ユグドラシルの迷宮攻略

 あの後、カイ達が戻ってきたので事情を説明したのだがルナはてっきりついてくると思いきや、アーサーに同行はさすがに嫌だったらしくついてこないときっぱり言われてしまった。

 それに、Sランクが2人も居ると心に余裕ができてしまい、本来の実力が見れない可能性もあると、もっともらしい理由の方をついでで説明されたのだった。 


「ホーセン、楽しそう」


 リリ達と別れ、ダンジョンに戻ってきた俺がウキウキしながらユグドラシルの迷宮に向けて準備していると、カイが話しかけてくる。

 カイの現在の服装は、あの時買ったチューブトップに短パンである。非常に素晴らしい。

 

「だってエルフだよエルフ。テンション上がらないわけがないだろう」


 ――エルフ。

 それはファンタジーの代名詞となる存在。

 初期のエルフはそうでもなかったらしいが、今では美男美女揃いの種族として根強い人気を誇る。

 そんなエルフが実在しているとなれば、行かない理由がない。


 とそこで俺は迂闊な発言をしたと気づく。

 俺がルナとちょっとそれっぽい雰囲気になっただけでダンジョンを追い出されたのだ。

 エルフにうつつを抜かしていると分かれば、また何が来る……。


「ふーん、やっぱり人間はエルフ好きなんだ」


 と思ったが、予想外にも淡白な反応が返ってくる。


「怒らないのか?」

「? どうして? エルフは他のダンジョンが人呼ぶために作った種族。それに惹かれるの、別に気にしない」


 うーん、やっぱりダンジョンの心の機微がいまいちよくわからんな。

 怒られなかったのは良いけども。


「ていうか、作った? 何、ダンジョンって生命も作れんの?」

「基本構造はモンスターと一緒。ただ、人間と敵対してるかしてないかの違いだけ」

「そっかぁ……」


 カイの説明を聞き、俺はなんだかテンションが下がってくる。

 いや、本物ではないだろうとは思っていたが、改めて創造主本人から聞かされると、なんだかなぁという気分になってしまう。

 なんか依頼も面倒になってしまったが、一度受けてしまったのでキャンセルもしにくい。

 俺は、準備もそこそこにその日は眠ることにする。

 まぁ、攻略は3日後なので、それまではゆっくりしてテンションも戻そう。


 ――そしてダンジョン攻略当日。


「ユグドラシルの迷宮へようこそ、人間。ゆっくりしていくといい」

「エルフだぁ!」


 翌日、集合場所である迷宮の入口に入ると、エルフの集落がありエルフに出迎えられる。

 金髪碧眼に長い耳。そして絶世の美人!

 これでテンション上がらない男など居ない。

 作り物? だからどうした。

 人間は目から得る情報が大半を占めるのだ。見た目がエルフであればもうそれはエルフなのである(?)

 右を見てもエルフ、左を見てもエルフ。

 まさにファンタジー世界そのものであった。


「ホーセン、テンション凄い」

「まぁ、なんだかんだ言いつつも、やっぱエルフはテンション上がるね」


 これはもう本能に近いだろう。

 日本人は遺伝子レベルでエルフ好きが刻まれているのだ。ついでに獣人も。


 俺がそう答えると、しばし何か考えるそぶりを見せた後、ニョキニョキとカイの耳が伸び始めエルフのようになる。

 え、そんなこともできんの?


「どう、可愛い?」


 カイはそう言うと耳を強調しながらくるりと回る。

 今のカイは、昨日のあの服装に加え、ダンジョン攻略をするということで金属製のガントレットとグリーブを身に着けている。

 本人はダンジョンだし装備も必要ないのだが、まぁ一応の体裁だ。

 そんなわけで今のカイは、インファイタータイプのエルフにも見えなくもない。

 そして、何を隠そう俺は格闘系女子に弱い。 


「ホーセン?」

ディ・モールトベネ非常に良し


 俺は目の前の光景にただただ涙を流しながら感謝をするのだった。


「よくわからないけど、喜んでもらえたならよかった」


 俺の反応を見て、カイは満足そうにうなずくのだった。


「すみません、お待たせいたしました」


 俺とカイが話していると、例のきつい香水をぷんぷんさせながら趣味の悪い金ぴか鎧を着たイケメン……アーサーがやってくる。

 エルフ耳カイは捨てがたいが、事情を知らないアーサーに見られても困るので俺はこっそりカイに耳打ちし、元の姿に戻ってもらう。


「まさか、こんなにすぐご一緒できるとは思いませんでしたよ。この間は、失礼いたしましたローレルさん」


 アーサーはそう言うと慇懃無礼な態度で頭を下げる。

 

