第5話 最強無双のマイエンペラー

 白いローブ一枚の男と洒落っ気を醸し出す女が並んで歩く。

 それが俺たちだ。

 はたから見れば少し違和感があるかもしれない。

 まずローブ一枚の男が違和感だろう。変質者だ。

 ローブの下は興奮状態に陥っているのだからなおさらである。

 そんなことを俺が考えていると、プシュケはいつの間にか肩にかけている大きなショルダーバッグから、冊子を取り出していた。

「まず港町タコイカに向かいましょう。ちょうど馬車の時間にも間に合いそうです」

 プシュケは身につけている腕時計を確認して言った。

 いつから身につけていたのか。

 俺は、小物にはあまり気付かないタイプらしい。

 きっとこれも潜在に気を取られるせいだ、ということにしておこう。

「トクメイさんは、どうしてこの村まで来られたんですか?」

 プシュケは何気なく質問してきた。

「どうしてって言われても、気付いたらここにいたって感じで」

 自分でさえもわからない。結局村に顔見知りらしき人もいなかった。

「思い向くままの一人旅ですか、それもなんだか素敵ですね」

 プシュケは相変わらず、勝手に解釈する。

 まあ別にいいんだけど。

「プシュケさんはいつからこの村に?」

 俺はなんとなくで質問を返す。

「私は、来て半年くらいですかね。初めはお店もなにもない場所でびっくりしちゃいました」

「へー、お仕事で来られたんですか?」

「そうですね。潜在鑑定協会からこの村でってことだったんですけど」

 クビになったと。

 気の利かない話題の振り方だったな。

「あのー潜在って誰にでもあるんですよね」

 俺は少し話題をそらす。

「はい。全ての生き物に潜在が発現しています」

「プシュケさんの潜在はどんな感じなんですか?」

 俺が言うと、プシュケは少し驚くようにこちらを見た。

「えーっと、私は“潜在鑑定”と、あとは特にこれといったものはないですけれど」

 少し困った様子で歯切れが悪そうに、

「あの、私は全然いいんですけど、あまり潜在のことを直接的に聞いたりしないほうがいいですよ」

 また気の利かない話をしてしまったようだ。

「ごめんなさい」

「いえ、私はトクメイさんの潜在知っちゃっていますし、全然構わないんですけど。ただ、あまり良く思わない人もいるので」

「確かに俺みたいな潜在持ってるとしたら、まあ言えないですよね」

 こんな虚しい人間が他にもいるのか知らないが。

「トクメイさんの場合はちょっと特殊ですけど。ただ、潜在問題って未だに多く残っているんですよね」

「潜在問題?」

「はい。職選びや恋人選びなどの際に、潜在を重視してしまって自由な選択が困難になってしまう社会問題です」

 なるほど。

 俺のエンペラーを活かした職業に就けと言われてもまあ戸惑うし、タフでえち好きな女性を恋人にと言われてもまあ……それはアリか。

 グググッとエンペラーも賛同してくる。

「なので、基本的には本人だけが自身を知って、活かすも囚われぬも自分次第で生きていくことが大事なんです」

 さすが元本職だけあって詳しい。

「とはいえ、自分のものも他人のものも気にしてしまうのが、今の世の中なんですけれど」

「難しいことですね」

「なので、今まで気にされていなかったトクメイさんは、むしろ素晴らしいのかもしれませんよ」

 プシュケは笑顔でそう言ってくれた。

「無知なだけです」

 本当になにも知らない。

 知らないほうが良かった。なんてコトはないだろうと思う。


 馬車乗り場が見えてきたが、そこではヨボヨボの老人が一人荷車を弄っていた。

「こんにちはー」

 プシュケが老人へと声をかける。

「……え?」

 どうやらこの老人耳が遠いらしい。

 それだけでなくプルプル震える手で荷車を弄っている様子で、乗るのはちと怖いな。

「こんにちはー! 私たちぃ! 馬車乗りたいんですけれどー!」

 プシュケは老人の耳元へ、大きな声で話しかける。

「……あぁー。わしはもう元気がないので、そういうのは遠慮しておりますで」

 全く話が通じていない。っていうかなんだと思っているのだろうか。

「私たち! 馬車! 乗る!」

 プシュケは頑張って原始人のように簡単な語彙力で伝える。

「……あぁー。ご覧の通りですんで、運休しておりますで」

 なんとか伝わったようだが、荷車の故障で出せないということらしい。

「どうしましょうか」

 プシュケがこちらを見やる。

「歩いては無理なんですか?」

「いえ、とりあえず近くの関所までたどり着ければ大丈夫だとは思います」

