引きこもり、外に出る

「カイの服ねぇ……」


 リリの言葉に俺はちらりとカイの方を見る。

 現在、カイは普段俺が着ている質素なシャツとズボンを身に着けている。

 なんというか、彼シャツっぽくていいよね。


「特に買う必要はないんじゃない?」

「センス死んでるんですか?」


 あまりに鋭い言葉の刃に俺は泣いた。

 必ず、かの 邪智暴虐のリリを除かなければならぬと決意した。


「ダンジョンとはいえカイさんは女の子なんですよ! いつまでもこんなくそみたいな服を着てたら可哀そうです! それに、宝仙さんの服も買うって前から約束してましたし」


 なぁ、リリは俺の事が嫌いなんだろうか?


「服を買いに行くのは私も賛成ですが……そもそも、カイさんは外に出れますの?」


 俺が心の中で泣いていると、ルナがそんな疑問を投げてくる。

 確かに、人型にこそなりはすれどもカイの本体はこのダンジョンだ。

 買い物にいくどころか外に出ることすら可能なのかどうか。


「カイ、そこんところどうなんだ?」

「結論から言えば出れる。私の本体ダンジョン。だけど、この体を遠隔操作できるから外にも行ける」


 親機と子機みたいなもんだろうか。

 

「問題ないみたいですね! それじゃ、さっそく服を買いに行きましょう!」

「あぁいや待て待て。その前に金を何とかしないと」


 ダンジョン配信による収益はまだ俺の手元には入ってきていない。

 しかし、だからと言ってこれ以上リリに金を出してもらうのも避けたい。

 カイの身の回りの物を買うとなったら尚更だ。


「それなら私が出しますわよ。カイさんとは仲良くしたいですし」

「私はイヤ。ドリル嫌い」

「あらあら、私の名前はルナですわよ。ドリルではございません。ル・ナ……はい、リピートアフターミー」

「ドリル」

「おほほほほ、なかなか素敵な性格をしてらっしゃいますわねぇカイさんは」


 うえーん、あそこの空間怖いよぉ。

 バチバチだよぉ。

 できれば間に入りたくはないが、リリが何とかしろと無言の圧力をかけてきてるので俺は胃をシクシクさせながら間に入っていく。


「き、気持ちはありがたいんだけども! さすがに金はこっちで持つよ!」

「ですが、今のダーリンは無一文ですわよね?」

 

 引きこもってたので金が必要なかっただけなのだが、改めて無一文と言われるとグサグサと心に刺さる。

 俺、体にダメージが残ってるのに心にもダメージ食らうとか満身創痍にも程がある。


「あ、そういえば宝仙さん。今までのドロップ品って保管してます?」

「え? あ、あぁ……最下層の倉庫に置いてるけど」


 特に使い道はないがコレクション的な意味合いで今までのドロップ品は置いてある。

 もっとも、ドロップ自体あまりしなかったので数は少ないが。

 今思えば運がGなのも影響してたんだろうな。


「それ売っちゃいましょう。ほら、前にも言いましたがダンジョンのドロップ品って基本高く売れるので、手っ取り早く資金が手に入るかと」


 あー、そういえばそんな話もしてたな。

 俺としては特にどうしても手元に置いておきたいってわけでもないし、そういうことなら売ってしまおう。


「そうだな。それじゃいくつか売っちゃおうか。ちなみに買取とかってどこでやってるんだ?」

「公共迷宮依頼案内所……略して迷案。その名の通り、国を通してダンジョン関連の依頼を出している場所になります。ここでドロップ品を買い取っていますね。もっとも、皆はギルドって呼んでますけど」


 まぁ、公共なんちゃらっていうお堅い名前よりも、よりファンタジー感のある名前で呼ぶのは分からなくもない。

 俺だってギルドの方がしっくりくるし。


 そんなわけで、ボロボロだったのもあり回復の為に今日は休み翌日でかけるということになった。

 そして、翌日久しぶりの自宅での休養を満喫した俺は、いくつかのドロップ品を持ってギルドへと向かう。

 ギルドは覚醒者がよく集まるので鎧などの装備OK、さらには覚醒者向けの装備や一般人向けの商品も売ってるデパートも併設されてるのだとか。

 買い取ったドロップ品も鑑定の後、覚醒者向けに売り出されるのだそうだ。

 国がそういうことをやってるって考えると、本当にダンジョン中心で経済が回ってるんだなと実感するのだった。



「「はえー……」」


 新宿駅ダンジョンを出た俺たちは、ルナが用意した車に乗って一番近いギルドへとやってきた。

 デパートが併設されているだけあって、中々に立派な建物だ。

 俺とカイは思わず同じ言葉が漏れ出る。

 デパート部分は10階建てで、その横に3階建てのギルドがくっついている感じだ。

 ……立派ではあるが、ファンタジー世界ではないため前情報がなければ普通のハロワとデパートにしか見えない。


「買取はギルド側の建物になりますので、行きましょう」

「お、おう」


 俺は初めて入る建物に緊張しながらも、リリとルナに先導され建物の中に入る。

 中も普通のハロワって印象だが、中に居る人達はファンタジー感満載であった。

 全身鎧に胸当てなどをの軽装備、でっかい武器に小型武器。

 様々な装備を身に着けた人でごった返していた。

 さすがに獣人などは居なかったが、それでもワクワクしてくる光景であった。


「ホーセン、人! いっぱい!」

 

 カイも目の前の光景が珍しいのか、フンスフンスと鼻息を荒くしながら興奮気味に指をさしている。


「ここ欲いっぱい! ダンジョンにしたい!」

「やめなさい」


 さらっととんでもないことを言ってきたので、俺は彼女の頭を撫でて宥める。

 見た目に騙されそうになるが、やはり俺達とは違う思考回路なんだなと実感する。


「ダーリン、カイさん。珍しいのは分かりますがキョロキョロしてると迷子になり……」


 ルナの言葉は最後まで紡がれることはなかった。

 何故なら、とある人物がギルドに入ってきたことでまわりがざわつき始めたからだ。

 それは一言で言えば悪趣味。

 全体が金で出来たごつい鎧に身を包み、それと同じく金色の長い髪をなびかせたイケメンが現れたのだ。

 いやー、現実にも居るんだな。成金趣味みたいなやつ。


「あの方……」

「知ってる人?」

「えぇまぁ……」


 俺の質問に対し、ルナは珍しく苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる。

 ルナにこんな表情をさせるなんていったいどんな奴なんだ……。

 

「おや、そこに居るのは零戦嬢ではありませんか」


 俺とルナが話していると金髪イケメンがこちらに気づき、人をかき分けながらやってくる。


「まさか、こんなところでお会いできるなんて光栄です。あぁ、ちなみに僕は依頼の報告に来たところだったんですよ」


 金髪イケメンはそう言うと、ファサッと自身の髪をかき上げる。

 いちいち動きが癪に障る奴だな。

 あと、めっちゃ香水臭い。

 どんだけ香水付けてんだってレベルで匂ってくる。


「えぇ……アーサー様もお元気そうで何よりですわ」

「ふふ、アナタに振られた時はこの身が張り裂けそうでしたが、なんとか立ち直ることができましたよ。良い伴侶が見つかったようで何よりです。……おや?」


 金髪イケメンがそんなことを話していると、ようやく俺の存在に気づいたのかこちらに顔を向ける。


「アナタ、配信で見ましたよ。零戦嬢の心を射止めた幸運なSランクにお会いできて光栄です。名前は確か……運カス?」

「Diver名はローレルだ。初対面の奴に運カス呼ばわりされる筋合いはない」

「おっと、それは失礼。コメント欄でも運カスと呼ばれていたので……変わった名前を付けるものだと思っていましたよ」

「ホーセン、こいつ処す?」


 金髪イケメンの物言いに対し、分かりやすいくらいにブチ切れているカイを抑える。

 こんなところで暴れさせたら確実に面倒なことになるしな。


「おや、両手に花ですか? さすが、最近話題の新進気鋭のSランク様は違いますね。ですが、調子に乗っていられるのも今の内です。すぐにアナタを追い抜いて見せますよ。僕にはこれがありますからね」


 金髪イケメンはそう言うと、自分の腰に差していた片手剣を抜きこちらに見せてくる。

 刀身は黒く、鍔の部分には蝙蝠の羽のような意匠が施されており、真ん中にくっついている2つの宝石がまるで生き物……特にカエルの目を連想させる。


「この剣の名は星辰剣ゾ=タ・カリバー。とあるダンジョンで見つけた神話級の武器です。これを手に入れてからすこぶる調子がよく、Sランクに最も近い男と評判なのです」

 

 金髪イケメンはそう説明しながらゾ=タ・カリバーとやらを腰に戻す。


「僕のDiver名はアーサー。どうかお見知りおきを。ぜひ、いつかコラボ配信でもしましょう。……では、ワタシは依頼の報告がありますので、これで失礼いたします」


 金髪イケメン――アーサーはそう言うと、その場から優雅に立ち去っていくのだった。


「――とまぁ、あんな感じですの。以前、言い寄られたのですが私より弱い方には興味がなかったのでお断りしましたの。最近はあの武器のおかげで評判が上がっているそうですが、武器の恩恵で強くなっても……とは思いますわね」

 

 アーサーが居なくなった後、ルナは本気で嫌そうな顔をしながらそう説明する。

 

「ホーセン、私あいつ嫌い。すごい臭かった」

「確かにすごい匂いだったな。鎧の趣味も悪いし」

 

 カイもルナと同じような表情を浮かべ、アーサーが立ち去った方向を睨んでいる。

 なんだか面倒そうな性格だし、関わらない方がよさそうだ。


「そういえば、神話級ってのはなんだ? 名前からして強そうだけども」

「それは私が説明しましょう!」


 俺の質問に対し、どこにいたのかリリがニュッと現れる。


「居たのかリリ」

「居ましたよずっと! 話しかけるタイミングがなくて陰に隠れてましたが! なんですか? 影薄系ヒロインにジョブチェンジさせる気ですか?」

「い、いや別にそんなつもりはないけども……。それで? 神話級っていうのは?」


なんだかリリから鬼気迫るものを感じたので、俺は慌てて話題を変える。


「あ、そうでしたね。神話級というのはダンジョンで手に入る装備のレア度です。これが高いほど強力な装備になります。一般級、希少級、伝説級……などなどありますが神話級は最上位。つまり、あのゾ=タ・カリバーとやらは超すごいってことです」


 なるほど。そんなすごい武器を持ってるなら、あの自信も頷ける。


「ダンジョンは、たまに人間たちにプレゼント与える。それがリリが言った武器や防具。人間たちが言う神話級は、ダンジョンが悪ノリした結果できたもの。あの剣からもすごいオーラ感じたから多分本物」


 リリの説明に付け加えるようにカイがそう説明する。

 カイがそう言うなら本物なんだろうな。

 というか悪ノリって……ダンジョンって割と適当というか俗物的なところあるよな。


「カイさん、装備ってダンジョンが作ってるんです? じゃ、じゃあ是非とも神話級武器を……」

「リリ?」

「は⁉ や、やだなぁ冗談ですよ冗談」


 そう笑いながら話すリリだったが、あの表情は間違いなく本気だったということは言っておこう。

 その後、俺たちは気を取り直してドロップ品を売りに行く。

 最高でも希少級までだったがそれでも数百万になったので、目玉が飛び出そうになるのだった。


 ちなみに、余談だが


「そういえば、リリ的にはアーサーってどうなんだ?」

「イケメンだとは思いますが、宝仙さんの方が好ましいですよ」

「ウス」

 

 という思わずガチ照れしてしまうやりとりがあったとかなかったとか。


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【TIPS】

やばい武器や防具はだいたいダンジョン達の悪ふざけ

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