「今回は僕がSランクになるにふさわしいかどうかを見極めるためのお目付け役らしいですが……まぁ退屈な依頼になると思いますよ。なにせ、僕がSランクになるのは確定事項ですから」

「そいつは頼もしいな」


 アーサーの言葉は軽く流しておいた方がいいと気づいたので、俺は肩を軽くすくめながら適当に相槌をうつ。

 その後、今回のダンジョン攻略の予定についてすり合わせる。


「今回の目的は、このダンジョンの攻略です。ランクはSということですが、まぁ楽勝でしょう。ローレルさんと彼女さんはゆっくりしていてくださって構いません」

「……金ぴか、臭いけどいいやつ」


 彼女扱いをされたのが嬉しかったのか、表情こそ変わらないものの声が明らかに嬉しそうなカイ。

 うーん、ちょろい。


「く、臭……こほん! とにかく! 基本、この僕が攻略を進めますのでローレルさん達は基本、手出し無用でお願いいたします」


 まぁ、配信しながら後ろからついていくだけで金がもらえるなら楽な仕事だ。

 危なくなったらすぐ撤退すればいいが……ここにはダンジョンのトップであるカイもいるのだ。

 早々ピンチにはならないだろう。


「って、今気づいたんだけどカイって他のダンジョンに入ってもいいのか?」

「大丈夫。必要以上に介入するのはあんまりよくないけど、入る分には向こうも気にしない」


 俺が小声で尋ねれば、カイはそう答える。

 カイがそう言うなら、まぁ大丈夫なんだろうな。 

 その後、アーサーと軽く打ち合わせた後、攻略を開始する前にダンジョン配信を始める。

 今回は、アーサーの放送に俺がお邪魔する形になる。

 そういえば、依頼前に軽くアーサーのチャンネルとか見たんだが、結構な人数が登録していた。

 いけ好かない奴ではあるが、一定の人気はあるらしい。

 世の中分からないものである。


「はーい、子猫ちゃんたち。ご機嫌いかがかな? 本日は、いよいよこの僕がSランクになる日だ」


"アーサー様!"

"今日も輝いてます!"

"とっても眩しいですっ"


 と、アーサーが挨拶をすると黄色い声ならぬ黄色いコメントが流れる。

 そりゃ輝いているだろうなと、アーサーの鎧を見ながら内心ツッコむ。

ちなみに口調が変わったのは彼の配信でのキャラだそうだ。



「それに伴い、僕がSランクになる資格があるかどうかを見極めるため、今日は2人のゲストをお招きしているよ。新進気鋭のSランク、ローレルさんとそのステディであるカイさんだ」

「どーも、ローレルです」


"初めましてー"

"ローレルさんの配信も見たことあります! 土魔法すごかったです!"

"アーサー様の足を引っ張ったら潰しますからね"


 一瞬、好意的なコメントも見えたがその後の不穏なコメントで俺の股間がキュッとなる。

 ついこの間、文字通り潰れかけたからシャレにならない。

 しかし、コメントを見る限り、アーサーは本当に人気があるんだな。

 ……まぁ、画面越しじゃ匂いが伝わらないしな。


"ローレルさんちーっす"

"ダンジョンの主が新宿駅ダンジョン出て大丈夫なん?"

"この間の美人、彼女かよ"

"零戦様だけじゃなくてそんな美人も恋人とか滅びればいいのに。それか潰れればいいのに"


 とかそんなことを考えていると、何とも見覚えのあるノリのコメントが流れ始める。

 うん、こいつらは間違いなく俺のリスナーだ。


「アーサーさんが勝手に言ってるだけで彼女じゃないですよー。あと、今回はアーサーさんの配信にお邪魔させていただいているので、うちの配信のノリは少し抑え目でお願いします」


"彼女じゃないのか。じゃあ許すわ"

"はーい"

"アーサーさんごめんね"


「というわけで、うちのリスナーがすみません」

「構わないよ。こうやって普段見かけないノリのコメントが流れるのもコラボの醍醐味だからね」


 俺が謝罪すると、アーサーはファサッときざったらしく髪をかき上げながらそう言う。

 うーん、見た目や言動に反して意外と器が大きいな。

 もしや良い奴なのか?

