第6話 無関心、謝る
「あれ、藤宮じゃん」
振り返ると、男子が立っていた。
確か、優希くんと仲のいい長谷くん...だった気がする。
曖昧だ、いつも優希くんしか見てこなかったから。
「今、俺の名前曖昧にしか思い出せねぇなって思っただろ」
なんだか見透かされた気がして、不快に思う。
私のことをわかってくれるなら、優希くんがいい。
無理なお願いかもしれないけど。
「なにか、用?」
気持ちを悟られないように、無表情で首を傾げる。
本当は今すぐ帰りたい。
優希くんに怒ってしまった...。
「いや、優希と出てったのに浮かない顔して1人でいたから。どーしたのかなーって」
浮かない顔、見られてしまったのか。
優希くんと仲良いからって、この人には関係ない。
正直に答える義理もないよね...?
「関係ないでしょ」
私が言うと、長谷くんはため息を吐いた。
そして頭をがしがしとかく。
その仕草を私はただ眺める。
「まあ関係ねーんだけどさ、それで優希まで変になったら困るやつがいるって言うか。俺はそいつの落ち込んだ顔を見たくないっつーか」
なるほど、遠回しに私のために言っているわけではないのだと伝えてくる。
きっと彼が言っているのは、香織さんのことだろう。
彼女が優希くんのことが好きなのは誰が見てもわかる事実だもの。
「それこそ関係ない。ていうか、あなたからしたら好都合なんじゃないの?」
長谷くんが香織さんのことが好きなのも、見て居ればわかる。
それならば、落ち込んだところを励ますなりなんなりして距離を近づければいい。
私と優希くんのことなんて気にせずに。
「好きなやつには、好きなやつと笑ってて欲しいじゃん。たとえそれが自分じゃなくても」
そう言って、長谷くんはニカッと笑って見せた。
そんなの嫌だ。
私は長谷くんに向き直った。
「私は...。私は、優希くんが今何をしてて、何を食べてて、何を考えてて、何を見てるのか全部知りたい。そして、それを知ってるのは私だけでいい。優希くんの全てが私のものになればいいのにって毎日思ってる...!」
心の暗い部分を全て吐き出した。
そうよ、綺麗な恋なんかじゃない。
汚い独占欲にまみれた歪んだ感情なのよ。
「噂通りのヤンデレだな」
長谷くんが困ったように笑った。
私も何故か笑い返す。
真っ直ぐ行かないのは、みんな一緒でしょ。
「曲がってるのはお互い様よ。それじゃ、気分が優れないから帰るって先生に伝えておいて」
それだけ言い残して長谷くんに背を向けた。
いくら吐き出しても今日は、優希くんとは顔を合わせたくない。
今、あなたは何を考えてるの?
✰⋆。:゚・*☽:゚・⋆。✰⋆。:゚・*☽:゚・⋆。✰⋆。:゚・*☽
「藤宮さんは?」
教室に戻ると、藤宮さんの姿はなかった。
てっきり教室に戻ってきたんだと思っていたのに。
これじゃあ、謝れないじゃないか。
「気分悪いから帰るんだと。まだその辺にはいるんじゃね?」
長谷が興味無さそうに言う。
僕は、その発言を信じて教室を出た。
まだ近くにいるのなら間に合うはずだ。
「俺は応援しないからな」
長谷のそんな言葉は僕には届かなかった。
とにかく藤宮さんの背中を探す。
校内にはいないらしく、昇降口に着いてしまった。
すると、校門の辺りに見覚えのある背中を見つける。
僕は急いで靴を履き替えて、その背中を追いかけた。
あの後ろ姿、やっぱりそうだ。
「藤宮さん!」
僕が呼びかけると、その背中は歩みを止めた。
でも振り返ることはなく、ただ後ろ姿が僕に向けられる。
僕は、背中に呼びかけた。
「さっきはごめん。まともに話そうともしないで、失礼だった。藤宮さんは、普通に話そうとしてくれてたのにおかしくさせたのは僕のせいなのに」
僕は謝りたいことを素直に口にした。
こんな事思ったことがなかった。
怒っているのなら、放っておこう。
いつもの僕が思うことだ。
「私の方こそ、ごめんなさい!」
すると、藤宮さんは振り向いてそう言った。
僕は予想外の言葉に目を見開く。
なぜ藤宮さんが謝るのだろうか。
「自分の感情で動いて、優希くんを困らせてしまった。最後は怒ったりして...」
藤宮さんは俯いたまま、本当に落ち込んでいるようだった。
僕は歩み寄って、カバンを握る藤宮さんの手をとる。
細くて小さい、頼りない手だった。
「僕の方こそ本当にごめん。今回、思ったんだ。僕、もっと藤宮さんのことが知りたい。いきなりは無理かもしれないけど、一緒にお昼でもどう?」
僕の提案に、藤宮さんは俯かせていた顔をあげる。
その目には輝きが点っている気がした。
人を知りたいなんて思ったのも初めてだ。
「それは2人っきりで?」
期待に満ち溢れた藤宮さんの瞳に捉えられる。
僕は目をそらして、頬をかいた。
その目で見られると、応えなきゃ行けない気がしてくる...。
「いや、僕がいつも一緒にいるメンバーも一緒に...」
急に2人っきりはハードルが高い...。
やっぱり目を合わせるのは苦手だし...。
すると、藤宮さんは頷いた。
「私も一緒に食べたい。もっと、もっともっと優希くんについて知りたい」
真っ直ぐに向けられた視線が眩しかった。
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