第9話 無情
藩主、
討入り騒動から
幕府には病気療養と称し国入りした
本来の目的は
騒動に関わった者達の処分取決めである
今回の騒動は跡目争いが発端であった
国元では側室の
於千の方の兄であり、
城代家老の
その事を江戸藩邸のに居る
真相を調べるために
帯刀を
それに感づいた
朝倉家への討ち入りを命じたのであった
城代家老の
討入りに頭巾を被り指揮を執った
親子共々に切腹を許さず打ち首
幕府にお家騒動を隠すため表向きは病死とし
その他の加担した者達も
所払いの重い刑に処せられた
気の毒だったのは
幼き頃より父から教えられていた通りに
兄の
一番の臣下となり
お支えしていくのだと誓っていた
それなのに己が知らぬ間に
実母と叔父に
お家騒動の主犯とされたのだ
邪心を抱かぬ事は分かっていた
だが何かしらの処罰を与えぬ訳にはいかず
身柄を
その後、
一年も経たぬ内に他界した
―――—— ―――—— ―――——
これで一件落着と
ところが評定の場に集った重臣等から
思いも寄らぬ進言がなされた
「江戸家老の牧本殿より
早く
催促が来ておりますが」
「ならぬ事情により先延ばしておりまして」
「朝倉家では帯刀の嫁を離縁するそうで」
藩主の
「
その様な
と尋ねた
「朝倉の夫人が申しております
確かに私も耳に致しました」
「どうも討入り騒動の際に
帯刀の妻が藩士を斬るを見て
人では無く鬼であるとの事らしく」
「それは茜が家人を護る為にした事
捨て置けば良かろう」
藩を平穏に治める為には
さらに続けて
「
その準備の為に
直ぐに江戸に出向させねばならぬ」
再び進言する
「代替わりを
重々承知しておりますので
「ですが帯刀の妻を調べたところ
実家は幕臣でございます
江戸に戻れば騒動を口外するやも知れず」
「何としても、今回のお家騒動は
幕府に隠し通さねばなりませぬ」
「帯刀のを妻を信用するは
子が有れば信用できますが
子の無い
江戸へ戻せばこの度の騒動は
幕府に知られるところとなりしょう」
「たとえ
幕府がお家騒動を知れば
何かしらの処分が下されるは必然」
「ですので
この言葉に
「もしや
何の罪も無い
と声を荒げたが
城代家老の
「お言葉ではありますが
殿には
重臣等は揃って頭を下げる
諏訪家は家を守るためにならば
肉親であろうが幼子であろうが
容赦なく手にかけ戦国時代を生き延び
徳川幕府の太平の世まで
大名家として確固たる地位を確立して来た
例え親兄弟であろうが妻子であろうが
お家を守るためならば躊躇なく手にかける
それが菱尾藩士の気性である
光定は家臣等の
菱尾藩を護ろうとする忠義は有難く思うし
皆の言い分は
だが、己が子供の頃から可愛がってきた
茜の殺害を人として容易には許可し
そもそも茜を
他ならぬ自分である
「
殺害されたと知れば黙ってはおるまい」
皆に語り掛けたが
城代家老の
「それは心配には及びませぬ
万事抜かりなく手回ししておりますので」
重臣等は
その眼は茜の殺害を心深く決めている事を
無言で物語っている
光定は深く後悔した
もっと早くに
避けられた事態であろう
どうすれば茜を助けられるのかと悩む
「この件は
必ず良きように計らう
だから決して茜には手を出すな」
と重臣等を
その日の評定を終えると
側近の報告を受けた
ある人物を
茜の命を守る賭けに出る事を目論んだ
だが心配なのは
もし事が上手く運び茜を助けられたとしても
帯刀の心は平常を保てるのであろうか
「いや、帯刀ならば臣下の忠義を
そう願うように独り言を口にした
―――——— ―――——— ―――——
二日後
朝倉家を見舞った
主君を屋敷に迎えるは一族の誉れである
そして、
「この度は朝倉の家人達に災難を掛けた事
誠に心苦しく思う。
また見事に難局を乗り越えた事
実に
家長の
「お褒めに預り、恐悦至極に存じます」
