第11話 アイドルとやきもち

「ほらー!こっちこっち!」


香織が軽やかに僕の前に走り出て、手招きしてくる。

僕は頷いて、香織に追いついた。

付き合う前もこうして2人で出かけたことがあったけれど、あの時はこんな関係になるとは思ってもみなかったな…。


「何、ぼーっとしてるの?せっかくのデートなんだから、めいっぱい楽しも!」


香織がそう言って、僕の手を掴んだ。

僕もぎゅっと握り返すと、2人で目を見合わせて笑う。

そして、2人で歩き出した。


「どこか行きたいとこあるか?」


僕の問いに、香織は考えるように右上を向いた。

僕も誘ったはいいものの、何もプランを立てていないことに気がついた。

ただ、香織と2人で過ごしたいっていうその気持ちだけで誘ってしまったけれどそれじゃダメだっただろうか。


「じゃあ、ショッピングモール行きたいな!」


香織はパチン、と両手を叩き合わせて言った。

僕も、別に異論はなく頷く。

なにか買いたいものでもあるのかな。


「買い物?」


僕の問いに、香織は意地悪そうな笑みを浮かべる。

その笑いはなんだろうか…。

僕がおずおずと見つめていると、香織はふふ、といつも通りの笑みに戻った。


「次の休みにデートする下見!」


香織の言葉に僕はぽかんとする。

香織は驚く僕の顔を見て、余計に笑う。

だって予想もしていなかった答えだったから。


「そんなのでいいのか?」


連日の仕事の合間の空き時間とも言える、放課後の時間を僕とのデートの下見に使っていいのだろうか。

もっとしたいこととかないのだろうか。

気を使わせてしまっているんだろうか。


「それがいいの!それとも優希は今度の休みに私とデートするの、いや?」


不安そうな目でこちらを見ながら、こてんと首を傾げてみせる。

僕は全力で首を振った。

僕はむしろ、香織がそれでいいのか心配してただけなのだ。


「デートは、その…。普通に、嬉しいよ」


僕が思ったことを言うと、香織は嬉しそうに笑った。

その笑顔につられて、僕も笑う。

やっぱりそれは幸せな時間だった。


「それとー、またクレープ食べたいな!こないだ、優希からもらったチョコバナナ美味しかったから今日は私がチョコバナナ!」


香織が嬉しそうに言う。

そんな姿を見ていると、なんでも叶えてあげたくなる。

やりたいと思っていることをなんでもさせてあげたくなる。


「うん、帰りに寄ろう。今日は僕がいちごね」


そんな会話をしながら、気づけばショッピングモールに着いていた。

この分じゃ、放課後の時間なんてすぐに終わってしまうかもしれない。

でも、時間いっぱいまで香織と楽しみたいと思った。


✰⋆。:゚・*☽:゚・⋆。✰⋆。:゚・*☽:゚・⋆。✰⋆。:゚・*☽


「あー、遊んだね!いっぱい歩いて疲れちゃった」


そう言う香織はえへへ、と笑う。

ショッピングモールは香織にとって魅力的なものが多いらしくあっちの店もこっちの店もと見て回っているうちに時間が過ぎていった。

ころころと表情を変える香織に僕も楽しみながら同行した。


「じゃあ、そこのベンチ座ってなよ。僕、クレープ買ってくるから」


僕が言うと、香織は素直に頷いた。

相変わらずその顔は笑顔のままだ。

僕はその笑顔に安心をもらっている。


「ありがとう、待ってる!」


そう言う香織に手を振りながら、クレープ屋に向かう。

何も苦労することなく、クレープを買い終え香織の元に戻ろうとするとそこには人だかりができていた。

何事かと見てみれば、人だかりの中心には香織がいた。


「動画見ました!ダンス、キレキレですよね!」


「かおりちゃんのこと真似して最近、ツインテールにしてるんです〜!」


「ファンです!応援してます!!」


囲まれる香織の姿を輪の外側から見る。

そうして改めて香織が、芸能界の人なんだと実感した。

そうか、たくさんの人に見られて好かれてそういう世界で生きてるんだな。


「ありがとうございます、これからも応援よろしくお願いします!」


ファンたちの言葉に香織は笑顔で返す。

その笑顔はいつも通りの笑顔でもうその笑顔は僕だけのものじゃないのだと思い知る。

その笑顔は僕だけが知っているものじゃないんだ…。


「優希!」


いつの間にか人だかりは消えていて、香織が僕に手を振っていた。

僕は、我に返って香織の元へ戻る。

クレープを手渡すと、香織は僕の顔を覗き込んでくる。


「優希、どうかした?」


香織は目ざとく僕の変化に気がつく。

たぶん少し不機嫌そうな顔をしていたのだろう。

不機嫌というか、寂しいというか、この感情はなんなのだろうか。


「いや、香織はたくさんの人に好かれてるなって…思って…」


僕が小さい声で言うと、香織はぱちくりと瞬きをする。


「優希、もしかして妬いてるの?」


香織の問いにピンとくる。

たしかに、これがやきもちってやつなのかもしれない。


「だって、男もいたし…」


僕が言うと、香織は嬉しそうに笑う。

なんだか反応が違う気がして、首を傾げると香織は嬉しそうに僕の顔を見た。


「やっと、優希が私に追いついてくれた気がして…。今まではヤキモチ妬くのも私ばっかりだったから。なんか嬉しくなっちゃった」


それはやっぱり僕と香織の幸せな時間だった。






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