暴食の夜獣戦

「なぁ、カイ。もしかしなくてもアーサー生きてるよな?」


 明らかな化け物に取り込まれてまだ生きているというのが信じられず、俺はカイに尋ねる。


「……うん、生きてる。本来ならとっくに取り込まれてる。だけど、あいつの属性土。だからホーセンの魔法の方を優先して吸収してたお陰で生きてるみたい。さっきの感じを見ると、雷が弱点。吸収自体はできるけど体内から攻撃が良かった」


 なるほどな、いくら人外の化け物とはいえ、より美味い方を優先するのは人間と変わらないってわけか。

 ……好きなのを後に取っておくタイプじゃなくてラッキーだったな、アーサーは。

 さすが俺よりも運が高いだけある。

 土属性は雷に強そうなイメージがあるが、まぁ細かいことを気にしても仕方あるまい。


「アーサーは助け出せそうか?」

「助けるの?」


 俺の問いに対し、カイは理解ができないという風な表情を浮かべる。

 まぁ、最期があんなんじゃあんまりだし、助けられるなら助けてやりたいのが人情というものだ。

 これが力の無いものなら無謀と言われるだろうが、俺には力がある。

 

「カイにはまだ理解できないかもしれないが、助けられるなら助けたいと思うのが人間さ」


 まぁ、そんな考えは俺だけかもしれないが。


「……分かった。じゃあ、ホーセンはさっきみたいに攻撃を続けて。攻撃してる限りは、ホーセンの方を優先すると思う」


 いわば、俺は化け物に料理を提供するコックってところか。

 お望み通り、喰いきれないほど提供してやるよ。


「カイはどうするんだ?」

「ホーセンが攻撃している間に隙を見つけてあいつの中に入る。そしてアーサーを連れ出す」

「……大丈夫なのか?」

「問題ない。今の私は本体から分離した一部。本体が無事ならいくらでも分身体を生み出せる」


 確かにそうなんだが……それでも、今ここにいるカイの体は唯一無二なわけで……。

 時々浮き彫りになる人間とダンジョンとの考え方の違いに、俺はただただ戸惑ってしまう。


「ホーセン、あいつ起きる」

「……くそ」


 納得できない部分はあるものの、ボーっとしているわけにはいかないので俺はすぐさま攻撃態勢へと入る。

 威力は低いものの出の速い魔法をひたすらゾタグァに撃ち続け、その間に喰われてしまった武器の代わりを作る。

 こちらも火力重視の大剣ではなく、生成が早く小回りの利くロングソードだ。

 今まではパワーでごり押しのスタイルが多かったのでスピード重視の戦い方には不慣れだが、まぁ何とかなるだろう。


「おら、お前の好きな土魔法だ。好きなだけ食べな!」

『ゲゲゴ! ゲゴ!』


 先ほどまでの雷のダメージなど無かったかのようにケロリとした様子で起き上がるゾタグァは、自身へと向かってくる魔法に気が付くと愉快そうに笑いながら舌を伸ばし、俺の魔法を食っていく。

 自分の魔法があっさり食べられていくのは複雑な気分だが、作戦通りなのでその不満は一旦飲み込む。


「ん?」

 

 それからどれくらいの魔法を撃ち続けただろうか。

 もう何本目か分からない武器を再度生成して攻撃すると、奴の吸収速度が露骨に遅くなっている。

 奴をかすった魔法も、わずかながらにダメージを与えているようだった。


「どうやら、いくら化け物とはいえ喰える量にも限界があったみたいだな?」

『グゲ……』


 こちらの言葉を理解しているかは不明だが、初めてこちらの攻撃を回避したことがそれを証明していた。

 

