第13話 アイドルと海
「海だー!」
夏休みも半分くらい過ぎて、僕と香織は海にやってきた。
はしゃぐ香織。
青空と波の音。
「で?なんでお前らまでいるんだよ」
僕はじろりと視線を隣に移した。
そこにはばっちり水着姿の長谷と藤宮がいる。
デートのはずだったのに…。
「いやいや〜、ほら海とか大人数で行った方が楽しいじゃん?」
それは僕達で決めさせてくれないだろうか。
そりゃ大人数で行っても楽しいだろうけど、僕的には…。
ちらっと香織の方に視線を向ける。
「私達も海来たかったし。優希くんの行動なんて全部筒抜けだよ?」
いや、怖い。
行動全部把握されるとか、どこのヤンデレなんだよ…!
深いため息を吐く。
「ほんとだよ!ちょっと長谷に自慢したら俺らも行くって聞かないんだもん。ま、こういうのもたまにはいっか」
香織は可愛らしいフリルがついたビキニ姿だ。
その手にはビーチバレーボールを持っていて、この状況を楽しもうとしている。
はぁ、可愛いけどこれじゃデートじゃなくていつも通りの遊びだ。
「香織がそう言うなら、別にいいけど…」
本心がダダ漏れになりながらも、一応納得しておく。
夏はまだまだこれから。
デートする機会なんてこれからいくらでもあるよな。
「よっしゃー!遊びまくろーぜ!!リア充なんて爆発しろー!」
長谷が大きな声をあげて、香織からビーチバレーのパスをもらう。
なんか、やたらハイテンションだな…。
そういえば周りがカップルまみれでなかなか遊んでもらえないって言ってたっけ。
「ゆ、優希くん。この水着、優希くんのために買ったんだけど。似合うかな?」
藤宮が不安そうに僕を見上げる。
まずもって、生まれ持ったお胸が大きいのが目に毒だが…。
白のレースが入った水着はよく似合っていた。
「こーらー!!私だってまだ褒めてもらってないのに!ダメっ!!」
僕が口を開こうとすると、香織の叫び声が聞こえてきた。
僕は慌てて、口を噤む。
すると目の前の藤宮はくすっと笑った。
「藤宮?」
僕が名前を呼ぶと、藤宮はにこっと微笑んだ。
そしてそのまま、長谷と香織の元へ行ってしまう。
なんだか分からないけど、楽しそうならそれでいいか。
「お前らが付き合い始めてから、遊んでくれる奴らがいなくてさ〜」
海の家での昼食中、長谷が泣きそうな声で言う。
やっぱりそういうことだったのか。
藤宮も隣で頷く。
「ま、邪魔しすぎるのも良くないってわかってるんだけどね」
まあ、こうして一緒に遊ぶのも楽しいのは事実だしな。
たまにはこうして4人で遊ぶのもいいよな。
最初とは一転、僕はそう思った。
「じゃあ、私達こっちだから」
香織が長谷と藤宮に手を振る。
長谷と藤宮も手を振り返しているので、僕も片手をあげておいた。
そして、香織と並んで歩く。
「楽しかったな」
僕が言うと、香織が頷く。
僕はそっと香織の手を握った。
すると、握り返してきた香織の手に力が込められる。
「楽しかったけど、ちょっと嫉妬しちゃった」
香織が少し言いづらそうに言う。
嫉妬…?
僕は真意がよく分からず、首を傾げた。
「誰に?」
僕の問いに、香織は頬をふくらませた。
ちょっと怒っている時の顔だ。
僕は香織の言葉を待った。
「藤宮さんに!優希ってほんと鈍いんだから」
そう言って、香織はぷいと顔を逸らした。
でも、繋いでいる手は離さない。
僕は少し笑って、香織の顔を見た。
「嫉妬するようなことしてたか?」
少し拗ね気味な香織を可愛いと思いながら問う。
妬いてくれるのは素直に嬉しい。
僕を好きだっていう証拠だ。
「してたの!あの、水着の時とか…」
香織がごにょごにょと言う。
ああ、あの会話か。
香織はそんなに嫌だったのか。
「でも別に何も言ってないぞ?」
言いそうになったけど、香織の声で止まった。
すると、香織は拗ねたように足を止める。
僕もつられて、歩くのをやめた。
「私の水着も褒めてないのに…」
どうやらそこが1番引っかかっていたらしい。
僕は、香織の手を握る手に力を込めた。
香織がそれに気づいて、こちらに顔を向ける。
「可愛かったよ、ちょっと恥ずかしくて言えなかったけど」
長谷と藤宮がいたし。
何より、今までそういうのに無頓着でいた分口にするのがとてつもなく恥ずかしくなっている。
少し熱くなった頬を冷ましていると、香織が隣で笑った。
「嬉し…」
香織のそんな呟きが聞こえてくる。
香織のそんな笑顔が見られるなら、そんな嬉しそうな声が聞けるのなら。
これからはもっと言葉にするようにしてみようと思えた。
「次は夏祭りだなぁ。今度こそ、2人で行こうな」
僕が言うと、香織は勢いよく頷いた。
その反応に嬉しくなって、僕も笑みをこぼす。
そうやって夏も秋も冬もすぎていくんだ。
今まで出来なかった分、思い出を沢山作って。
香織を喜ばせてあげたい。
そんな気持ちがどんどん強くなっていく。
「楽しみだね!」
こんな香織との楽しい毎日がずっと続くと思っていた。
この時は確かにそう信じて疑わなかった。
ずっと、香織の隣にいられると。
離れる日なんて、永遠にありえないと。
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