「じゃあそうしましょうか」

 プシュケは老人へとお礼を言って、再び俺たちは歩き出した。

「……あぁー。今、森の中動物たちが暴れまわってるで、立ち入らないようにとのことで」

 後方からなにか聞こえた気がしたが、その内容までは耳へと届かなかった。


 俺たちは木々に囲まれた砂利道を歩く。

 ひんやりとした空気が肌を撫でる。

「今更だけど、大丈夫だったんですか?」

 俺はプシュケへと尋ねる。

「大丈夫とは、なにがですか」

「いや、急に村出ることになったから」

 今ならまだ間に合うし。

「昨日の時点ではこうなるなんて想像もしてなかったですけど、まあ私のしたことですし、仕方ないです」

「意外とさっぱりしてるんですね」

「んーそうかもしれないですね。なんでだろ」

「なんにもない田舎だったから?」

「確かになにもなかったですけど、人はいい人たちでしたよ」

 プシュケは視線を遠くに見やり、先ほどまでいた村のことを思い出しているようだった。

「あそこの医者は無愛想でしたけど」

「ふふっ、そうですね。そういう所が村のお年寄りたちから人気あったりするんです」

 そんな他愛のない会話を交わしながら歩いて行く。

 エンペラーはビクビクうなっているものの、大人しくしている。

 俺もだいぶ慣れてきたかな。

 常に精神を安定させておけば、美少女と森で二人きりだろうがどうということはないのだ。

 平常を取り戻しつつあったそんな時、森の中から別のうなり声が聞こえてきた。

 低く危険を感じさせる声。

 俺たちは立ち止まって辺りを見渡すと、すぐにうなり声の元は確認できた。

「あれは」

「ダイオオカミです。普段こんなところまで出てこないのに」

 四本脚でこちらを睨むそれは、牙からよだれを垂らし興奮状態にあった。

「下がっていてください」

 俺はプシュケに言った。

 特に策があるわけでもないが、任せるわけにもいかないだろう。

「きゃっ!」

 突然聞こえた引き裂かれる音とプシュケの叫び声に俺は振り向くと、

「どうし、ぶふぉら!」

 俺はダメージを負った。

 ダイオオカミにやられたわけではない。

 振り向いた先に、服を噛み裂かれ、胸を露出させたプシュケの姿があったからだ。

 大きく美しい魅力溢れる豊穣な膨らみは、俺の視線を通してエンペラーという獣を増長させていく。

「周り見てください!」

 そんな場合ではない!

 俺は断腸の思いで視線を獣へと向ける。

 もう一匹いたのか、いや。

 確認できるだけで四匹が、いつの間にか俺たちを囲んでいた。

 まずいな。

 考えるもつかの間、一匹が再びプシュケへと襲いかかる。

「やらせるかよーっ!」

 こんな最高品質のおっぱいを獣ごときにやらせてたまるかっ!

 必死に足を運びプシュケと獣への間へと体を割り込ませ、

 とにかくこの身を犠牲にしてでも守り切る!

 すると、

 ギャフーン!

 ダイオオカミはいとも簡単に吹き飛んでいった。

 これは……。

 ダイオオカミとの接触部を眺めるも無傷だ。

 俺の力ではない、みなぎるエンペラーがやったのだと理解できた。

「フフフ、ハハハハハハ!」

 なんという力なのだ。決して折れることのないエネルギーを股間に感じる。

 この力があればなにも恐れることなどない!

 俺は残りの三匹へと勇み立ちはだかる。

「ふんっ」

 無様にも向かってきた一匹へエンペラーを振り下ろす。

「次だっ!」

 だが脅威に向かってくるその姿勢は評価しようではないか。

 エンペラーを振り上げ、一匹を空へと打ち上げる。

「さあさあさあさあ!」

 残る一匹、ジッと視線を合わせる獣は猛然と突っ込んできた。

 大きく口を開けて噛み付いてくるその口内に、エンペラーを突きつけ終わらせる。

「なんて力……」

「フハハ、まさかこんな使い用があったとは」

 俺は周りを確認し、改めてプシュケへと向き直った。

「ぐはわらっ!」

 両腕から零れ落ちそうな胸がとてつもなく扇情的で、俺は膝から崩れ落ちる。

「見ないで大丈夫です!」

「ご、ごめんなさい。これ使って」

 全身でおっぱいを意識しないように耐えながら、着ていたローブを渡す。

「きゃー! 脱がないでいいですから! 着替えありますから!」

 俺は忸怩たる思いでプシュケへと背中を向けた。

 こうなるとハントの方が楽だな。

 俺は心の中の獣を鎮めようと静かに奮闘するのであった。

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