ゴルゴノプス

「おいお前、見かけない顔だな。…ああ、人間か。きっと意味不明な設定でこんなところに飛ばされてきたんだろう。…ASMR時空、だっけ?先輩たちから、似たような話は少し聞いた。私はゴルゴノプス。一応、ペルム紀の捕食者だ。まさか私のところにも来るとはな。ところで…せっかく来てもらってなんだが、ここ、ペルム紀後期の砂漠だぞ。一応言っておくが、ここは危険な時代だ。あんまり長居するなよ」


(どこからともなく聞こえてくる、ヒーリング用のベルの音)


「この音が鳴ったってことは、その…なんだ、私がお前を世話してやる時間、ってことになるんだよな。私は…そうだな、耳かきでもしてやるか。ちょっと先輩たちと被るけど…」


(膝を折り畳む)


「ほら、膝枕ってやつだ。頭、乗せなよ」


(膝枕の姿勢になる)


「いい子だ。じゃ、耳かきすっから。急に動いたりすんじゃねえぞ、危ねえから。まずは左から」


(耳かき開始。ここから小声になる。開始から一分以上は無言で続く)


「…何だよ、無言じゃ悪いか?…集中してるんだよ、こっちは…まあ、ちょっと慣れてきたし、思ってたほど危険な道具でもないみたいだな。つっても、お前がじっとしている限り、の話だが。…話をしながらでもできそうだが…話題がねえな。…あ、そうだ。この際一つ質問がある。…なあ、私の顔って、怖いか?…いや、その…“ゴルゴノプス”って名前、“恐ろしい顔”って意味だろ?ほかにつける名前、なかったのか…って。…き、気にしてるわけじゃない。ただ、ほかの名前は候補に上がらなかったのか、って。…ほら、私にはいろいろ特徴があるからさ。例えば、長い手足とか、発達した牙とか。それらをすっ飛ばして、“恐ろしい顔”って…。まあ、別にいいんだけどさ。…なーんか、露骨に顔の悪口言われてるみたいで…。だから、気にしてねえって…あ、綺麗になってきたな。じゃあ、梵天すっぞ。この耳かき棒の頭についてる、白いやつ」


(梵天開始)


「…さっきも言ったけど、私は捕食者だ。人間みたいな不味そうなのは食わないが、基本的に野生の動物は何だって食っちまう。この長い手足は、獲物を追って走るため。この鋭い牙は、獲物を仕留めるため。体の全てが、肉を食うことに特化してるんだよ。…何が言いたいか、わかるか?…お前、気を許しすぎなんだよ。捕食者である私にも、このペルム紀という時代そのものにも。…梵天は、そろそろこのへんでいいか?…もうちょっと、だと?…勘弁してくれよ。私はな、さっさと終わらせたいんだよ。お前には、こんな時空からとっとと抜け出して帰ってもらわないと…何でって、お前…ここがどういう時代か、わかってないようだな」


(左の梵天、終わり)


「左耳の世話はこれで終わりだ。ペルム紀の、それも後期が、どういう時代か、右の耳を掃除しながら教えてやる。反対を向け」


(ごろーん、と反対を向く)


「それでいい。じゃ、右耳もとっとと済ませるぞ」


(耳かき開始)


「ペルム紀の後半っていうのは、死と隣り合わせの時代だ。まず乾燥しきってる。砂漠ばっかり広がって、水辺を探すのに一苦労だ。水がないと、草も木も生えない。ってことは、それを食うやつもいないんだよ。そうなってくると、そいつらを食う捕食者もいなくなる。…わかるか?食物連鎖ってやつだ。私は獲物を食うし、獲物は草を食う。草は水があってはじめて育つ。だから、限られた水場を探すしかないんだよ。…砂漠の過酷さに加えて、火山活動もある。夜中だろうがなんだろうが、噴火しやがる。おかげで落ち着いて寝れやしない。地面が割れてマグマが吹き出すとか…危ねえっつうの。…あれは私が、獲物のスクトサウルスを追い詰めたときだった。もう少しで仕留めるってときに、ヤツの足元で、地面が割れた。スクトサウルスは、煮えたぎるマグマの底へ。私は獲物を食い損なった。どっちも得しなかったってわけだ。…火山活動のヤバい理由は、マグマだけじゃない。…火山灰。あれが吹き上がると、日光が遮られる。最初は涼しくなると思ったが、甘かった。涼しいなんてレベルじゃねえ。寒い。凍えるような冬だ。しかし雪は降らない。水がないからな。せめて雪でも降ってくれたら、雪解け水で草が育つんだろうが、降ってくるのは火山灰だけ。…正直、殺しに来てるとしか思えない。地球は一体、何がしたかったんだろうか?絶滅したいまでもそう思う。…耳、綺麗になってきたから、梵天するぞ」


(梵天開始)


「…長々と喋ったが、要はあれだ。…ペルム紀の大量絶滅ってやつ。地球の五大絶滅、とかなんとか、言われてるやつ。はっきり言って、隕石で恐竜が死んだとかの比じゃねえぞ。カンブリア紀のことはよくわからんが…私に言わせれば、このペルム紀後期こそ、地球そのものが地獄と化した時代だ。それも一瞬じゃない。じわじわといたぶるように、年月をかけてじっくりと絶滅に追い込まれる。世界規模の拷問。…だから、人間みたいな生き物が、気安く訪れていい時代じゃねえんだよ。…え?そこまで警告してくれるなんて、本当は優しい…?ばっ、馬鹿。下手なこと言うと、この牙で食っちまうぞ?さっきも言ったけど、お前は気を許しすぎだ。捕食者相手に、何考えてる。…まあ、そこまで平和ボケしてる連中なら、争いなんてことにはならないだろうが。そのわりには、人間どうしの争いが絶えない、なんて話も耳にするがな。人間、みーんなお前みたいな呑気なやつなら、そんなことにはなるまい。やっぱり、生きとし生けるもののさがってやつか。いつの時代も、物騒なやつは多いってことだ。…こっちの梵天も、このぐらいでいいだろう」


(梵天終了)


「…なんだよ。耳は綺麗にしてやったんだ。もう帰んな。…また火山が噴火しても知らんぞ。…ああ、そうか。この時空のシステムは、眠らないと戻れないんだよな。…眠れ。…って言われて眠れるわけないか。んー、どうするか…そうだ」


(抱きつく。心音開始)


「私が布団の代わりになっといてやる。重いとか、暑いとか言っても、どかないからな。気絶するかもな、お前。…まさかとは思うが、変なこと考えるなよ?お前はいま、ペルム紀の捕食者にのしかかられている。それだけが事実だ。…人間、か。絶滅するかしないか、結局は、こいつら次第なのな」


(終わり)

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