戦闘姫 零戦②
零戦さんの放った光の剣が兜と鎧の隙間に刺し込まれた瞬間、ガキンッと硬い何かにぶつかる音がし彼女の動きが止まる。
「これを防ぐんですのね。流石はSランクですわ」
「ちょ、ちょっと零戦さん! いきなり何なんですか!」
自分の攻撃が防がれ、残念がるどころか嬉しそうにしている零戦さんに対し、俺は抗議する。
ちなみに、先ほどの攻撃を防いだのはほとんどまぐれ。
俺の体……というかこの鎧は自動防御の魔法を組み込んでいるため、自分に害をなす攻撃から身を守ってくれるのだ。
とはいえ、自動防御の欠点というかある程度までは防げるが、一定以上の火力の攻撃を受けた場合はあっさりと突破されてしまう。
故に、零戦さんの攻撃はそれほど本気でなかったことが分かる。
その割には殺意がえぐかったが。
「何って、戦闘ですよ戦闘。はぁ……もう、抑えられないのです……! 早く、あなたと戦いたくて体が疼いて疼いて仕方ないのですわ! しかも、今の攻撃を防がれたことでもう止めたくても止められませんの。さぁ、死合いましょう?」
"ご愁傷様です"
"骨は拾ってやるよ"
"だから言ったのに、戦闘好きすぎる人だよって"
恍惚な笑みを浮かべる零戦さんと無慈悲なコメント。
いや、戦闘好きにも限度があるでしょうが!
これもうなんかイケないのキメてるよ!
「この状況で余所見など随分と余裕ですのね?」
ハッとしながら声の方を向けば、両手に鋭く尖った光の爪を宿した零戦さん……いやもう零戦でいいか。
零戦はそのまま腕を振り俺の鎧を傷つける。
うっそだろ、自動防御の方の耐久力はともかく、鎧の方はちょっとやそっとじゃ傷つかないはずだぞ⁉
「あら、その鎧もずいぶん頑丈なのですわね。ますます滾りますわ」
そう言ったかと思えば、また彼女の姿が掻き消える。
……いや、こういう素早いタイプなら俺はもうすでに対処法を知ってるじゃないか。
ならば、慌てず相手の出方を待てばいい。
「――隙だらけですわよ」
「そっちがな!」
後ろから声が聞こえた瞬間、俺はそう言い返し鎧を反撃モードに切り替える。
イダテンパイソンの時にもなったあのハリネズミ状態だ。
鋭い棘が背中から何本も生え、近づいてくる零戦を貫いた。
「やっ……」
った、そう言おうとしたがその言葉はすぐに飲み込んだ。
何故なら、またいつの間にか零戦は俺の前に立っていたからだ。
「危なかったですわ。先ほどのはイダテンパイソンの時のですわね」
知ってても、普通はあれだけ接近すれば避けることは難しいはずだ。
だが、目の前の彼女は無傷である。
いったい、どういう絡繰りが……。
「ほらほら、考えている余裕はありませんわよ。もっと踊りましょう。電光」
彼女がそう呟けば、雷のようにジグザグに曲がりくねりながら光の矢がこちらに向かってきた。
一瞬雷かと思ったが、光の魔法のようだ。
そうか、彼女は光属性だ。
そして目にもとまらぬ速さの移動も、光魔法の一部なのだろう。
となると、スピード勝負ではまず彼女には勝てない。
まずは彼女の動きを止めねば。
俺は、彼女の放った光の矢を避けつつも、反撃とばかりに魔法を放つ。
「ロックフォール!」
上空に魔法陣が現れ、大小さまざまな大量の岩石が彼女へと降り注ぐ。
「陣風」
しかし、彼女はそれを見ても慌てることなく、まるで舞うように光の鞭で降りかかる岩石たちを薙ぎ払う。
「――つまらないですわ。この程度で、私を何とかできると思っていらして?」
「思っていないから次の手は既に打ってるよ」
先ほどの囮で対処されるのは想定済み。
俺は地面に両手を付きながら魔法を発動する。
「
零戦を中心に広まる泥沼。
土魔法はこういった地形の変化も可能なのである。
「私の足を封じる気ですのね。ですが……あら?」
彼女は泥沼化する地面を見て軽く鼻で笑いながら足を引き抜こうとするが、抜けるどころか益々泥沼へと沈んでいく。
これはただの泥沼ではない。
魔法の泥沼なのだ。そんな簡単に足を引き抜けるわけもない。
「あらあら、困りましたわね。私のドレスが汚れてしまいますわ……爆戦!」
零戦は両腕に光のガントレットのようなものを纏い、泥沼に向かって拳を振り下ろすと衝撃波のようなものが発生し泥沼が波打っていく。
……だが、無意味だ。
「まぁ、これもダメですの。なかなかやりますわね、ローレル様」
「お褒めにあずかりどうも! だけど、あなたはSランクだ。まだダメ押しさせてもらいますよ!