と応えた
「
聞くところによれば
孫の
父等と共に戦うと願い出たそうな、
実に頼もしき若武者ではないか
十二歳の純朴な少年は
主君の言葉に感極まらせ耳を赤くしながら
「はっ、文武両道に励み
必ずや藩のお役に立てる家臣となります」
「何とも勇ましき事よ。
今日は
何が
「殿に朝倉家へ足をお運び頂けた事が
何よりの褒美にございます」
「そう申すな
何でもよいから望みを言うてみよ」
そこに
「お恐れながら」
と
「これ、よさぬか」
と
「おう、何か望みが有るのじゃな
遠慮は要らぬぞ、申してみよ」
「お恐れながら、
息子、
お許しいただきたく存じます
帯刀の妻は嫁いで四年となるのに
子ができません。
その上、
そんな者を妻にしている息子が
私は不憫でなりません。
どうか子を思う母心をお察し頂き
離縁をお許し下さい」
尊子の言葉を聞き朝倉家の皆は驚き
それまで上機嫌であった
見る見る不機嫌になる
だが内心では目論見通りの尊子の発言で
茜を救う事ができると膝を叩いた
「
なのに不満を申すか
それに命懸けで家人を護った茜を
朝倉家では鬼と申すとは聞き捨てならぬ」
と語気を強めた
何時もならば温和で
家臣に対しても気を遣う光定が
語気を強めた事に
茜は驚き違和感を覚える
尊子は主君の不機嫌などお構いなしに口を動かす
「お言葉では御座いますが
殿はあの晩の恐ろしい光景を
ご覧になられていないから
この女の本性がお分かりにならないのです
これは朝倉家には
どうぞ離縁をお許し下さいませ」
この言葉に更に
茜は
「そうか、朝倉家には
どうしても離縁させたいと願うのだな」
「はい」
と答えた
「茜は大切な者を護るために臆さず戦える
武家の
そこまで言うのであれば離縁させ
茜は我が側室とする」
尊子は唇を震わせた
離縁し落としい入れたかった茜が
側室になれば自分より地位が高くなる
それが悔しくて
茜は、自分を側室に迎えると言う
分からずに混乱する
「私は離縁など望んではおりませぬ
と必死の
「
と怒鳴り
肘置きを
例え槍であろうが刀であろうが
主君から投げられた物を
帯刀は微動だにできない
茜は冷静に考える
この
一体それは何なのか
そして一つの答えに辿り着く
あぁそうか、
今回の騒動が幕府に漏れる事を恐れる者等が
幕臣の出である私を殺そうとしている
狸爺さんは私を護るために側室にするのだ
茜は帯刀に向け投げられた肘置きを
手を伸ばし
そっと後ろへ置きながら考える
死ぬことは怖く無い
だが夫は自分の殺害が
藩命である事を必ず突き止め
そうなれば夫も殺される
自分が側室になれば
夫は
だが生き永らえてはくれる
どちらを選べば良いのか
「私の様な者が
身に余る光栄」
夫は手を離すなと言った
自分は離しませんと誓った
離したくない
その手を離したくない
例え地獄に落ちようとも
愛おしい人のその手を離したくはない
茜の心は震えながら、そう叫ぶ
そして、愛ゆえの選択をする
「
茜の口から発せられた言葉に
身体を硬直させる
光定は淡々と
「ふむ、では只今をもって
茜は我が側室とする。
明朝、迎えの
朝倉家の者共はけして
丁重に預り置け」
それだけ言うと
さっと立ち上がり城へ帰ってしまった
帯刀は
「これは夢だ、私は悪い夢を見ているのだ」
と繰り返す
―――——— ―――——— ―――——
朝倉家は無人のように静まり返り
夕刻から降り始めた雨の
屋根を叩く音だけが耳を包む
茜の傍には世話をする為に小夜子が
城に上がるに際し
朝倉家からは何一つ持ち込むことは許されず
着物から肌着、装飾品が諏訪家より届けられた
だが、刀だけは唯一持参が許された
「
弱々しく茜が尋ね
「夫が付いております」
と小夜子は答え
「そうですか」
茜は少し安堵したように言うと
一つ深呼吸をして
「クマを呼んでください」
と小夜子に頼んだ
