人気者
「人気でよかったね」
たった一日、フラック・ヘイランのベッドの周りにはお見舞いの花と、どうやら本人が希望したらしい本が山積みになっていた。夕方ぐらいに彼の研究所から見舞客が来たのだ。
「おかげさまで。連絡とか丸投げしてごめん」
「今更でしょ」
「はい。本当にいつもありがとうございます」
フラックは礼を言う。ふと見える窓の外は暗くなっていた。
「それで、杖は?」
「中央病院にあるってさ。だけど必要?」
「そりゃあ、まあ……」
濁す様にフラックは言った。本人も、本当は杖なんてあってもしょうがないことはわかっているのだ。
「休んで。本も取り上げてあげよっか」
「それはちょっと……」
言葉を言葉通りに受け取りがちなあたり、なんだかんだ言って彼は真面目なのである。お陰で、からかいがいがあるのが玉に瑕である、とセレイは常々思う。
「嘘。でも、当分は静かにね」
「リハビリは?」
「明日、もう一度骨折専門の魔術医の先生が診に来るから、それ次第」
「心なしか、全然いける気がするんだけど」
「それは気のせい」
セレイはぴしゃりとそういった。
「明日、ちゃんとした替えの服持ってくるから」
「お願いします」
しおらしくフラックはそういった。
「じゃあね、お休み」
セレイはそういって病室を後にしようとしたが、フラックは何も言わない。口下手なのか何なのか、セレイは仕方ないのでフラックの顔に寄り、頬に軽くキスをした。すると、無事だったフラックの左手がセレイの後頭部を掴んだ。そして、そのまま今度はフラックが、セレイの唇へ、噛みつくようにキスをする。相手が怪我人故、突き放すこともできず、セレイはそれを受け入れた。
「誰か来たらどうするつもりなの」
漸く離してくれた彼へ、セレイは少し呆れてそう言った。誰もいないとはいえ大胆だと思った。
「いいでしょ。夫婦なんだし」
「一応、公の場なんだからね」
「はい。わかっています」
しかして、にやけ面が張り付いているのがなんとなくむかつくのである。
「でも、セリーは嬉しそうなんだけど」
「うるさい」
ひどい指摘を受けてしまった。セレイは後ろを向いてそっと自分の頬に触れる。熱くなっていた。全く。とはいえ、これ以上のことはフラックにはできない。それがもどかしく感じ、セレイはひとまず、特大のため息をついた。
「早く治してよ。お願い。だから無茶はしないこと」
「わかってるよ。お義父さんさんによろしく。じゃあ、お休み」
「お休み」
一瞬、もう一度戻ってあげようかな、と思ったセレイだったが、いよいよ帰り際がわからなくなるので手を振って今度こそ病室を後にする。
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