両手をパンッと柏手のように合わせると、泥沼の中から彼女の四方を囲むように岩の壁が現れ四方、そして天井を塞いでしまう。
いつもの
俺が知る限りの土魔法で生成できる魔力を通わせた、あらゆる金属で何重にも包み込む。
間近で核攻撃を喰らっても耐えられる硬度である。
"やったか⁉"
"なんというか、これがSランク同士の戦いか"
"嘘だろ、零戦様が為すすべもなく負けるとか"
"土魔法って、結構多彩だったんだな"
"見る目変わるな"
動きが無いことを確認すると、俺は一息ついてコメントを見ればそんな感じのコメントが流れていた。
まぁ、かなり大変だったが何とか土魔法の強さは伝えられたらしい。
それにしても、俺の戦闘経験の無さが浮き彫りになったな。
このダンジョンでのモンスターに対しては10年も相手にしてきたので、もはや敵なしだがそれ以外の未経験の相手、特に対人戦となると後手になることが分かった。
まぁ、相手も人間である以上こちらの考えを先読みする、なんてことも考えられるしな。
本能でしか動かないモンスターとは何もかも違うのである。
10年も引きこもってきたが、配信を続けるなら他所のダンジョンにも目を向けるべきかもしれないなぁ。
零戦が言っていたコロッセオ型のダンジョンも何かの参考になるかもしれないし、後で詳しく聞いてみようか。
―――――――!
「な、なんだ?」
俺がそんなことを考えながら、そろそろ魔法を解こうとした瞬間、何か言い知れぬ金切声のような不思議な音が脳内に響いた。
"どしたん? 話聞こうか?"
「あ、いや今なんかやたら高い音が聞こえませんでした?」
"聞こえなかったなぁ"
"気のせいじゃない?"
リスナー達にも確認してみるが、誰もが聞こえてないと答える。
気のせいだったのか……?
俺は首をかしげながらそんなことを考えると、先ほどとはまた別の音が聞こえてくる。
――ピシッ。
それは、零戦を閉じ込めている箱の中からだ。
『極光』
瞬間、箱にヒビが入り、目が潰れそうになる程にまばゆい光があふれだす。
"ぐわー!"
"目が! 目がぁ!"
"あまりの眩しさに視力無いなった"
"あ、これ……"
"零戦様の最終……"
コメントで不穏な単語が見えたかと思えば、俺以外に破壊不可能であるはずの魔法が崩れ去り、そこには全身を真っ白に輝かせ、同じように光る剣を携えた零戦だった。
「……ふう、まさかこれを使うことになるだなんて思いもしませんでしたわ」
「ギアスタンピード!(ショート版)」
予想外の出来事に一瞬呆ける俺だったが、すぐに我に返ると数本のドリルを出し零戦に向かって放つ。
最初の配信で放った本来のギアスタンピードは時間がかかるため、今回は短縮版だ。
しかし、それは目にもとまらぬ零戦の剣捌きによりすべて斬りおとされた。
「そんな殺気立たないてくださいませ。正直申しますと、私、もうガス欠ですの。しかも、今放たれた魔法でもう完全に使い切りましたわ」
その言葉を証明するかのように、彼女のまとっていた光がフッと消え去る。
「
零戦はこう言っているが、
それを奥の手を使ったとはいえ破壊できてしまうのだから、もしまだ彼女に余力があったらと思うとゾッとする。
Sランクの恐ろしさが身に染みた。
「改めて……ローレル様。貴方の勝ちですわ」
疲れ切っているにもかかわらず、それを感じさせず優雅にこちらに近づいてくる零戦。
そして握手を求めてきたので、俺はそれを握り返す。
「……えい」
「あ!」
だが、すっかり戦いが終わったと油断していた俺は、突然の彼女の行動に対して反応が遅れ兜を取られてしまう。
「あら、どんな素顔かと思いましたが、なかなか整っているではありませんの」
"新宿駅ダンジョンに住んでいる変態だから、どんなやろうかと思ったイケメンかよくそが"
"返せ! 俺たちの希望を返せ!"
"イケメンは滅びろ"
「ちょ、いきなり何するんですか⁉」
コメントが何やら騒がしいが、今はそれどころではない。
大勢の前で素顔を晒してしまっている方が大変だ。
「ふふ、私に勝った殿方がどんなお顔をしているか気になりまして」
わたわたする俺に対し、いたずらが成功した少女のようにクスクスとおかしそうに笑う零戦。
そして、何を思ったか急に俺の顔を掴むとグッと自分に引き寄せ――
「んぐっ⁉」
あろうことか、唇を重ねてきたのだった。
突然のことに思考回路がショートし、脳みそが沸騰しそうになった俺だったが、その後の展開によりすぐに正気に戻る。
――――――!
――――――――――――――――‼
それは、先ほども聞いた頭の痛くなるような高い音。
まるで、何かが叫んでいるようなソレは俺の頭の中で鳴り響く。
「……どうしましたの?」
俺の様子に気づいたのか、先ほどまでのキスの余韻など忘れ不思議そうに尋ねてくる零戦。
「声が……」
「声?」
彼女の問いに応えようとしたとき、突如立ってられなくなるほどに強烈な地震が起こる。
なんだこれ、こんなの初めてだぞ⁉
そうやって戸惑っている間も、どんどん揺れは強くなっていき最後には地面が隆起し土の津波が俺たちを飲み込んでいく。
もがいてもがいても外が見えず意識が遠のいていく中、
『ホーセン』
と、ひどく哀し気な声が聞こえた気がした――――。
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【TIPS】
ローレル(月桂樹)の花言葉……「栄光」「勝利」「栄誉」
「裏切り」
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