ランク

 それから数日後、今日は日課の迷宮散歩の気分ではなかったので自室(カイに作ってもらった)のベッドの上でのんびりしていると、突如目の前の壁にモニターのようなものが現れる。


「カイ、これは?」


 ダンジョンに住んで10年。初めての出来事に頭に疑問符を浮かべながらカイに尋ねる。

 それに応えるかのようにモニターに映し出されたのはこのダンジョンの入口。

 そこには2人の男女が映っていた。

 ダンジョンに男女……いやごめんなんでもない。


 ……1人はこないだ出会ったアマリリス。

 もう1人は4、50代くらいの白髪交じりのおっさんだ。

 よく考えたら俺も既にアラサーだから若い子から見ればおっさん扱いか。へこむ。

 ずっとダンジョンに居たせいか特に体の衰えとかも感じないし、まだまだ若いと信じたい。


 と、少し脱線したが、どうやらこのモニターは家とかに設置されているモニターフォンの役割をしているらしい。

 こんな機能があるならもっと早くに出してほしかったものだ。

 そんなことを考えながらモニターを眺めていると、どうやらアマリリスが何かを叫んでいるようだ。

 

「声が聞こえないな……カイ、向こうの声って聞こえるようにできるか?」


 俺がそう言うと、それに応えるかのように徐々に向こうの声が聞こえてくる。


「……さーん! 宝仙さーん! 聞こえますかぁ! 聞こえてたら、入口まで来てくださーい! 私たちじゃ会いに行くの実力的に無理でーす!」


 なるほど、連絡方法をどうするかと思っていたがものすごく原始的な手段でやってきたな。

 これ、カイが優秀だからよかったが、もし俺が気づかなかったらどうする気だったんだろうな。


「まぁ、せっかく呼ばれているし無視するのもなんだから行くか」


 とは言っても、ここから俺が全速力で走っても最上層まで3時間ほどかかる。

 試しにこちらから話しかけようとしてみても、それは出来ないようだった。

 向こうに着くまでには流石に諦めるだろうなぁとか考えていたら、ブォンという音と共に床に魔法陣が現れる。


「カイ、もしかしてなんだけど……これってダンジョン入口まで飛ぶとかそういうやつ?」


 俺がそう尋ねれば「ピンポーン」とクイズ番組とかでよく聞くような音が響く。


「そういうのあんならもっと早く出してくんない? いや、別に今までは入口に用がなかったから別にいいんだけどさぁ?」


 言われなかったから出さなかったって? くそが!

 カイは何も言わなかったが、なんとなくそんな雰囲気がしたので毒づいておいた。


 今回は軽装にしようかとも思ったが、いきなり装備を変えた場合、俺だと認識してもらえない可能性もあるので、面倒だが以前と同じ全身鎧を装備することにする。

 あと、さすがに素顔で話をするのはまだ抵抗がある。

 前回も、顔を隠していたから話せてたっていうのもあるしな。

 そんなこんなでパパっと全身鎧を装着すると、俺は魔法陣に入り、入口へと向かうのだった。



「宝仙さーん!」

「なぁ、本当に居るのかい? 新宿駅ダンジョン発生時の探索隊で、かつ宝仙という名前の人間は確かに居たが、入口付近で消息不明。そこから一切情報がなかったんだよ?」

「えー、でも確かにそう名乗ってたし……」


 俺が入口までワープしてくるとアマリリスとおっさんがそんな話をしている。

 というか、やっぱり俺は消息不明扱いだったのか。

 まぁ10年間ダンジョンから出なければ当たり前だわな。


「すまない、待たせたな」

「あ、宝仙さん! よかった、そろそろ喉が枯れそうでしたよ」


 俺の姿を見たアマリリスは自分の喉を押さえながらホッとしたように微笑む。

 ていうか、あれからずっと叫んでたのかよ。

 なんというか、つくづく変わった子だ。


「えーと、君が宝仙さん……で良いのかな? 娘の話では10年前の探索隊に志願した、と聞いていたが」

「えぇ、その通りです。彼女にも話しましたが入口で最下層に飛ばされてしまい、それ以降はずっとダンジョン内で暮らしています……娘?」


 そこまで話したところで、俺は気になった単語に首をかしげる。


「あぁ、すまない。自己紹介がまだだったね。私の名前は天音あまねいわおと申します。彼女の父です」

「アマリリスって本名じゃなかったのか」

「いや、Diver名って言ったじゃないですか」


 俺の問いかけに対し、アマリリスが怪訝な顔をしながらそう答える。

 あぁ、そういえばそんなこと言ってたっけ。

 ハンドルネームみたいなもんか。


「私の本名は、天音リリって言います。配信中は身バレ防止の為にアマリリスって呼んでほしいですが、オフの時はリリで良いですよ」

「じゃあ、そうさせてもらう」


 リリの方が言いやすいしな。


「で、ですね。今回お父さんを連れてきたのは、宝仙さんのランクの決定をしてもらおうと思いまして。お父さん、実は日本のダンジョン課で働いててそこそこ偉い人なんですよ! だからランクの決定もできちゃうんです」


