第3話 潜在鑑定結果

 プシュケは汚れを拭き取り、改めて椅子へと座った。

「申し訳ございませんでした」

 俺は深々と頭を下げ、謝罪する。

「い、いえ。あの気になさらないでください。トクメイさんについて、だいたいのことわかりましたから」

 彼女はこちらに気を遣わせぬよう、動揺を隠した笑顔で対応してくれる。

 それが心を軽くしてくれるような、罪悪感が増していくような、複雑な気分であった。

「なので早速、鑑定結果についてお話させていただきます」

 俺は気持ちを切り替えて姿勢を正し、祈るように耳を傾ける。

 こんなふざけたモノ、原因を突き止め次第、対策を練らなければ。

「まず、『心肺機能強化二倍』が見つかりました。

 通常、身体強化系だと大きくても三割増し程度なのですが、それが倍となると、すごく珍しいことです」

 なるほど、彼女の説明を聞いて合点がいった。

 つまりだ、常人よりも強化されすぎた心肺機能によって体内で活発な変化が起こり、副作用的にモノが異常を引き起こしているということだろう。

「次に、『性欲強化えち好き度三倍』です」

「そっちじゃんっ!」

 思わず上げた叫び声に、プシュケの体がビクついた。

 なんだよ性欲強化って。

「え、えーっとですね、こちらは更に珍しい強化率となっております」

 そりゃそうだろう。性欲が三倍にもなれば、そりゃあ収まるわけもない。

 そんな直接的な強化をされたらどうすればいいのか。俺は頭を抱える。

「そして最後に、『絶対性器エンペラーチ○ポ』です」

「『絶対性器エンペラーチ○ポ』!!!」

 理解不能な言葉を大きく復唱した俺に、プシュケの体がビクついた。

「なんなんですかそれ! なんなんですかそれ!」

「お、落ち着いてください。えと、まず絶対の冠を持つ潜在は、この世に一人いるかいないかの本当に珍しいものです」

 珍しいものしかない。奇妙奇天烈のオンパレードだ。嬉しくない。

「私も実際に見るのは初めてなんですけど、何事にも動じず折れない最高級の潜在だと言われています」

 なんだか凄そうだが、まあそっちはいいとして。

「性器のほうは?」

「はい、あのー性器なんですけども」

 改めて言うのは恥じらいがあるのだろうが、俺は説明を受けねばならない。

 いや、わざわざ復唱されるとこちらもなんだかムズムズしてしまうんだけども。

「申し訳ないですけど、よくわからないと言うしかないんです」

「よくわからない?」

 俺も他人事なら理解もしたくない潜在だが。

「はい。非常に大きな力とその名称はわかったのですが、詳細というのは見えてこなかったんです」

 潜在鑑定とは、そういうものなのか。

「ただ、トクメイさんの下半身に関わることは間違いないと思います」

 それはそうだろうな。


 結局、鑑定結果を聞いても、分かったような分からなかったような感じだ。

 心肺、性欲、絶対性器。

 いや、なんだこれおい。

 俺はこれらを抱えて、生きていかなければならないのか。

 記憶は失ったというのに、なんという贈り物だ。

 いや、そもそも俺はこれらを抱えて生きていたのか?

 生まれた時から?

 ……いや、そんな赤ん坊嫌すぎるだろ!

 俺が一人、頭をかきむしって考え込んでいると、

「あのー」

 プシュケが気の毒そうな顔で声をかけてきた。

 またご心配ご迷惑をおかけしている。

「あーすみません、終わったのに居座られても迷惑ですよね」

「いえ、そうじゃなくってですね。潜在を失うこと聞かれていましたよね」

 確かに聞いていたが。

「ないという話じゃ?」

「基本的にはありません。どのような潜在を授かったとしても、本人の生き方次第で道は開けてきます」

「あーはい。どうもです」

 ありがたいお話だ。そういうレベルの授かりものではなさそうだけど。

「あの、そうじゃなくって。あまり大きな声では言えない話なんですけど」

 プシュケは真剣な顔をして小さな声で話す。

「世界には潜在を消すことができる潜在を持つ人がいる、という話を聞いたことがあります」

「それはどこに?」

「そこまではわかりません」

 むう、わからないのか。

 今度は潜在を持つ人探しか、どう探せば良いのやら。希望があるのかないのか。

「なので、私が調べてきます」

「え、そんなことできるんです?」

「うちのデータベースから潜在を検索してきます」

 それはとても助かるが、いいのだろうか。

 潜在は外に漏れないと彼女自身が言っていたのを思い出す。

「大丈夫なんですか?」

「はい、たぶん大丈夫です」

 たぶんかー。

「そこまでしていただいても返せるものもないですけど」

「そんな、お返しとかはいいです。ただ、あまりにも悲痛な顔されてたので」

 そんな顔していただろうか、衝撃でどんな表情でいるのか忘れていた。

「それに潜在で悩んでいる人たちの悩みを聞き、助けになるのも私たちのお仕事なので、きっと大丈夫です」

 なんて人想いで仕事熱心ないい子なんだ。きっと前世は天使だろう。

 そんな子の顔面にひどいことして、ほんとごめんなさい。

「じゃあ、お願いしてもいいですか」

 俺は深い感謝の意を込めて、深々と頭を下げる。

「はい、わかりました。えーっと、ご宿はとってありますか?」

「あーいや、宿もお金もないです」

 恥ずかしいお話ばかりだ。

「え、そ、そうなんですね。じゃあ、私の方から近くの宿へ予約入れておきますので、わかり次第そちらにご連絡いたします」

 なにからなにまでいたれりつくせりで涙が出てきそう。

「ほんと、ありがとうございます。必ずこの御礼は、いつか返させてください」

「いえいえそんな。じゃあ全てうまくいった時にお願いします」

 天使の微笑みに後光が差して見える。きっと前世は仏でもあったのだろう。

 

 俺は彼女にぺこぺことお礼を言いながら建物を後にし、彼女に教えてもらった宿へとやってきた。

 特に広くも狭くもない部屋。

 さて、少しだけ希望も見えてきたことだし、一旦落ち着けてやることといえば。

 ローブを脱ぎ捨てベッドへと体を投げ出すと、早速エンペラーを擦り倒す。

 解き離れていく体に心地よさを感じる。

 その中で、どうしてもプシュケのことが頭に思い浮かんでしまう。

 罪悪感も湧いてくるが、なにせ性欲三倍なのだから致し方がないだろう、と思う。

 それ以前に、実際に汚してしまっているし。

 思い出すだけで、エンペラーに増々力が漲ってくる。

 俺は精魂疲れ果てるまで腕を動かしていった。


 なんとか眠りにつくことが出来た俺は、ドアがノックされる音で目覚める。

 寝ぼけ眼をこすりながら、散らかっている部屋を見渡す。

「ちょっと待ってください」

 簡単に片付けを済ませ、窓を開けた。

 爽やかな風が部屋へと入ってきて、眩い光が爽やかな朝を告げる。

 ローブを被り、ひとつ大きなあくびをしてドアを開いた。

「ごめんなさい!」

 そこには、なぜか泣きじゃくるプシュケの姿があった。

 プシュケの泣き顔を見るエンペラーは、朝からウキウキのご様子で。

 爽やかな朝からなんともヘビーな朝になりそうだ。

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