戦闘姫 零戦
拝啓
新緑が目にしみて、青葉若葉のさわやかな季節がやってまいりました。
風も心地よく香り、心地よい季節となりました。
ローレル様もお元気でお過ごしのことと存じます。
さて、このたび私は、ローレル様にご連絡をさせていただく理由があります。
ローレル様が開設された『土魔法地位向上委員会』というチャンネルを拝見しまして心から感銘を受け、思わず筆をとらせていただきました。
私、零戦と申しますが、謙虚ながらもローレル様の目的にお手伝いさせていただきたいと強く願っております。
もしご容赦いただけるのであれば、私もローレル様の配信において共演させていただけるとうれしく存じます。
そうすれば、何かしらお力になれることがあるかと思います。
急なお願いにもかかわらず、何卒ご検討いただければ幸いです。
敬具
どうぞよろしくお願い申し上げます。
と、何とも現代のSNSに似つかわしくないひどく礼儀正しいメッセージ。
まぁ、要はコラボをしたいということだ。
他のSランクの名前については先ほどの配信でチラッと聞いたので、このメッセージ主もSランクだとすぐにわかった。
確か……戦うのが好き、とかリスナーは言ってたかな。
自分の名前に
零戦の方もやけに渋いし。
しかし、まだ配信も2回しかしてないというのに、もうコラボの提案とかバズの力は恐ろしい。
まぁ、俺が4人目のSランクということで注目されたのもあるかもだが。
「とりあえず、まずはこのアカウントが本物かどうかだよね」
リリ曰く、Zにはなりすまし……本人にそっくりな名前やIDを付けて他の人をだまし、自分のフォロワーを増やそうとする不届き者がいるらしい。
新人Sランクの俺なら与しやすいと近づいてきた偽者ともかもしれないので、まずは名前をタップして本人のアカウントに飛ぶ。
「えー、なになに……戦闘好きのDiverです。好きなものは戦闘。愛読書は戦術書。好きなタイプは自分より強い人」
いや、どこまでバトルマニアなんだよ。
これ、今はダンジョンがあるから発散できてるかもしれないが、もしダンジョンが発生してなかったら今頃爆発してたかもしれないな。
なんて思いながら続いてフォロワー数を確認。
「えー、1、10、100……700万⁉ え、バグってないよな?」
試しに他の日本のSランクを確認してみると、デデデちゃんの愛称で呼ばれてるデッドリー・デッド・ディストラクションという覚醒者が600万。
兄貴の名で慕われてる肉弾戦者という覚醒者が930万と文字通り桁が違った。
フォロワー20万でビックリしてた俺が霞む程である。
はー、Diverって人気職業なんですねぇ。
そりゃ、こんだけ人気出るなら皆こぞってダンジョン配信やるわ。
そんな感じで驚きつつも、俺は零戦のアカウントに戻り投稿を確認する。
『これからダンジョン配信を開始させていただきます。本日もなにとぞよろしくお願いいたします』
というダイレクトメッセージと同じような文面の投稿とそのスレッドには『楽しみにしてます』などなど好意的な投稿が多数あった。
……うん、見た感じどうやら本物っぽいな。
というかメッセージだけじゃなくて普通の投稿も礼儀正しいんだな。
フォロワー達も『零戦様』などと呼んでるし、格式の高い人物なのかもしれない。
アイコンは本人の顔でなく、盾と剣というシンプルなものではあるが別にDiverだから顔を載せなければいけないというわけでもないし別にいいだろう。
俺なんか、未だに初期設定のなんかタマゴみたいなやつだし。
それに、なりすましが700万もフォロワー居るわけないしな。
「となると、こちらとしても超人気Diverとのコラボは受けない理由はないし、受けさせてもらおう。……あ、リリには…………別にいいか」
別にリリは俺の身内でも何でもない。
相談すれば確かに彼女は親身になって聞いてくれるだろうが、流石に自分のチャンネルのコラボ案件を相談とか本当に自分で何にも決められないダメな奴になってしまう。
とりあえずシークレット配信と銘打ってリリを呼ぶだけしておこう。サプライズというやつだ。
そんな感じで、俺はコラボを了承する旨のメッセージを送るのだった。
――そして、後々この時のことを俺は後悔するのだった。
なぜ、彼女の実際の配信を見なかったのか。
なぜ、本当にリリに相談しなかったのかと。
それをしなかったせいで、俺はしなくてもいい苦労をするのだった。
◇
「お、早いな。もう返信来たぞ」
返事を送って2、3分だろうか。
ピロンという軽快な音がメッセージが来たことを知らせてくる。
『早速のご返事、そして快く了承していただきありがとうございます。早速ではございますが、コラボの日時を決めたく思います』
うん? なんか随分と話が早いな。
まぁ……人気のSランクDiverだしスケジュールとか詰まってるのかもな。
企業の案件とかもあるみたいだし。
そう考えると、わざわざ多忙な中を俺なんかのために時間を割いてくれているのだから、極力彼女の希望に沿うようにしよう。
「私の方はいつでも構いませんよ。基本、ダンジョンに籠りきりなのでいつでも時間があるため、零戦様のご都合のいい時間で大丈夫です、と……ウヴォア⁉」
そうやって返信した瞬間、秒で返ってくるメッセージ。
いや怖い怖い怖い! いくらなんでも早すぎない?
