行ったことは、その場にいた4人だけが知っていたはずだった。
でも、どうしてだろう。
ネット上に、香織と僕が手を繋いで海からの帰り道を歩いている様子が写真付きで載っている。
「香織、これって」
僕にスマホ画面を見せてきた香織は、不安そうな顔を隠しきれていない。
そりゃそうだ、アイドルなんて言う職業をしている以上男とのスキャンダルなんて避けたいもののひとつに決まっている。
それがネットに載せられてしまったのだから香織の不安は僕なんかには理解できない程だろう。
「この間の海の時に、私のことを知ってる人がいたみたいで。写真撮って、Twitterで拡散されちゃったみたい」
どうやら、香織のアイドル活動を知っている誰かが話題作りのために載せた写真のようだった。
盗撮は犯罪に値するが、世間的には問題の核はそこではないらしかった。
もっぱら香織へのアイドルという自覚のなさについて責め立てる言葉が並んでいる。
「大丈夫か?」
なんの励みにもならないとわかっている言葉を香織にかける。
こんな言葉、気休めにもならないことは僕にでもわかる。
でも、他にかけるべき言葉が見つからなかった。
「どうだろう、アイドルだからこういうのは絶対ダメなんだろうけど…」
その世の中の風潮だっておかしいと思う。
アイドルだって1人の人間だろう。
恋愛をして何が悪い。
「何も悪いことはしてないから、きっと大丈夫だ」
自分の感情に正直に生きることの何が悪いって言うんだ。
正論らしいことを振りかざしながらも、熱愛報道で消えていったアイドルが沢山いることも知っている。
ましてや、香織なんて最近人気が出始めているから注目度も高いだろう。
「あ、マネージャーさんから電話」
そう言って、香織はスマホの画面をスワイプした。
そして、部屋を出ていって何かを話している。
僕はただ待っていることしか出来なかった。
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「はい、もしもし」
心臓がドキドキしているのを無視しながら電話に出た。
いつもならスケジュールの確認とか、迎えの時間についての確認とか緊張することなんてないのに手が若干震えている。
それもこれもTwitterのあの写真が原因だ。
「あ、香織ちゃん?香織ちゃんも見たかもしれないけどTwitterのあの写真…」
マネージャーさんは、その後の語気を弱めた。
言いたいことはわかる。
優希との関係はなんなのか、書かれている憶測は真実なのか。
「幼なじみです。他にも2人一緒に遊んでたメンバーがいたんですけど、別れたところでちょうど撮られてたみたいで…」
優希と恋人関係であることは伏せた。
言ったら絶対に別れるように言われる。
明言された訳では無いけれど、そんな確信があった。
「そっか…。でも、香織ちゃんは人気が出始めて来た頃だし。グループを背負ってるのは正直香織ちゃんだと思ってる。だから、こういう男関係のスキャンダルは避けて欲しい」
マネージャーさんの切実な願いが聞こえてきた。
アイドルは、ファンに夢を与える職業だ。
その存在が他の特定の男に、特別な感情を向けているなんてファンからしたらたまったものじゃない。
「はい、そうですよね。気をつけます」
私は静かに頷きながら言った。
そういうことについては十分理解しているつもりだ。
でも、それと優希を手放すのは話が違う。
「うん、あとは写真を撮られた男の子とは外では会わないようにして」
当然のことだ。
写真を撮られてしまったからには、世間の注目もなにもない頃とは比にならないくらい集まるだろう。
だから、優希と外で会おうものなら2人の仲は余計に疑われてしまう。
「はい、そうします」
芸能活動をやらせてもらっている。
事務所、グループのみんな、色んな人を背負っている。
自分一人だけの感情で動くことはもうできない。
「あとさ、前から提案しようと思ってたんだけど芸能科のある高校に転校しない?その気があるなら、手続きはこっちでできるけど」
マネージャーさんの言葉に、声が出なくなる。
転校、か…。
意地でも優希と同じ高校に通おうと、普通科の高校に通っているけれどスケジュール的にも最近辛いのが本音だ。
「それは、少し考えさせてください」
そう答えて、私は電話を切った。
優希のそばを離れるなんて私にできるんだろうか。
近くにいても不安になることがあるくらいに弱い私に?
「香織、ごめん聞いてた」
部屋から顔を出していた優希が申し訳なさそうに言ってくる。
聞いてた、というのは電話の内容をということだろうと察する。
転校のことも聞いてたのかな。
「僕は、香織のしたいことを応援したいし、今楽しいことを諦めて欲しくない。だから、僕のことは気にしないでね」
優希の優しい言葉に視界が滲んできて慌てて目を擦った。
そしてやっぱり優希と離れたくないという気持ちが大きくなる。
こんなに大好きで優しい優希と離れるなんて、嫌だよ…!
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