 香水臭いけど。


「彼女ではないけど、私は好き」


"ヒュー!"

"健気ぇ!"

"カイちゃんかわいいー"


 一瞬、いきなり爆弾発言を……と焦ったが、どうやらリスナーは好意的に受け取ったようである。

 カイが純粋故に、言葉の裏に変な意味が見えなかったのが功を奏したのかもしれない。

 今回は荒れずにすんだが、今後は配信で迂闊な発言をしないようにカイに注意しておかなければ。


 とまぁ……なんやかんやあったが、時間も惜しいということでさっそく攻略に向かうことにする。

 ゴールは中央に見える世界樹。

 エルフたちの話ではあそこに主……要はダンジョンのボスが居るらしいとのことだった。

 誰かついてきてくれるかとも思ったが、あくまでエルフは客寄せパンダ的扱いらしく、村から出てくることはなかった。

 少し残念ではあるが、エルフを見られたので良しとしよう。


 そんなこんなで森の中を進んでいく。

 隊列は、アーサーが前衛で俺とカイがその後ろをついていくことになる。

 と言っても、俺たちは後衛というわけでもない。

 アーサー曰く、自分にかかれば前から来ようが後ろから急襲されようが問題ないとのことだった。

 どんだけ強いかは分からないが、お手並み拝見といこう。

 と、そこで俺はあることを確認していなかったことに気づく。


「そういえば、アーサーさん」

「なんだい?」

「アナタのステータス、確認してなかったんですが見せてもらうことって可能ですか?」


 巌さんの話ではステータス自体は、基準を満たしていないということだったが……果たして実際にどんな感じなのかを見てみないと、何とも言えない。


「あぁ、そういえば見せてなかったね。構わないよ」


 アーサーはそう言うと、自身のステータスを見せてくれる。



暴食の雷霆らいてい

属性:雷

MP:120

STR:C+

INT:C-

VIT:B

DEX:B

AGI:A

LUC:C


……なんというか、うん。

言っちゃ悪いが、確かにこれはSランクのステータスではない。

スピードに関しては属性の影響か高めではあるが。 

が、それでもSランク一歩手前まで来ているということは凄いことなのだろう。


「ステータス、低いだろう?」


 俺の反応を見て、察したのかアーサーはそんなことを尋ねてくる。


「あ、いやその」

「いや、いいんだ。わかっている。……君のは、たまたまステータスに恵まれていたようだが……Sランクはステータスだけで決まるわけじゃない。それを証明してみせるよ」


"アーサー様!"

"素敵です!"

"運カスさんより運が高いから実質Sランク"


 と、アーサーの言葉に称賛のコメントが流れる。

 って、最後おい。

 

「まぁ、それはじっくり見させてもらうけど……あと、1個気になるのがあるんだけどさ」

「あぁ、この称号かい? まぁ、これは僕の戦い方に起因しているんだ。これは……」


 そんな話をアーサーとしていると、突如それは現れる。

 バキバキと木々をなぎ倒し、見上げるような大きさの巨大なイノシシ。

 ただ、普通のイノシシと違うのは大きさだけではなく、その体表。

 全身が緑で、所々に苔や草が生えている。

 俺が森の主だと言わんばかりのそのオーラに少なからず圧倒される。


「おっと、さっそくモンスターのおでましだ」

「あれはフォレストボア。森の中に住むモンスター。……人間が定めたランクで言えばA+」


 と、解説役のカイさんが説明してくれる。


「は、A+か! いいね、初戦にはふさわしい相手だ。さぁ、見てるといい。僕がSランクに近いと言われる所以を!」


 巨大なモンスター相手に一切物怖じすることなくアーサーは前に出ると、腰に差していた例の神話級武器を構える。


「喰らえゾ=タ・カリバー」


 その言葉と同時に、奴の構える剣が脈打ったかと思えば、アーサーの体に雷がまとわりつき、その姿が掻き消える。

 そして、再び現れるとフォレストボアはまるで何かに食い荒らされたかのようにボロボロになっており、そのまま息絶えた。


「どうだい、これが僕の本当の実力さ」


 血まみれの剣を軽く振って血を払い、腰に戻した後……アーサーはニヤリと不敵に笑うのだった。

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