「今なら――行ける」


 その様子を見ていたカイはそう言うと、凄まじい速度で走り出すとゾタグァの方へと向かう。


「ホーセン、アーサー見つけたら合図する。そしたら私達を引っ張り出して。……信じてる」


 すれ違いざまにそうポツリと呟いたカイは、そのままゾタグァの口の中へと入りこんでいく。


『グゲ⁉ ……っ♪』


 異物が口の中に入り込み、一瞬嫌そうな顔をするゾタグァだったが、それがカイだと分かると至福そうな表情を浮かべて彼女を嚥下していく。

 カイが喰われるのをただ黙って見てることしかできないのは歯痒いが、今はカイを信じるしかない。


『ゲロゲーロ♪』


 極上の好物であろうダンジョン……カイを体内におさめたことで上機嫌なゾタグァは得も言われぬ歌を歌い踊りだす。

 だが、そんなハイテンションも長くは続かない。

 再び、奴の体にパリパリと電気が走る。

 そして、先ほどよりも大きな放電がゾタグァを襲う。

 ただでさえ吸収しきれなくなっているところへ弱点である雷だ。

 さすがの奴もこれはこたえるだろう。


『――――!』


 ゾタグァは声にならない叫びをあげ暴れまわっていたが、やがてピクリとも動かなくなり辺りには肉の焼ける匂いが漂ってくる。

 言葉こそ交わしていないが、これがカイの合図だと察した俺は斬撃に特化した武器を作り出す。

 それは、巨大な大鎌。

 実際に戦いで使うにはどうなんだと思われるかもしれないが、俺の作る武器の中でなぜか最も切れ味があるので仕方ない。

 

「カエル野郎。腹苦しいだろ? 楽にしてやるよ」


 俺はゾタグァに向かってそう言い放つと奴のでっぷりと太った腹を大鎌で斬り裂いた。

 やはり今は吸収能力が失われているようで、あっさりと腹が斬り裂かれればズアッと二つの人影が飛び出てくる。

 1人は言わずもがな……奴の中に飛び込んでいったカイ。

 そしてもう1人は、カイに抱えられぐったりとしているアーサーだ。

 小さくではあるが呼吸をしているのが見えたので、まだ生きてはいるようだった。

 2人とも奴の体内に居たせいか全身粘液まみれでちょっとインモラル。

 

 ――なんてアホな考えが一瞬頭をよぎるが、俺を首を横に振って邪な考えを振り払う。


「ホーセン、助けてくれてありがとう。信じてた」

「言ったろ。カイのことは守ってやるって」


 俺がそう答えるとカイはアーサーをその辺に放り投げると嬉しそうに俺に抱き着いてくる。

 あーあー、俺の体も奴の粘液でびちゃびちゃだよ。

 放り投げられたアーサーが「グエッ」と小さく悲鳴を漏らしていた気がするが、それよりも俺の鎧が粘液まみれになったほうが問題である。

 だが、まぁ……。


「えへへ、ホーセン好き……」


 嬉しそうに俺に抱き着くカイを見ると、なんだかどうでもよくなってくる。


『グ……ゴ……』

「んだよ、まだ生きてたのか」


 俺とカイが抱きしめ合っていると、ゾタグァが小さくうめきながらも起き上がる。

 カイとアーサーが居なくなったことで腹に余裕ができたのか、斬り裂いたはずの腹部も回復してきていた。


「しゃーねぇ、しぶといお前に敬意を表してデザートをやるよ」


 俺はそう言うと、魔力を全身にかけ巡らせ詠唱を開始する。


「錬成せよ、創成せよ。貫け、貫け、貫き通せ。流転は理。螺旋は真理。数多の螺旋よ現れよ」


 それは、普段は時間がかかるために簡易でしか使えなかった高火力魔法。

 魔法を詠唱し始めると、俺の上空にはいくつものドリルがいくつも現れる。


「撃鉄を起こせ、回転せよ」


 詠唱を続けると、カチリという音共に轟音を響かせ回転し始めるドリル達。

 久方ぶりの完全版に、ドリル達も歓喜しているように感じられる。

 そして、そのドリル達は突然、雷を纏い始める。

 

 ……これは俺の魔法ではない。

 詠唱を中断せずに周りを見渡せば、全身が雷へと変化したカイと目を覚ましたアーサーが俺のドリルに向かって雷を放っていた。


「……奴の中で会話は聞こえてました。雷が弱点なんですね? 雷使いである僕の剣が……雷に弱いだなんて皮肉にもほどがある」


 アーサーは疲れ切った表情を浮かべ、息も絶え絶えながらそう話す。


「ソイツは……放置していてはいけないんですよね……遠慮なくやっちゃってください」


 アーサーの言葉にこくりと頷き、俺は雷を纏ったドリルをゾタグァに向かって放つ。


「エレクトロ・ギアスタンピード」


 そして、雷を纏った無数のドリルが異形の存在を食い散らかした。

 さんざん食い荒らしてきた魔物は、最後はその獲物に食われて終わる。

 なんとも皮肉な最期を迎えるのだった。

 悲鳴を上げる間もなくゾタグァの体は消えていき、ゾ=タ・カリバーだけがその場に残るのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る