実はこういうことでした
実を言うと、セレイ・イーザルの不思議な能力は、四、五歳のころからありはした。時々、周りの人間の動きが、あまりにもゆっくりになったり、止まったりすることがよくあったからだ。当たり前すぎて、もう少し年齢が上がるまで、セレイは時々、周りの人間をまねしてゆっくり歩いたり、突然止まったりを繰り返すことがあった。おかげで、よく不思議な顔をされたのを覚えている。
だが、前世の記憶を取り戻したとき、自分の能力を理解した。これは、周囲の人間の運命をぐちゃぐちゃ 実を言うと、セレイ・イーザルの不思議な能力は、四、五歳のころからありはした。時々、周りの人間の動きが、あまりにもゆっくりになったり、止まったりすることがよくあったからだ。当たり前すぎて、もう少し年齢が上がるまで、セレイは時々、周りの人間をまねしてゆっくり歩いたり、突然止まったりを繰り返すことがあった。おかげで、よく不思議な顔をされたのを覚えている。
だが、前世の記憶を取り戻したとき、自分の能力を理解した。これは、周囲の人間の運命をぐちゃぐちゃに書き換える能力だ。他人の運命に干渉し、あったことをなかったことにし、自由に行く末を決定する。つまり、怪我をした人間の状態を戻し、さらに、より元気で強い状態にまで『進める』ことができた。
この能力に気付いた後のわたしは、子供らしく、後先考えずに次から次へと兵士たちを回復させ、強化した。相手に触れて、願う。ただそれだけでいいのだから。
――戦争を終わらせる力を彼らに。
一心にそう願ったのを覚えている。
『われは、お前こそが魔界戦争を終わらせた立役者だと知っている。それを忘れるな』
杖に話しかけられた言葉が頭を過った。
――もう使わないけどね。
とセレイは思う。使わない理由は明白だった。
手遅れの時はどうにもならないのを子供の頃に経験した。熱を失っていく兵士の手をいくら握っても、その脈が戻ることはなかった。
それに、いくら自分がこの能力を使っても、いつか人が死ぬのは変えられないし、もしもそんな大層な能力だったら、国中にある慰霊碑に刻まれた名前の数はもっと少なくなっているはずだ。
この力が万能でないことは、彼女自身がよく知っている。多分、強い風の日に紙飛行機を飛ばすようなもので、いくら投げる向きを無理矢理変えたり、強く投げたりしようとも、その先で大きな風が吹けばそれには逆らえない。紙飛行機同士がぶつかることもある。そうなったとき、思った方向には飛んでいかない。あくまでこの力は、その場でその向きを変えたり、勢いをつけることしかできないのだ。
馬鹿らしくなったし、そもそも人が死ぬのを無理矢理延長するのもどうなのか。今の医療や魔術も進歩したし。そう思うと、子供の頃のようにおいそれとこの力を使えなくなった――たった一人、フラック・ヘイラン相手を除いて。
独り、保管庫から中央病院の暗い廊下を歩く。床を、返してもらった杖がこすった。フラックの愛用品。そして、呪い。
『あなたに、この世界を救う運命と、戦う力を授けます。だって、前世の記憶がある分、有利でしょ。だから、少しぐらい不運になってよ』
誰かは今でもわからない。一回しか聞こえたこともない声と言葉。だが、戦争で戦う人や苦しむ人々を見るたび、こうして立って歩けている自分が不運だとセレイは思ったことはない。
だが、自分が救った人、強化した人が結局死んでいったこと、そして、戦争が終わってなお続く、魔族による負傷者を見るたび、自身の無力さを突き付けられる。加えて、自分の夫だけは救えないことが腹立たしく思うことが増えた。
『僕は、魔王を殺す為に、過去と未来を捧げた。それだけだよ』
結婚する前、フラックは〈ダオド〉について教えてくれた。魔界戦争時、六体いた魔王の内一体、キュラナは突然死んだと伝えられている。皆が皆、人類の攻撃がついに届いた結果だと思っているが、それを倒したのが、フラック、否、〈ダオド〉だという。その代償として、フラックは過去と未来を失った。
当時兵士だった彼が持っていた技術、知識と経験。これから先、強くなるという未来。それを失う代わりに、魔族や魔王を殺せる今を手にしたのだ。それが、フラックの〈ダオド〉だという。いくらセレイが力を尽くしても、過去と未来を失った人間にできることはなかった。
だしぬけに何度も彼に抱き着いて試してみたが、なんとかましになる程度。擦り傷の治りがちょっと早くなったり、脚に力が入って立てるようになったり。今は、なんか調子の悪そうな彼をなんとなく元気にすることぐらいにしか使っていない。
