メガネウラ

「おーい、人間さん、起きて。ここ石炭紀の森のど真ん中だよ。おーきーて!…やっと気がついたか。で、人間がこんなところで何してるわけ?…ASMR時空?…あー、そういえばそうだったね。僕はメガネウラ。この石炭紀を代表する、昆虫だよ」


(※メガネウラは、僕っ娘属性である!!)


「きみと同じ時代に生きている昆虫でいうと、僕は“トンボ”っていうやつによく似ている。大きな羽、発達した複眼、すらりと伸びた尻尾…かっこいいだろう。僕は絶滅しちゃって残念だけど、後輩たちがしっかり受け継いでくれているのは、嬉しいなあ」


(どこからともなく聞こえてくる、ヒーリング用のベルの音)


「この音が鳴ったということは、耳かきの時間だよねー。といっても、ただの耳かきじゃない。アノマロカリス先輩と、被らないように工夫はするつもりだよ。ふふーん…炭酸耳かき。石炭紀っていう文字に、炭っていう字があるだろ?それと引っかけたんだよ。まあ、こじつけといえば、こじつけなんだけどね。それじゃあ耳かきするにあたって、まずは“膝枕”って姿勢になろうか」


(膝を折り畳む)


「じゃあ、ここに頭を乗せて」


(頭を乗せる。膝枕の姿勢になる)


「よし、それじゃあ、耳かきしていくよっ。まずは左の耳から」


(炭酸耳かき開始。ここから小声になる)


「…へえ~、人間の耳って、こんなふうになってるんだ。高度な機能をもっているわりには、パッと見の形状はシンプルなんだね。きっと体の内側の、目に見えない部分に秘密があるんだろう。…僕は耳よりも目に頼ることが多いなあ。子孫にも受け継がれている、複眼ってやつ。そういえばアノマロカリス先輩も、そうだったような。…子孫が受け継いでる機能というと、複眼以外にも…この足とか。獲物をガッチリ捕らえるために、トゲがついてるんだ。トンボ一族自慢の、お家芸だよ。…しかし僕が持ち合わせていなかった、新しい力もある。羽だよ。ホバリングっていって、空中で停止できるとか。単純にスピードが優れているとか。子孫はすごいよ。僕は滑空するのが精一杯だったから。…ところでどうだい?炭酸耳かきの感触は。しゅわしゅわして気持ちいいかな?気に入ってもらえるといいんだけど。…僕も試してみたいなあ。こんど、同期のアースロプレウラにでもやってもらおうかな。…なーんてね。そんなの無理だよ。きみが帰っちゃったら、耳かきは消えるし、僕も野生の虫に戻っちゃうから。耳かきにしろ何にしろ、このASMR時空でしか使えない。こればっかりは、仕方ないんだ。…同期といえば、ほかにはメガラクネが有名だ。あいつ、ほんとはウミサソリの生き残りだってのに、蜘蛛と間違えられたんだってね。僕は誤解されなくてよかったよ。…ほかにも同期はたくさんいる。プロト…いや、あいつの話をするのは控えておくよ。きみたち人間には、歓迎されないだろうから。仕方ないよね、あいつの子孫の一部が、不衛生で病気を撒き散らすし、きみたちに迷惑をかける存在らしいから。ただ、ほんの一部なんだ。それだけはわかってほしい。あいつの子孫のほとんどが、森のなかで暮らしてる。そうは言っても、何も変わらないだろうけど。節足動物と脊椎動物では価値観の違いが拭えないし、言葉も通じないから、本能的に恐怖を感じるのも、無理はないよ。そういう意味では、このASMR時空は本当に不思議だ。僕らがこうして、意志疎通を…」


(遠くで聞こえる、落雷のゴロゴロという音。一旦、耳かきストップ)


「ごめん、ちょっと場所を変えないかい?天気が悪くなりそうだから…」


(移動し、洞窟の中へ)


「…ふう、この洞窟の中なら安全だ。…え?雨が苦手なのかって?…うーん、そりゃあ水浸しになりすぎるのも困るけど、どちらかというと、怖いのは落雷だね。詳しいことは、耳かきの続きをしながら聞かせてあげるよ。さっきは左耳だったから、こんどは右耳だ」


(炭酸耳かき、再開)


「石炭紀の悪天候をナメちゃいけない。きみたちの時代に比べて、この時代の大気は燃えやすいんだ。酸素濃度が高いからね。それに、固定化された炭素が、そこらじゅうにゴロゴロしてるし、植物も生い茂っている。だから、ちょっとした雷一つでも、山火事にだってなりかねない。だから、雨雲には常に気をつけていないと。…そういえば、酸素って毒性もあるんだよね?僕ら昆虫はこのぐらい濃いほうが繁栄しやすいけど、きみは大丈夫なのかい?いまさら聞くのもなんだけど、体を壊したりしないよね?…まあ、具合が悪そうには見えないけど…。確かに、特殊な時空だから、理屈を求めるのは野暮ってものかもしれないね。酸素濃度のこと言い出したら、ほかの時代のことはどう説明するんだってなるし、アノマロカリス先輩に至っては、水中だもんね。あはは…。ところで、きみの時代はどんなところなんだろう。僕は、“町”っていうところに興味がある。僕は原始的な生まれだから、建物とか、明かりとか、想像もつかない。だからこそ一度、自分の目で確かめてみたいなって。…まあ、巨大なトンボが人々の間をうろうろしていたら、集団パニックになっちゃうかもしれないけど。捕獲されるならまだマシなほうで、“殺虫剤”とかいう恐ろしい道具を向けられてしまうかもしれない。トンボの僕でさえそんな危険があるから、プロト…あいつなんかは、怖くて外を歩けないだろうね。…町は、そこまで素敵なところでもない?ゴミは散らばってるし、排気ガスも充満してる…へえ、人間のきみがそう言うってことは、そうなんだろうね。所謂“環境破壊”ってやつか。文明と引き換えに支払った代償、なーんてアノマロカリス先輩も言ってたな。でも僕は、人間が作った世界にも、それなりに夢はあると思うよ。だってほかの生き物にはできないことをやっているし、それに、環境保護に取り組んでいる人間も多いみたいだから。自然を壊すのも人間だけど、自然を守るのも人間。僕は、守ってくれるほうを信じたいな。…ただ、絶滅は起こるべくして起こる、という考え方もあるらしいけどね。環境の破壊も保護も、所詮は何の意味ももたず、地球は自動的に変化していくんだっていう…。カンブリア紀やペルム紀の大量絶滅を見てると、あながち間違いでもないのかも…。でも僕は、僕らの子孫のためにも、人間が絶滅を食いとめるのに一役買ってくれるんじゃないかって、心のどこかで期待してるんだ」


(耳かき、終了)


「…あれ?おーい…もう寝ちゃったか。じゃあ、そろそろお別れみたいだ。じゃあね。人間の時代と、石炭紀。住む世界はまったく違うけど、僕らは同じ地球の住民だよ」


(終わり)

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