イクチオステガ

(滝の音)

「…えっと、人間さんですよね?その…ここ、デボン紀の川なんですけど…わ、私ですか?私は…イクチオステガ…です。カエルとかと同じ、両生類でして…やっぱり、気持ち悪いですかね?…え?…プニプニしててかわいい?…そ、そんな!私にはもったいないお言葉です!」


(どこからともなく聞こえてくる、ヒーリング用のベルの音)


「こ、このベルの音が鳴ったということは…えっと、その…シャンプー、させていただく時間みたいです。…ええ、私が、あなたの頭を、シャンプーして差し上げる、ということです。…アノマロカリス先輩は耳かき、ディメトロドンちゃんはマッサージ、ということでしたので…そ、それでは、この滝の下にどうぞ。滝といっても小さいので、勢いはシャワーと同じくらいですよ。太陽によって加熱もされていますから、シャワー代わりにちょうど使えるかと…」


(シャワーかかる)


「…うん、適度に髪が濡れましたね。それでは、シャンプーしていきますね。これは…シトラスの香り、だそうです。私の時代には存在しないもののようですが…」


(シャンプー開始。ここから小声になる)


「…そうですね、何からお話しすれば…では、デボン紀全体のお話でよろしければ。カンブリア紀やペルム紀と違って、ちょっと地味なイメージがありますからね。こんな機会、なかなかありませんよ。…まずデボン紀の環境なんですけど、陸地が増えたんです。どうやら陸地どうしが組み合わさって、大陸が形成されたみたいで。それと、雨がたくさん降って、川ができたんです。だから私たちも、陸に上がることができたんですよ。…といっても、まだまだ私の段階では陸地に慣れていないので、歩くというよりは這いずり回ることが多かったんですけどね。…それでも当時は、陸に上がれるっていうだけでも大きな強みでして。何しろ魚が怖いものですから。もちろん、種類にもよるんですよ?自分より小さい魚は食べるのにちょうどいいんですけど、逆に魚が自分より大きいと、自分が食べられちゃうんです。…例えば、ダンクルオステウス。肉食で、顎が発達していて、噛まれたら終わりって言われるぐらい、危険なんです。あと、ハイネリア。ものすごく大きくて、牙の生えた肉食の魚。あなたたちの世代でいうと、ピラニアをもっと巨大にしたような、恐ろしい存在なんです。…サメみたい?…そうですね、サメは私たちの世代にもいたんですけど、当時はそこまで恐ろしいかといわれると…ダンクルオステウスやハイネリアほどではなかったような。でも、あなたたちにとっては、巨大な肉食の魚といえば、サメのことらしいですね。…“サメ映画”という言葉を聞いたことがあります。絶滅したあとで、先輩から。といっても、私の時代には映画という概念自体なかったので、イメージはできてないんですけど。こんど、先輩たちと一緒に見てみようと思います。怖いものでなければいいんですけど…。ところで、ちょっとシャンプーの話になりますけど、お痒いところとか、ありませんかね?練習はしましたけど、慣れていないので…遠慮なさらなくていいですよ?正直に言っていただければ…そうですか、特に痒いところは、ない。…じゃあ、そろそろ流しちゃいましょうか…ほんとはもうちょっと、時間を先伸ばししたかったけど…え?ぜ…全部痒い?まんべんなく、頭皮全体が、ちょっとずつ?あ、アレルギーとかではないですよね?…シャンプーのせいじゃなく“暗黙の了解”?ちょっとよくわかりませんが…とにかく、もうちょっと続けたほうがいい、ということですね?」


(暫くシャンプー続ける)


「…頭皮全体に、まんべんなく…指に力を入れて、でも痛くならないように、ギリギリまで加減しないと…この耳のうしろのところも…それから、このつむじのところも…このへんも…ここも…」


(もう暫くシャンプー続ける)


「…どう、ですか?気持ち良くなりましたかね?…よかったです、ではそろそろ、洗い流しましょうね。さっきのシャワー滝へどうぞ…あっ、泡で目を開けられないんですね。ではこちらへ…もう少し右に…よし」


(シャワーかかる。泡が全部流れる)


「…綺麗に流せましたね。ふふっ、なんだか髪の一本一本が、綺麗になったように見えます。…では、風邪を引くといけないので、髪を乾かして差し上げます」


(ドライヤー、開始)


「このドライヤーっていう道具、不思議ですよね。こんなに小さい筒から、どうやって風を、それも温かい吹かせているのでしょうか。…ちなみにこのドライヤー、コードはどこにでもつけられる特殊使用なんです。この時空だけで使えるものらしく、役目が終わるとどこかへ消えてしまうらしいのですが…ええ、先ほど使わせていただいたシャンプーも同じく、川に流れた成分まるごと、異空間に消えてしまう、とかなんとか。私にもよくわかりませんが…おそらく、環境への影響が出ないように、ということかと…」


(ドライヤー終了)


「乾かしすぎると髪が傷んでしまう恐れがありますから、この程度にしておきますね。今日は日差しが強いので、多少湿っていても問題はないかと。…あのー、髪の毛とはあまり関係はないんですけど、こちらの道具も使わせていただけますかね?ジェルボール、という道具らしいのですが。…使ってもよろしいんですね。では、さっそく」


(ジェルボールを人間の両耳に押し当てる)


「…これ、ひんやりしてて柔らかくて、気持ちいいらしいんですよね。私も触った感触で、なんとなくわかります。ふふっ、プニプニ、プニプニ。グニグニ、グニグニ。…暑いときにこんなのがあると、すごくリラックスできますよね。…私の時代にはジェルボールはなかったので、暑いときにはもっぱら、水に入るだけでしたけど。で、怖い魚が寄ってきて、陸に上がる。の繰り返しでした。…あれ、少し眠くなってきましたか?それはそうですよね。ドライヤーで温まったあとに、ジェルボールでひんやりしたら、誰だって眠くなりますよ。…あ、いま思い出したんですけど、あなたは眠りに落ちるともとの時代に戻されるそうなんです。そうなったら私はただの原始的な両生類に戻って、海と陸とを行き来するだけの生活を再開するだけ。でも、私たち両生類がそうやって生きてきたことが、あなたたちの陸での生活に、少しでも役立っているとしたら、心残りはありません。…人間さん?…眠ってしまったようですね。そろそろお別れです。…あれ?なんだか私、目から海水のようなものが…」


(終わり)

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