第8話 無関心、父に会う

「暇だな...」


昼休み、僕は1人で廊下を歩いていた。

いつも一緒に過ごしている3人はそれぞれ、部活動、仕事、呼び出しによって忙しい時間を過ごしている。

よって、僕は1人で暇を持て余していた。


「おや、そこにいるのはユウキくんかな?」


すると、聞いたことのあるような声で名前を呼ばれた。

声がした方に目を向けるとそこにはしっかりとしたスーツに身を包んだ男の人が立っていた。

この人は確か...。


「はい、そうですけど」


そう言って、その人に向き直る。

やはりそうだ、この人は校長。

朝会とかで前に立って長々と話をしているあの人だ。


「やはりそうか!いやぁ、お噂はかねがね」


でも、なぜそんな人が僕の名前を...?

というか、噂...?

誰かが僕の話を校長にしているって言うのか...?


「いや、えと...」


全く状況を飲み込めないでいる僕に近づいてくる校長。

僕の反応に笑いながら、肩をぽんぽんと叩く。

妙に距離が近いというかなんというか...。


「そう緊張するな。娘と仲良くしてくれているようでね」


緊張している訳では無いけれど、急な校長からの声掛けに怯えない生徒はいないんじゃないだろうか。

娘って言ったか...?

僕がよく話す女子と言ったら。


「は、はぁ...」


でも、校長本人に確認する勇気は出ずに微妙に頷く。

じゃあ噂と言っていたのは娘から話を聞いているということだろうか。

だとしたら、仲は良好らしい。


「でも、距離を縮めすぎるのはよく考えてからにしたまえよ?」


距離を縮めすぎる...?

校長の忠告のような言葉に僕は首を傾げる。

それはどういう意味で発された言葉なのだろうか。


「それって、あの...」


どういう意味か、と問おうとすると笑顔に封じられてしまった。

優しい笑みなはずなのに有無を言わせない力を持っている気がした。

なんとも言えないプレッシャーを空気の中に感じる。


「なに、普通に仲良くするのは構わない。距離感を間違えるとここにいられなくなるということだよ」


やはり、この人の笑みはどこか怖い。

ここにいられなくなるってそのままの意味で捉えたら、退学ってことか...?

明らかに私情じゃないか、それは。


「そんなことしていいんですか?」


僕が聞くと、校長は僕の肩から手を離す。

でもどこか恐怖を感じさせる笑みは形を変えずに顔に張り付いている。

言ってはいけないことを言っただろうか...。


「お、お父さん...!?」


少し緊迫した空気に息を飲んでいると、聞きなれた声が耳を掠めた。

やっぱりこの人の娘というのは―。

こちらに駆け寄ってくる姿に胸を撫で下ろす。


「なんだ、そんなに駈けてきて。父さんに会いたかったのか?」


校長が優しい父親の顔で笑う。

しかし、娘である藤宮の顔には笑みは一切浮かんでいなかった。

どちらかと言えば、父親を睨んでいる気がする。


「そんなわけないでしょう!?優希くんに何を言ったの...!」


藤宮が僕の腕を掴む。

とても力強い行動に見えて、藤宮の手は震えていた。

どうやら普通の親子関係ではなさそうだった。


「ただの世間話さ。さあ、昼休みも終わる。ユウキくん、また今度」


そう言って、校長は僕と藤宮に背を向けた。

背を向ける直前に僕の腕を掴む藤宮の手に校長の視線が注がれていたのがわかる。

でも、そんなこと気にする必要はないだろう。


「優希くん、ごめんね...!何か変なこと言われなかった?」


藤宮が不安そうな声で僕に尋ねる。

さっきの良好な親子関係は絶対と言っていいほど築かれていなさそうだった。

明らかに、藤宮は父親に前向きな感情は抱いていなさそうだ。


「大丈夫だ、安心していい。何も言われてないから」


藤宮を安心させるようにできるだけ落ち着いた声で言った。

肩を掴んで真っ直ぐに藤宮の目を見る。

不安そうに泳いでいた藤宮の瞳が少し落ち着くのがわかった。


「よかった...。私...優希くんが酷い目に遭ってたらって思ったら...」


藤宮は力が抜けたようにそこに座り込む。

人通りが少ない廊下でよかった。

そう思いながら、藤宮の視線に自分の視線を合わせるようにしゃがみこむ。


「藤宮、お前校長の娘だったんだな」


僕が思ったことを言うと、藤宮は怯えたように頷いた。

何に怯えているのかは分からないけれど、安心させるために手を握る。

すると少し涙を浮かべた目で僕のことを見上げる。


「そうなの、でも隠してた訳じゃなくて...!ほかの人たちは知ってるから、話してはくれてもどこか1枚壁があるって言うか...。だから、あの4人で過ごしてる時間は心地よかったの。だから、知られたくなかった...」


藤宮が不安そうに俯く。

どうして校長の娘だからって壁を作る必要があるのだろうか。

藤宮は、藤宮自身でしかないのに。


「知らなくたって、知ってたって何も変わらないだろ?僕と藤宮は僕と藤宮でしかないんだから」


僕が言うと、藤宮は涙を流しながら顔をあげた。

父親のことで何かあったんだろうか。

そう思うほど、何か強いトラウマを感じた。








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