何、Sランクは返信もSランクなの?
余りの早さに戦慄しつつも、俺はそーっとメッセージを見る。
『ありがとうございます。それでは、早速で申し訳ないのですが明日の昼頃などでいかがでしょうか? もちろん、ローレル様のご都合が最優先ではございますが
明日にしていただけると、私も大変嬉しく思います。』
「…………ハッ」
まさかの改行芸によるどうしても明日が良いという圧をモロに喰らい、数秒気を失っていたようだ。
この時点で、俺はなんだか嫌な予感がしていたがこちらかOKですと言ったのに、やっぱりやめますでは失礼にもほどがある。
10年引きこもっていても、流石にそこら辺の礼儀はわきまえている。
それに、ちょっとやばい雰囲気は漂ってくるが、仮にもSランク。
本当にやばかったらフォロワーも700万人も居ないだろう。
だから、大丈夫だ……多分、おそらく。
「明日でOKです、と」
怖かったので本当は来週とかにしたかったが、それを言ったらどうなるか分からなかったので明日にすることにした。
明日は30階層攻略の予定だったんだが仕方ない。
今からZとサイトに告知を出しておこう。
俺はそう考えると、さっそく告知を出す。
「明日は、30階層攻略の予定でしたが、急遽予定を変更しましてスペシャル配信を行わせていただきます。楽しみにしていた方には申し訳ありません。しかし、かならずや満足いただける配信をお送りできるかと思いますので、楽しみにしておいてください……と、これでいいだろう」
Zに投稿して少しすると、やはり残念がっている投稿が目立つ。
しかし、それ以上にスペシャル配信が何なのか楽しみにしている人が多かった。
まぁ、実際にトップランカーである零戦さんを呼べるんだからスペシャルではあるよな。
「うぅ……なんか寒気してきたかな」
ダンジョンに住んで10年、風邪どころか一切の病気をしたことないのだが背筋に走る寒気にブルリと震える。
明日は大事な配信が控えているので風邪を引いてはいけないと、その日は早めに寝ることにするのだった。
◇
「お初にお目にかかります、ローレル様。戦闘姫こと零戦と申しますわ」
翌日、例のモニターホンもどきで零戦さんらしき人が来たのが見えたので迎えに来ると、スカートのすそを軽く持ち上げながら優雅に礼をする。
……うん、確かに礼儀正しい。
ネット上と口調が違うのもまぁわかる。
ただ、そのなんだ……まさかの金髪縦ロールである。
緑色の綺麗な瞳、西洋人形を思わせる美しい顔立ち。
服装はくるぶしほどまである丈のスカート、白を基調としたレースのドレス……甘ロリとかそういうジャンルだ。
そして気品溢れる佇まい。
まるで漫画の世界から出てきたかのような徹頭徹尾完璧で究極なコッテコテのお嬢様だった。
モニターホンもどきで確認したときもまさかと思ったが、本当にお嬢様だとは思わなんだ。
「……どうかしまして?」
俺が硬直していると、これまた何とも優雅に小首を傾げる。
「あぁ、いえすみません。文面から礼儀正しい方だなと感じてはいたんですが、その……見た目のイメージが違いまして。あ、もちろん貶してるわけじゃないですよ⁉ そのお姿も素敵です」
「ふふ、ありがとうございます。大丈夫ですわ、初めて私を見た方はみな一様に同じ反応をなさいますから、気にしてませんの」
そう言ってクスクスと小さく笑う零戦さん。
「ですが、私の配信は確認してらっしゃらなかったのですね」
「あぁいえ、それはその……初めてお会いする前に配信のイメージで会ってしまうと失礼かなと思いまして。そうですよ、せっかく共演するんですから普通は、相手の事調べますよね。すみません」
なーにが常識はわきまえてるだよ。
誰だよ、そんなこと言った奴。昨日の俺だよ。
「いえいえ! 見ていないのならむしろ好都g……ではなく、新鮮な気持ちで挑めるかと思います。どういうスタンスでお相手しようとそれはローレル様の自由ですの。むしろ、真摯さが伝わってきて、興ふn……共演相手にしていただいてよかったと思いましたわ」
俺が自己嫌悪に陥っていると、零戦さんは天使のようなスマイルで俺をフォローしてくれる。
……なんだこの人、天使か?
リリといい零戦さんといいDiverは天使なのか?
