第4話 目指せ、大都

 泣きじゃくるプシュケを部屋に入れ、とりあえず落ち着いてもらう。

 かわいらしい女性とホテルで二人っきり、だが。

「ごめんなさい」

 椅子へと座らせたプシュケは謝っている。

 ここへ来て何度目だろうかというほどに。

「とりあえず飲んで」

 俺は、泣きじゃくる間に用意したホットミルクをプシュケへと差し出した。

「すみません、ありがとうございます」

 ホットミルクを一口飲み、なんとか一息つかせる。

「それで、なにがあったんですか?」

 自分の分のホットミルクを飲みながら、ベッドへと腰を下ろした。

「あのですね、昨日お約束していた潜在検索の件なんですけど、失敗してしまいました。ごめんなさい」

 まあそうだろうなと、さすがに泣き顔を見ていたら想像もついた。

「こっちとしては、助けていただこうとしただけでありがたいですよ」

 目当てがなくなるのは痛いが、泣く相手を責め立てるような気持ちは当然ない。

 そもそも検索も宿もここに来てることも仕事の範疇外だろう。

「ほ、ほんとごめんなさい」

 プシュケの瞳からまた大粒の涙が溢れてくる。

「潜在のこと丁寧に教えていただいて本当助かったんで。これからも、俺みたいな人間救ってあげてください」

 俺がなんとか泣き止ませようと言葉をかけるも、彼女の涙は先ほどよりも溢れるばかりで。

「もう、できないんです」

「え?」

 できない? なにがだ。

「お仕事、クビになっちゃいましたぁ」

 頬をつたい落ちる涙がホットミルクとブレンドされる。

「それって、俺のせいで」

「ち、違います。そうじゃなくって、私が勝手に自分でやったことなのでそれは」

 彼女は慌てて否定するが、どう考えても俺のせいだろう。

 まいったな。

「あー良ければっていうか、新しい仕事探し手伝わせてくれないですか」

 さすがにこのままお別れするのは気後れしてしまう。

「いえ、そんな申し訳ないです」

「いやいや、どうせ俺は当てもないし、職が見つかるまで色々教えていただければありがたいし。どこか働きたい場所とかあればそこまで」

 さすがにクビになる問題を起こした小さな田舎村では、彼女も働きづらいだろう。

「……私、一人前になって、いつか大都で働いてみたかったんです」

 彼女が涙を拭いながら呟く。

 大都。このローブも確か大都のほうで作られたとか言っていたな。

 俺の失われた記憶にとっても丁度いい。

「じゃあ、行きましょう大都。どうせの機会ですし」

 まあ俺のせいで作られた機会だが。

「え、でも、いいんですか?」

 濡れた瞳がこちらを見つめる。嫌とかいうわけではなさそうか。

「いいでしょう、行ける時に行ったって花の都。一人で行くより二人。道中、潜在消しも見つければ俺も万々歳です」

 俺はグズる彼女へ大袈裟に言ってみせた。

 大都も道中も知らないが、結局動かなければ始まらない。悶々とする日々を送るだけだ。

 プシュケは俺の姿をしばらく呆然と見つめると、ふと顔を拭い意を決した様子で。

「そうですね、一緒に連れて行ってください」

 彼女は深々と頭を下げる。

「必ず、トクメイさんの潜在を消す方法も見つけます」

 仕事をクビになってもまあ熱心で素敵な子だ。

 こんな子であれば、どこでもうまくやれるだろう。

 エンペラーも深く頷いて同意しているのがわかる。


 目的も決まり、プシュケは準備をするため一度帰宅した。

 簡単に大都について聞いたが、ここからかなり遠く長い旅になりそうだ。

 そのため、俺の方もしっかり準備をしておかなければならない。

 俺は靴磨き職人の気分で、エンペラーをしっかりと磨いていく。

 考えてみれば性欲魔人な俺とのふたり旅を、プシュケはよく同意してくれたな。

 落ち込んでいる所につけ込んだ感は否めないが。

 だが騙くらかしたつもりはない。彼女にとっては泣いているよりはいいはずだ。

 ただ、ちょびっとぐらいは、かわいい女の子と旅が出来るという個人的な期待に胸が高鳴っているかも。

 それはエンペラー由来の動悸、とは違うと思いたい。


 太陽が高く登った頃、ドアが再びノックされる。

 パパッと簡単に片付けを済ませ、ドアを開く。

「お待たせ致しました」

 そこにはまた印象の異なったプシュケの姿があった。

 制服を脱ぎ捨てた彼女。

 綺麗なデコルテの見えるオフショル、ハイウエストなショーパンから覗く健康的な足に思わず視線が奪われる。

 制服を着ていた頃のキチッとしていた雰囲気も良かったが、ラフで活動的に見える私服姿もとても美しい。

 なにより女性特有の華奢で丸みを帯びた肩、とても好きだ。

「え、ちょっと血出てますよ!」

 感情を漏らしてしまわぬよう噛みしめる口元、握りしめる拳から血が流れていた。

「いや、すまない。あまりにも素敵すぎたので」

「はあ」

 俺はパパパッと血液を拭き取り、

「じゃあ行きましょうか」

 大都へと向かう旅にでる。

 この調子で果たして大丈夫なのだろうか。

 不安をよそに、エンペラーはお出掛けにルンルン気分のようだった。

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