第12話 アイドルと夏休み
「あっつーい」
7月某日。
期末テストも何事もないまま終わり、もうすぐ夏休みに入ろうとしていた。
僕は少し、悩んでいる。
「うん、早く冷房のあるところに行きたい」
隣を歩いている女子の言葉に相槌を打つ。
そう、悩みというのは他でもなくこの隣を歩く女子についてである。
幼馴染兼彼女、世の中的にはアイドルである香織だ。
「ていうか、眠い…」
そう言って彼女は口に手を添えながら欠伸をこぼした。
その姿に僕は少し心配になりながらその背中を追いかける。
先日「踊ってみた」動画を出してからというもの、香織は一定の視聴率をキープし続けグループの中で一位二位を争う人気となっていた。
「お疲れだな」
僕が何事もなさそうに言うと、彼女はうん、と頷いた。
その目は心なしかとろんとして眠たそうだ。
できれば早く家に帰して休ませてあげたい。
「昨日も動画撮影に、インスタの更新でしょ?定期ライブのセトリをメンバーで会議したりして…寝たの、深夜だもん」
それは、疲れるわけだ。
そんな生活を放課後に送りながら、次の日は普通に授業を受けているのだからいつ体調を壊してもおかしくはないだろう。
やっぱり夏休みは、一緒に過ごしたい気持ちを我慢して休ませてあげたほうがいいかもしれない。
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「ばいばーい!」
もうすぐ夏休み。
私は、家まで送ってくれた優希の背中に思い切り手を振った。
気づけばもう7月の中旬で、もうすぐ夏休み。
「どうしてかなぁ…」
付き合い始めてからだんだん優希の気持ちも伝わってくる様になっていたのに、夏休みは一度も遊びというものに誘われていない。
優希は私と会わなくても平気なのかな。
私は夏休みだって毎日会いたいのに。
「眠…」
欠伸をこぼしながらベッドに腰掛ける。
近頃、仕事が軌道に乗ってきて忙しい。
優希といるときも欠伸をしちゃったり、疲れた顔を見せちゃったりしてるから一緒にいるの嫌がられてる…?
「嫌だぁ…!」
私から誘ってもいいけど、できれば優希から誘ってもらいたい。
ていうか、私から誘ってもし断られたらメンタルが保たない…。
だから、優希からの誘いを待ってるの。
スマホを開いて、通知を確認する。
優希からのLINEが来ていないか少しの期待を込めながら見てみるけれど、来ているわけもなく…。
付き合ってから欲張りになっているのかもしれない。
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「へーい!夏休みは熱々のラブラブかぁ?」
終業式当日。
結局この日まで香織をなにかに誘うこともなく、来てしまった。
やっぱり香織は忙しそうで、誘うにも休ませてあげたいという気持ちが勝ってしまう。
「いや、何にも誘ってない」
僕が言うと、長谷はわかりやすく目を見開いた。
その表情に僕もため息を吐く。
長谷にそんな顔をされなくても不甲斐なさくらい自覚している。
「はぁ!?夏といったら海と花火と彼女だろ!」
長谷のつぶやきに耳を塞ぐ。
僕だって香織と海に行ったり花火を見たりしたいさ。
でも、体調を崩してしまったら元も子のない。
「あのなぁ、かおりんの体調でも案じてんのかも知んないけど。かおりんの体に1番いいのはお前と会うことだと思うぜ?さっさと誘ってこい!」
そう背中を押されてしまったら、行くしかない。
僕は香織の元へ足を動かした。
僕だって我慢しているだけじゃ何もしてやれないじゃないか。
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「香織ちゃん、優希くんの夏休みはいつなら空いてるの?」
とうとう来てしまった終業式にため息を吐きながら、隣の藤宮さんに視線を送る。
でも、その問いに余計に大きなため息が出た。
結局今日までお誘いは来なかった。
「いつでも空いてるんじゃないかな。なんの約束もしてないし」
ぶっきらぼうに答える。
ファンの人が見たら泣きそうなほど無愛想な顔だ。
だって、優希に誘って欲しいんだもん。
「それは彼女の余裕ってやつ?」
藤宮さんが口元を歪ませながら言ってきた。
いつもはふざけたように返してくれる藤宮さんだけど今は、冗談っぽさは欠片もなかった。
本気で怒ってる…?
「誘ってもらえるのを待ってるのかもしれないけど、自分から行動しないと行けない時もあるの。特に優希くんなんてぼやぼやしてるんだから、会いたいと思った時に会いたいって言わないとね。じゃないと、私が会いに行っちゃうよ?家も特定済みなんだから」
藤宮さんなりの応援なのだと私でもわかる。
頷くと、藤宮さんはやれやれと言ったように肩を竦めた。
私は優希の元に走る。
「香織!」
「優希!」
お互いを見つけた私たちは名前を呼びあった。
なぜか優希も走っていたようで、息を切らしている。
でも、今はそんなのは関係なく。
「「夏休みも会おう!!」」
2人で同時に叫んでいた。
そして2人で顔を見合わせる。
もしかして同じことで悩んでた…?
なんだか急に馬鹿らしくなって、2人で笑った。
でも、これでちゃんと夏休みも会える。
そう思うとやっぱり笑顔がこぼれた。
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