脆いやつ

 気づけば、朝になっていた。セレイ・ヘイランは一人ベッドから抜け出ると、ダイニングテーブルに料理が載っていることになんとなく落胆した。フラックは結局、夜通し部屋に籠って〈虫の魔族〉の研究に勤しんでいたらしい――否、よく見ると自分が作ったものではない。どうやらフラックが朝食を用意してくれていたようだ。ついでに、メモが添えられていた。


『昨日はごめん。ご飯ありがとう』


 とりあえず、元気そうでよかったと思うことにする。もう出かけてしまったらしく、家から人の気配も、彼がいつも使う杖もなくなっていた。


 仕方ないので一人で朝食を摂る。フラックの作る料理は、意外においしい。ただ、完成が異様に早かったり、なにかを唱えていたり、キッチンにはない謎の食材を使っているがとても気になるのが欠点だ。でも、今までお腹を壊したことはないし、あれだけ病弱なフラック自身が平気なので、健康上大丈夫のは確かなのだろう、とセレイは納得している。


 そうして、家を出る前に掃除されたのか、はたまたフラックの言う通り勝手に消えたのか、きれいになった玄関を通り、さっさと出勤する。


 徒歩にして、大した距離もない。意識せずともドーダム南病院の前に来て、しかしてその歩が自然と留まった。ドーダム南病院が賑やかになっていた。制服を着た衛兵隊が複数立っている。


 やや近づき難かったが、それでは仕事にならない。さっさと裏手に回り、きちんと出勤する。


「何かあったんですか」


 看護師として黒のドレスと白いエプロンに着替えたセレイは、すでに出勤していた看護師長のスザリにそう訊ねた。


「まず一つ。ルータさんの幻覚などに対する薬が届く予定です。ドーダム中央病院が検査した後になります。かの有名なフラック氏のお墨付きですので、おそらく処方しても大丈夫でしょうが。届き次第投与しますので、あなたも覚えておきなさい」


「え、夫が?」


「知らなかったのですか? 昨日の晩、突然〈ダオド〉が現れて、フラック氏にお渡しになったとか」


「えーっと、知らなかったです」


 知らない間に夫がついた派手な嘘に、セレイは辟易した。おそらく、一晩かけて完成させた魔族の薬を病院に提供するための嘘だろう。確かに、フラックが検査済みの薬といえば、ある程度の人は納得する。


「それでこんな騒ぎに?」


「そうです。〈ダオド〉と会話したなんてことがあれば、第四衛兵隊が寄ってくるに決まっています」


 はあ、とスザリはため息をついた。おそらく、病院が騒がしくなったことにイライラしているのだろう。


「でも、なんでここに衛兵が来たんですか。中央じゃないんですか」


「それです。全く、困りましたよ」


 何にだろう。スザリの疲れ切った顔はあまり見ない。


「フラック氏は、中央病院に薬を提供した後、うっかり階段で足を滑らせて足と腕を折りました。落ち着いたら今日中にうちに運ばれてきます」


 衝撃の出来事をさらりと語る。


「それは、大丈夫なんですか」


 緊急だったらもっと慌てて伝えるだろう。だから、セレイは深呼吸して努めて冷静に質問した。


「問題ないそうです。骨折ほやほやで入院されましたからね」


 嫌味だろうか。でも、無事そうなので安心した。


「こちらに到着次第、あなたが面倒を見なさい。あと、外を静かにさせてください。患者に障ります」

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