フラックはただの愛情表現と思っているらしい。それに違いは確かにないが、それ以上のものだとは思っていない。なぜならば、セレイは自分の異能力のことを伝えていないからだ。もうほとんど使わない力だし、この力は、ともすればフラックの犠牲への冒涜な気がした――後ろめたかったのだ。自分がもっと早く異能力に気付いて国中を行脚していれば、あなたの犠牲はいらなかった、なんて言えない。
「あんたを折ったりしたら、少しは何か変わるかな」
暗い病院の廊下で訊ねてしまった。
『われを破壊することはできない』
杖が返事をする。声なんてかけるんじゃなかった、とセレイは自省した。少し、寂しくなっていたのかもしれない。
に書き換える能力だ。他人の運命に干渉し、自由に行く末を決定する。つまり、怪我をした人間の状態を戻し、さらに、より元気で強い状態にまで『進める』ことができた。
この能力に気付いた後のわたしは、子供らしく、後先考えずに次から次へと兵士たちを回復させ、強化した。相手に触れて、願う。ただそれだけでいいのだから。
――戦争を終わらせる力を彼らに。
一心にそう願ったのを覚えている。
『われは、お前こそが魔界戦争を終わらせた立役者だと知っている。それを忘れるな』
杖に話しかけられた言葉が頭を過った。
――もう使わないけどね。
とセレイは思う。使わない理由は明白だった。
手遅れの時はどうにもならないのを子供のころに経験した。熱を失っていく兵士の手をいくら握っても、その脈が戻ることはなかった。
それに、いくら自分がこの能力を使っても、いつか人が死ぬのは変えられないし、もしもそんな大層な能力だったら、国中にある慰霊碑に刻まれた名前の数はもっと少なくなっているはずだ。
この力が万能でないことは、彼女自身がよく知っている。多分、台風の日に紙飛行機を飛ばすようなもので、いくら投げる向きを無理矢理変えたり、強く投げたりしようとも、その先で大きな風が吹けばそれには逆らえない。あくまでこの力は、その場でその向きを変えたり、勢いをつけることしかできないのだ。
馬鹿らしくなったし、そもそも人が死ぬのを無理矢理延長するのもどうなのか。今の医療や魔術も進歩したし。そう思うと、子供のころのようにおいそれとこの力を使えなくなった――たった一人、フラック・ヘイランを除いて。
独り、保管庫から中央病院の暗い廊下を歩く。床を、返してもらった杖がこすった。フラックの愛用品。そして、呪い。
『あなたに、この世界を救う運命と、戦う力を授けます。だって、前世の記憶がある分、有利でしょ。だから、少しぐらい不運になってよ』
誰かは今でもわからない。一回しか聞こえたこともない声と言葉。だが、戦争で戦う人や苦しむ人々を見るたび、こうして立って歩けている自分が不運だとセレイは思ったことはない。
だが、自分が救った人、強化した人が結局死んでいったこと、そして、戦争が終わってなお続く、魔族による負傷者を見るたび、自身の無力さを突き付けられる。加えて、自分の夫だけは救えないことが腹立たしく思うことが増えた。
『僕は、魔王を殺す為に、過去と未来を捧げた。それだけだよ』
結婚する前、フラックは〈ダオド〉について教えてくれた。魔界戦争時、六体いた魔王の内一体、キュラナは突然死んだと伝えられている。皆が皆、人類の攻撃がついに届いた結果だと思っているが、それを倒したのが、フラック、否、〈ダオド〉だという。その代償として、フラックは過去と未来を失った。
当時兵士だった彼が持っていた技術、知識と経験。これから先、強くなるという未来。それを失う代わりに、魔族や魔王を殺せる今を手にしたのだ。それが、フラックの〈ダオド〉だという。いくらセレイが力を尽くしても、過去と未来を失った人間にできることはなかった。
だしぬけに何度も彼に抱き着いて試してみたが、なんとかましになる程度。擦り傷の治りがちょっと早くなったり、脚に力が入って立てるようになったり。今は、なんか調子の悪そうな彼をなんとなく元気にすることぐらいにしか使っていない。
ちなみに、フラックはセレイの力については知らない。もうほとんど使わない力だし、この力は、ともすればフラックの犠牲への冒涜な気がした――後ろめたかったのだ。
「あんたを折ったりしたら、少しは何か変わるかな」
暗い病院の廊下で訊ねてしまった。
『われを破壊することはできない』
杖が返事をする。声なんてかけるんじゃなかった、とセレイは自省した。少し、寂しくなっていたのかもしれない。
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