第9話 無関心、告白される

「優希、おはよ」


枕元で名前を呼ばれて、目が覚めた。

静かな目覚めに、あくびすらも出ない僕を声の主である香織が見ている。

寝起きの僕をそんなに見て楽しいだろうか。


「おはよう」


挨拶を返して、とりあえず体を起こす。

軽く伸びをすると、未だにそこに立っている香織に首を傾げる。

今日はいつもの小言すら飛んでこない。


「あ、えと…早くしてね。待ってるから」


静かすぎる香織に違和感を覚えながらも、僕は頷いた。

香織は僕をちらっと見た後に部屋を出ていく。

今日はどうしたって言うんだろう。


「香織…?」


もう1人で下に降りているはずの幼なじみの名前を何となく呼んでから、僕はベッドから出た。

いつも通り着替えを済まして、部屋を出る。

香織もいつも通りに玄関口で僕を待っていた。


「お、遅いぞ!」


ぎこちのない叱り声。

明らかにいつもと違う。

何かあったのだろうか。


「ごめん、香織がいつもと違う気がして気になっちゃって」


そう言って、僕は香織の顔を覗き込んだ。

近くでその顔を見て、何か違う部分があるか確認しようと思ったのだ。

けれども香織はものすごい速さで僕から距離をとる。


「ご、ごめん...びっくりしちゃって!ていうか…私のことも気にしてくれたの...?」


香織が少し期待を込めたような瞳で僕を見る。

唯一の幼なじみの様子がいつもと違かったら気になるものだろう。

僕は、躊躇することなく首を縦に振った。


「そっか...気にかけてくれるんだ...」


なぜか少し嬉しそうな香織は歩を進める。

僕も置いていかれないようについて行く。

すると、香織は1拍置いてから話を切り出した。


「あのね、いつもと違うって言うのは合ってるの。今日こそ話そうと思って、来たんだ」


話...?

香織の改まった態度に僕まで緊張してくる。

けれども香織の緊張の方が何倍も上回っているらしく、僕が落ち着いていなくちゃ行けない気がした。


「私たち、ずっと一緒にいたでしょ?」


香織の言葉に頷く。

家が近くておまけに親の仲も良かったから、小さい頃からよく遊んだりしていた。

そこからずるずると関係が続いて高校生になった今でも一緒にいる。


「優希は私のこと、ただの幼なじみって思ってるかもしれないけど。私は違うの」


香織が歩みを止めて、僕に向き直る。

僕も、足を止めて香織を見る。

香織の真っ直ぐな視線に射抜かれるようだった。


たしかに、僕の中では香織は幼なじみだった。

でも、香織にとっては違かったのか...?

お互いに信頼しあった幼なじみだと思っていたのに。


「私は、ずっと前から優希のことが好きだった。もちろん、男の子として」


香織の言葉に面食らう。

香織が僕を好き...?

幼なじみとしてとか、人としてとかそういうのではなく異性として...。


「ずっと言えずにいたけど生まれてから初めて好きになったのは優希だったし、今もずっとその気持ちは変わらないの」


今までに僕は香織を傷つけるようなことも言っているはずだ。

恋愛感情があるのなら、尚更。

それでも、変わらずに僕を想い続けてくれていたのか。


「アイドルになったのも、優希の気を引くためだった。目立つことして、優希に私を見てもらおうって。そんな理由で始めた割には、今楽しいけどね」


そう言って、からっと笑う香織。

僕にはその笑顔がとても眩しく見えた。

香織はずっと僕の横でその眩しいくらいの笑顔を見せてくれていた。


「それで、最近になって藤宮さんが現れたりして。自分に自信がなくなりかけてたけどそれでもやっぱり優希を1番好きなのは私だと思う。優希がいなかったら生きていけないと思うから」


真剣な顔で告げてくれる。

僕は、僕は香織をずっと幼なじみだと思っていたけれど。

今、香織が伝えてくれたような気持ちが好きって言うものならきっと―。


「今まで好きとかって他人事でよく分からないものだったから自信があるかって言われたら、ないんだけど。今の香織の伝えてくれたものが好きって言うことなら僕も香織が好きだ」


僕が言うと、香織が目を見開く。

僕からこんな答えが出るとは思っていなかったみたいだ。

僕自身も今、驚いているところだけれど。


「それって流されてる訳じゃなくて...?優希、優しいから私を傷つけないように言ってる訳じゃなくて...?」


驚きと困惑が混じったような声で、香織が問うてくる。

僕は頷いた。

たぶん、この時の笑顔が今まで生きてきた人生の中で1番優しい笑顔だったと思う。


「だって僕も、香織がいなくなったら生きていける気がしないんだ」


僕が言うと、香織は目元に手をやる。

その動作は涙を拭っているように見えた。

僕は香織に歩み寄って、正面から顔を見る。


「び、びっくりしちゃって...。だって、こんなふうに言ってもらえるなんて思ってなかったから...。ずっと好きだったから...」


香織のひとつひとつの言葉に頷く。

そして、まだ溢れだしている涙を手で拭ってやった。

思わず口を出た言葉だったけれど、僕自身も香織を好きだったなんて知らなかった。


「僕を好きになってくれてありがとう」


僕は香織の目を見て、告げた。




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