こんな零戦さんを見ると、あのとんでもフォロワー数も納得である。
昨日のZでのメッセージからは恐怖を感じたが、きっとそれは文章だったから感情が伝わらなく、俺が勝手に怖がっていただけなのだろう。
「そう言っていただけると助かります。……えっと、それじゃ配信までまだ時間ありますし、軽く打ち合わせでもしましょうか」
「あ、それでしたら私、提案がありますの! せっかく、Sランクが2人揃っておりますので対人戦などいかがでしょうか?」
俺の提案に対し、零戦さんは白いレースの手袋をつけた両手をポフッと合わせながらそう答える。
「対人戦?」
「えぇ、ローレル様はまだご存じではないかもしれませんが、ダンジョンの中にはモンスターが一切出ないコロッセオ型の変わり種もありまして。そういったところでは、日夜己の培った戦闘技術で対人戦を行っています。ダンジョン配信とは別に、こちらも大いに盛り上がっておりますのよ」
へぇ、そういうのもあるのか。
さすがは戦闘好きを自称するだけあって詳しい。
っていうか、こんな虫も殺さなそうな雰囲気を持ってるのに戦闘好きとか脳がバグりそうになるな。
失礼だから口に出さないけど。
「配信を見た感じ、このダンジョンのモンスターではローレル様の足元にも及ばないご様子。ですので、それに倣って……というわけではありませんが、同じSランクである私が相手をすることで、対人戦にも優れていることをアピールし、より土魔法を効果的に広められるのではないかと」
確かに、1回目、2回目の配信共に一瞬で片が付きすぎて不評の嵐だった。
魔法自体は評価されているが、そんな戦闘ばかりではマンネリ化して飽きられてしまうかもしれない。
零戦さんの実力は分からないが、同じSランクであればいい勝負ができそうだ。
「わかりました。それで行きましょう。場所は、良いところがあるのでご案内しますね」
俺はそう言うと、例の屋外型のフィールドである10階層へと案内する。
階層主は零戦さんを迎えに行くときに軽くぶっ飛ばしておいたので、今日はもう復活しない。
「まぁ、ここなら存分に戦えそうですわね」
彼女もお気に召したので興奮気味に頬を赤らめながらはしゃいでいる。
まるで子供のようにはしゃぐ彼女の姿を見て、俺は少しばかり和むのだった。
その後、俺と零戦さんは配信の流れを決め、配信を開始する。
「皆さん、こんにちはー。今日も土魔法の地位向上をさせていきたいと思いまーす」
今日は何とか無事に配信開始をすることができ、俺はカメラから離れてそう挨拶をする。
"こん"
"30階層攻略なしってマジ?"
"スペシャル配信ってなによ。攻略よりつまんなかったらオコだよ"
「内容についてはすみません! ただ、昨日急遽決まったために予定を変更せざるをなかったんです。そして、その内容なんですが……」
"なんだなんだ"
"もったいぶるな。股間が冷える"
「なんと! 特別ゲストにSランクの戦闘姫こと零戦さんにお越しいただきました! 実は、零戦さんから昨日の配信の後にお誘いが来まして、急遽予定変更したわけです」
"ヒェッ"
"あ、ふーん"
"惜しい男を亡くした"
"おかしい男を亡くした"
てっきり賑わうのかと思ったら、なんか思ったのと違う反応が返ってくる。
はて?
「皆様ごきげんよう。零戦でございますわ。リスナー様の中には私を知ってる方、もしくは私の宣伝からここへやってきた方、様々いらっしゃると存じますが……無粋なことはなさいませんよう、お願いいたします。…………ね?」
"ウッス"
"イエスマム"
"零戦様の仰せの通りに!"
"零戦さまバンザーイ"
"まさかこの配信で見れると思っていなかったので感激です!"
「あの、零戦さん。コメントが冷えていたのを立て直してもらったのは、あまり過激なことは。平和にいきましょう平和に」
「あら、申し訳ありません。差し出がましい真似をいたしましたわ。それでは、場があたたまっている内に早速始めませんこと?」
「そうですね。……はい、ということで今回はSランク同士の対人戦をお見せしたいと思います。いつもうちのリスナーさんにはあっけない勝負を見せてしまっているので、今日は土魔法の魅力をたっぷりお見せできると思います」
"よりにもよって"
"死ぬなよ"
"でぇじょうぶだ。ダンジョン内で生き返れる"
何やら気になるコメントを見かけたような気がしたが、すぐにピリッとした空気を目の前から感じたので臨戦態勢に入る。
「あぁ、ようやく、ようやくですわ。新宿駅ダンジョンに住むという稀有な男性。そんなの普通の人間であれば耐えられない。ならば、彼は特別な存在。しかも土属性でSランク。たぎる。たぎりますわ。あぁ、だめ、もう抑えられませんわ。最近は、手ごたえのないモンスターばかりで飽きてきたところ。彼はどこまで耐えられるのかしら」
少し離れたところに立っている零戦さんは、自分の体を抱きしめ何やらぶつぶつと小声でつぶやいている。
その間にもどんどん頬は紅潮していき、口は三日月のような形に笑みを浮かべ、瞳は狂気に満ちていた。
「あ、あの、零戦さん? 始めますよ?」
その豹変ぶりに戸惑いながらも、俺がそう声をかけた瞬間――零戦さんが目の前まで肉薄していた。
「は?」
そして、いつの間にか彼女の右手には煌々と光り輝く剣が握られており刀身部分が俺の首へと迫っているのだった。
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【TIPS】
運カスは伊達じゃない
【あとがき】
配信時のコメントが地の文と判別しにくいと指摘いただきましたので、
コメント部分を""で囲うようにしました。
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