クマは茜を前にして冷静を保とうと
「クマ、お前は私のただ一人の弟子
今日まで教えを守り修行に励んでくれ
師として嬉しく思っています
剣の修行は生涯に渡り続くもの
此れからも
時折り十内先生を訪ねて教えを
良いですね」
「はい」
「私事で
「はい」
「江戸の屋敷に戻ったら
私の部屋に飾ってある
それを聞いたクマは
これは旦那様に初めて買って頂いた物
と青地に赤い
大切そうに眺めていたことを思い出し
「はい」
と返事をする
「私の物は全て山里家に引き渡すこと」
「はい」
茜は下を向き目を閉じてから
ゆっくりと前を向き話し出した
「私はその昔、
唯一の友を死なせ
拭い切れない後悔を背負い生きてきた。
そして私は誓った
強くなると、強い剣士になると
強くならねば大切な人達が守れないと
十内先生にそう申し上げたら
未熟者と𠮟られた
確かに、そんな考えで強くなりたいとは
剣客としては失格だ
それでも私は大切な人達を守りたかった」
そこまで話すと茜の声は途絶え
何かを
「クマ」
と再び話し出した
「私はもう
どうか私に代わりに
帯刀様をお支えして欲しい」
手をつき頭を下げた
クマは膝の上の両手を震わせながら
「はい」
と応えた
「今日まで尽くしてくれた事
心から礼を言う
江戸のサワにも宜しく伝えておくれ
話はそれだけだ」
クマが部屋を出ると
小夜子が泣きながら言う
「
この様な事態にならなかったものを」
「それは違います
悪いのは菱尾藩に置ける私の存在そのもの
殿は私の命を救って下さったのです
私は此れからも帯刀様が
お役目に励まれる事を祈るのみ」
―――—— ―――—— ―――——
クマは使用人部屋に戻ると頭から布団を
「何でだ、何でなんだ
何で仲睦まじい旦那様と奥様が。
こんな
ちきしょう、ちきしょう」
と叫び
男衆は掛ける言葉もなく、皆が暗い顔で
―――—— ―――—— ―――——
夜が明けた
屋敷の中は重苦しい空気だけが漂い
外では激しい雨が万物を容赦なく叩き
色を
朝倉家の人々は茜を見送るため
傘を雨に打たせながら並んでいる
唯一城への持参が許された刀を抱え
茜は真っ直ぐと前を向き
脇目を振れて帯刀の姿が目に入らぬ様に
その先に有る
帯刀は去りゆく茜の姿を見まいと
傘の柄を握り締め
地面に弾む雨を見つめる
もう二度と逢う事が叶わぬ愛しい人の姿を
最後にもう一度だけ見たいとの
同じ想いを抱きながらも
視線は
茜は無言で門を
無情を乗せた
先の見えない雨の中を
握っていた傘を高く放り
「茜」
と叫びながら
「
風に
ゆっくりと地面に吸い込まれる
兄と揉み合い帯刀は仰向けに転び
「
なんと情けない男なのだ
こんな男が生きていて何の役に立つ」
そこには
雨水が溢れる地面に寝転ぶ
小夜子は傘を傾け
「茜様は、殿が命を救って下さった
悪いのは菱尾藩に置ける自分の存在
と仰せでした。
そして貴方の事を心配し
これからも
お役目に励んで欲しいと
と泣きながら聞かせる
「ああ、そうかそう言う事か」
と合点したよに吐き捨て
「
そうすれば茜を守れたのに。
いや、私と
茜は自由に生きられたのに。
いや、私が恋心を抱かなければ
茜は翼を失わなかったのに。
連れて来なければ良かった」
そして喉が割れるほどに叫ぶ
「茜。茜。茜。」
帯刀の叫びに
色の無い雨の中で家人は皆が項垂れる
小夜子は帯刀に差し掛けていた傘をよけた
「親が子を不幸にするとは
「あんな女の事など直ぐに忘れますよ
帯刀は馬鹿では無いのですから」
と表情一つ変えずに屋敷の中へと入る尊子
―――—— ―――—— ―――——
籠に揺られる茜は
袖を
泣くな茜、胸を張って前を向けと
このまま消えてしまいたいと思う己を
心は震わせども涙は
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます