ノージョブ・ホームレス

「まず、ダンジョン探索隊に立候補、もしくは要請に応えてくれてありがたく思う。俺は石楠花しゃくなげ。この新宿ダンジョン探索隊のリーダーを務めさせてもらう。属性は炎だ」


 新宿駅に突如発生したダンジョンの前でそう自己紹介をする男。

 その姿を見て俺は、「ああ、これは夢か」と理解する。

 この後、ダンジョンの中に入った瞬間、トラップに引っかかって最下層に飛ばされることになるのだ。

 10年前のことだがよく覚えている。

 というか、忘れることなどできないだろう。

 しかし、なんで今更こんな夢をと思わなくもない。


『――』


 俺が首をひねって考えていると、何か声が聞こえた気がする。

 誰か俺を呼んだか?


『ホーセン』


 再び誰かが俺の名を呼ぶ。

 初めて聞く声のはずなのに、聞き覚えのある不思議な感覚。

 そちらを振り向けば、そこには――。


「ハッ⁉」


 と、そこで俺は急速に現実に引き戻され目を覚ます。


「あぁ、よかった。目が覚めたんですね」


 目の前にはホッとした様子で胸をなでおろすリリの姿。


「って、なんでリリがダンジョンの中に……」

「よく見てください。ダンジョンの中じゃないですよここは」


 まだボーっとする頭でリリの声に従い回りを見渡せば、薬品の匂いに包まれベッドなどが並んだ全体的に白を基調とした部屋だった。

 

「病院?」


 そう、いうなればそんなイメージ。


「惜しいですね。ダンジョン課の所有する医務室です。ほら、宝仙さんが配信に招待してくれたので見てたのですが、零戦さんと急にその……キャッ」


 説明をしていたリリだったが、その時のことを思い出したのかみるみる顔を赤くさせていく。

 あぁ……あれ、夢じゃなかったのか。

 夢であってほしかったというべきか……。

 いや、一見すれば超絶美少女である零戦とのそういうことは男としては喜ぶべきなのだろうが、その前までのぶっ飛びぶりからそういう気分にはとてもじゃないがなれない。


「そういうの良いから続きを聞かせてくれ」

「もう、ノリが悪いですねぇ。あの時、コメント欄も阿鼻叫喚だったんですよ?」

「それは聞きたくねぇ」


 何、阿鼻叫喚って。

 炎上ダメ、絶対って釘刺されてたのに炎上しちゃったの?

 いやでも、あれは俺悪くなくない? 

 そう、零戦が悪いんだ! だから俺は悪くねぇ!


「安心してください。そこは零戦さんがとりなしてくれましたから。で、ですね。そんな地獄の後、急にドローンからの配信が途絶えて音信不通になって、心配して電話を掛けても連絡がつかない、と。そんな感じで嫌な予感がしたので、お父さんと一緒に新宿駅ダンジョンに向かったんですよ。そしたら、入口付近で宝仙さんと零戦さんが倒れてたので急いでここまで運んできたんです」


 病院じゃなかったのは、騒ぎを大きくしないためだそうだった。


「そのあと、先に零戦さんが目を覚まして事態を把握した後、騒ぎを鎮めるために配信やZで問題ないことを発表してくれたんです。宝仙さんは3日も眠りっぱなしだったんですよ」

「3日も……」


 それだけ眠っていたことにも驚きを隠せないが、それよりも気になることがある。


「カ……新宿駅ダンジョンはどうなった?」

「何も変わらないよ」


 俺の問いに答えたのはリリではなく、彼女の父である巌さんだった。


「よかった、目が覚めたんだね。心配してたんだよ」

「……ご心配おかけしました。ここまで運んでくださったようでありがとうございます」

「いやいや、礼には及ばないよ。君には娘がお世話になっているからね。新宿駅ダンジョンについても、今まで謎に包まれていたからどんどん解明されていくとダンジョン課の人たちも喜んでだよ」


 礼を言う俺に対し、パタパタと手を振る巌さん。


「そう言っていただけると助かります。で、何も変わらない、というのは?」

「そのままの意味さ。君達を襲った異変の後、探索隊を派遣し調査に向かわせたが何一つ変わらない。あれだけの異変があればモンスターの大量発生などがあっても不思議じゃあないんだが、それすらもないんだ。そして、進んでいくと自然と入口に戻される」


 それは、以前の配信でも聞いた事がある。

 何度挑んでも入口に戻されてしまうから、誰もダンジョンに入らなくなったと。


「試しに、私も零戦さんに付き添ってもらって10階層に飛ぼうとしたのですが、それもダメでしたね」

「ということは、マジで皆を拒絶してるってわけか。でも、なんで急に……」

「さあねぇ、ダンジョンが発生して10年経つが、まだまだ分からないことの方が多い。わかるのは、彼らダンジョンにとって我々がダンジョンに入ることが好都合だってことくらいかな」


 こうやって悩んでても仕方ないということか。

 でも……もしかしたら、と思い当たるものもなくはない。

 最初の違和感は、俺が他のダンジョンについて考えた時。

 あの時、何か高音の音が聞こえ、他に誰も聞こえないと言っていたので気のせいだと思っていた。

 しかし、その後に零戦とのあれやこれやで再びあの音が聞こえ、ダンジョンに異変が起きた。

 今思えば、あれは新宿駅ダンジョン……カイの叫びだったんじゃないかと思う。

 これは俺の予想ではあるが、カイは俺を独占したがっていたのではないだろうか。

 だが、出ていく素振りを見せたり他の女性とのいちゃつきを見せられて爆発したと。


 ……めんどくさ!


 いやいやいや、これがカイが人間だったら、まぁ分からなくもないよ?

 だがカイはダンジョンで俺は人間。

 そもそも、カイは今までこっちに積極的にアクションを取ってこなかったのに、見えない地雷を踏んだ結果こうなるなんて誰がそんなこと予想できるってよ。

 ……とはいえ、まぁ10年間世話になったのは事実だし、俺がSランクになれたのもカイのおかげと言えなくもない。

 ダンジョンを出ていく気はないとはいえ、カイを心配させてしまったのは事実だ。

 ここは謝りにいくのが筋、なんだろうなぁ。


「……ん?」


 と、そこまで考えて俺はあることに気づく。

 今、俺は鎧を着てないということに。

 ペタペタと自分の顔触ればすぐに素肌だ。


「あ、装備ならそこに置いてますよ」


 俺の反応を見て察したのか、リリがベッドの脇を指さす。

 そこには、確かに俺の装備が置かれていた。

 ということは、今の俺は素顔なわけで……。


「もうお嫁にいけない!」

「えぇ⁉ どうしたんですか、急に顔を覆ったりして!」

「人前で素顔を出すの恥ずかしいんだよ。10年の引きこもり舐めるな!」

「そんなので威張らないでくださいよ! いつまでもそんなんじゃ、社会復帰できませんよ!」

「いや、やめて! 乱暴しないで!」


 俺の両手を顔から引き剝がそうとするリリに対し、俺は体をよじり抵抗する。


「ははは、なんだこれ」


 そんな俺とリリのやり取りを見て、巌さんは乾いた笑いを浮かべるのだった。



「ようやく目を覚ましたのですね、ダーリン!」

「ヒェッ」


 リリとのひと悶着も落ち着き、さぁこれからどうするかというところでバーンと扉を豪快に開け、元凶がやってくる。

 というか、普段からドレスなのかよ。


「ダーリンが目を覚まさないと聞いて、もう居ても立っても居られず……体の疼きを抑えるために何百のモンスターをぶちのめしてきたことか……」


 どういうことなの……。


「っていうか、ダーリンって何ですか零戦……さん」

「プライベートでは私のことは、ルナ……とお呼びください。ルナ・ストレリチア――それが私の本名ですわ。そして、私に勝った男性をダーリンと呼ぶのは自明の理。祝言まで秒読み待ったなしですわ。こう見えて帰化して日本の国籍を有しておりますので、国籍に関しても問題ありませんわ」


 いやその理屈はおかしい。

 確かに、零戦……ルナのZのプロフィールには自分より強い人が好きと書いていたが、それにしてもいきなり結婚は飛躍しすぎだろう。


「はは、なんというか配信内でもぶっ飛んでたけど、素の零戦さんもぶっ飛んでるんだね」


 やはり、リリもそう思うようで顔が引きつっていた。


「あら、リリさんではありませんの。その節はお世話になりました。ダーリンのことも手厚く看病いただいて感謝しておりますわ」

「い、いえ……宝仙さんには私もお世話になりましたし、恩返しになればと思ったので」

「素晴らしい心意気ですわ! 見た目だけでなく、中身も美しいのですねリリさんは」

「……えへへ、それほどでもぉ」


 先ほどまでドン引きしていたはずのリリはルナの言葉に顔をへにゃらせ嬉しそうに笑う。

 あぁ、だめだ……リリもルナの魔の手にかかり陥落してしまった。

 ルナ……恐ろしいやつよ。


「リリさんも私のことはルナと呼んでよろしくてよ」

「はい、ルナさん!」


 と、すっかり打ち解けてキャッキャしている。


「と、良い感じの雰囲気になったところで、何のお話をされていたんですの?」

「これから新宿駅ダンジョンに戻ろうかって話だよ」


 原因は確定していないが、俺が追い出されてしまったのは確定している。

 このままでは無職なだけでなくホームレスにもなってしまう。

 とにもかくにもカイに謝り、和解をしなければ。

 って、これまんま浮気した夫が妻に許してもらう図だな。

 誰が浮気夫やねん。


「でしたら、私もお手伝いいたしますわ。長年住んでいたダーリンを追い出すほどの異常事態。何があるかわかりませんもの。それに、貴族たるもの市民を助けるのが務めですわ」

「あ、知ってるそれ。ノージョブ・ホームレスってやつだよね」

「ノブレス・オブリージュですわ」

「そうそれ! ノージョブ・ホームレスは宝仙さんでした」

「やかましいわ」


 誰がノージョブ・ホームレスだよ。俺だよ。


「あ、そうそう。新宿駅ダンジョンに挑むのでしたら、おそらく配信をした方がいいですわ」

「なんでまた?」


 俺が内心でツッコんでいると、ルナがそう提案してくる。


「おそらく、今の新宿駅ダンジョンはダーリンすらも拒絶すると思われますの」


 まぁ、そりゃそうだろうなぁ。

 だが、それと配信が何の関係があるんだろうか。


「これは、あくまで一説として聞いてほしいのですが、ダンジョンは人の欲を糧にしていると言われていますの。ですから、より欲を集めるために配信をしやすい環境を作ったりなどしていると思われますわ。わかりやすいのはコロッセオダンジョンですわね。あれは迷宮でも何でもなく、ただ人を集めるだけに特化した場所ですわ」

「確かに、そういう説もあるねぇ」


 ルナの言葉を肯定するかのように、あごに手を当てながら巌さんがそう言う。

 なるほど、そう考えればやたら人に寄り添うダンジョンの行動理由も納得がいくな。


「となれば、人の欲を集めやすい配信を行いながら、ダンジョンに挑めば……さしもの新宿駅ダンジョンも本能に逆らえず、奥へ進ませてもらえるのではないかと」

「確かに一理あるけど……もしダメだったら」

「その時はその時ですわ。また別の手を考えればよろしいですの」


 と、俺の言葉にあっさりした様子で答えるルナ。

 うーんこういうところがSランクの器なんだろうか。

 ただの脳筋な気もするが。


 とはいえ、他にダンジョンに入れそうな手も浮かばないので、ひとまずZで無事を報告、同時に明日は新宿駅ダンジョン攻略を行うと告知をするのだった。


―――――――――――――――――――――


200:名無しの覚醒者

運カスさんのZの投稿見た? 


201:名無しの覚醒者

見た見た

なんか家追い出されたみたいで笑うんだけど 


202:名無しの覚醒者

で、家に帰るために新宿駅ダンジョンに挑むと

これだけ見るとマジで意味わからん


203:名無しの覚醒者

俺はそれよりも運カスさんがイケメンだったことに腹立つんやけど 

土魔法の期待の星だと信じてたのに裏切られた気分だ!


204:名無しの覚醒者

しかも零戦様とキスだぞ!

万死に値する 


205:名無しの覚醒者

>>204

いや、それは別に羨ましくないなぁ


206:名無しの覚醒者

>>204

あれ、言わば死合う相手に相応しいって認められたものだし……

命いくつあっても足りなそう 


207:名無しの覚醒者

勝っても負けても地獄過ぎる 


208:名無しの覚醒者

運カスさんとバトルジャンキーの美男美女カップルとか、ここまで羨ましくないカップルも珍しい 


209:名無しの覚醒者

本格的にダンジョン攻略するらしいから楽しみだな 

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