 と、アマリリス改めリリは自分のことのように自慢げに話す。


「はは、そんな大層なものじゃないけどね。……娘から聞いていると思うけれど、基本的にダンジョンに挑むにはそれ相応の覚醒者のランクが必要になるんだ。ちなみに、ダンジョン課って言うのはダンジョンの管理やルールの制定を行っているところだ」

「ここに住んでてもランクは必要なのか?」

「住む分には問題ないよ。ダンジョンに住むって言うのがまず想定されていないし、前例もないから。国で管理はしているが、国の物ってわけではないしね。ただほら……もしダンジョン配信をするなら、外聞がね?」


 と、周りに誰もいないのに天音さんはコソッと小声で話してくる。

 あー、まぁ確かにランクも何もないやつがSランク(らしい)ダンジョンの配信とかやってたらクレーム付けてくる奴も居るだろうしな。

 昔から「え、そんなところにクレームを⁉」みたいなの多いし。


「ちなみに、Sランクじゃなかった場合は?」

「その場合は、申し訳ないがこのダンジョンでの配信は出来なくなるね」

「えー? ここで配信できないのぉ?」


 天音さんの言葉に、リリは不満げに頬を膨らませながら文句を言う。


「ルールはルールだからね。お国がルールを率先して破ってしまったら秩序は成り立たなくなる」

「分かってるけどもぉ……。宝仙さん、頼みますからSランクになってくださいね!」


 Sランクの難易度がどれほどかは分からないが、なかなかの無茶ぶりだというのは天音さんの表情を見ればわかる。


「ちなみにランクの制定ってどうやればいいんだ? ダンジョンの外に出る必要があるなら、ちょっと気が引けるんだが。着ていく服もないし」


 私服、というか簡素な服は持っているが、外出用の服は持っていない。

 それに、久しぶりに外に出るとなるとちょっと怖い。

 出るにしても心の準備が必要だ。


「宝仙さんの引きこもり体質は無視するとして、服を用意する必要もあるのか。ふむふむ」


 さらっとすごいこと言ってないか、リリ。


「それに関しては問題ないよ。基本的にランクの決定はダンジョン内でやるからね。リリ、見せてあげなさい」

「はーい、!」


 リリがそう叫ぶと、彼女目の前にはゲームなどでよく見る薄いパネルのようなものが現れる。


天音リリ

饒舌なる赤き閃光

属性:炎

MP:100

STR:C+

INT:B-

VIT:B

DEX:A

AGI:A-

LUC:B-


「……おぉ、すごいなこれ。ますますゲームみたいだ」


 前からダンジョンはファンタジーやゲームのようだと思っていたが、これを見るとなおさらそう思う。

 ていうか、ステータスなんて見れたのかよ。


「まさにそう、ゲームのようなんだよ」


 俺がリリのステータスを繁々と眺めていると、天音さんが話しかけてくる。


「君がいなくなった当時、ステータスなんていうのは存在しなかった。だが、ある日、とある覚醒者が面白半分にステータスオープンと叫んだところ、リリのようなステータスが表示されてね。それをきっかけに、覚醒者のランクの制定も進んだんだ」


 はー、なるほどなぁ。

 だがまぁ、どこの誰かは知らないがステータスオープンと叫びたくなる気持ちはすごくよくわかる。

 いわば、通過儀礼のようなものだ。


「今は専門家も居るんだけど、彼らの研究によるとダンジョンは生物ではないかと言われている。そして、我々と共存したがっている」


 その言葉に、俺は不意にカイのことが思い浮かぶ。

 てっきり、だれか別の存在が俺のことを見ているのかと思ったが、もしやこのダンジョン自体がカイ……なのか?

 俺はちらりと天井を見てみるが、当然答えは返ってこない。


「そして、少しでも我々がダンジョンに挑みたくなるようにと、進化をしている。ダンジョン内で死んでも入口に戻される、ステータスの表示……倒したモンスターから手に入るドロップ品、なんかがね。特にドロップ品はダンジョンの外にも持ち出せるから、物によっては高値で取引されるんだ」


 なるほど、そんだけ環境が整えば、確かに挑みたくなってくるな。

 少なくとも命の危険はないわけだし。


「あ、じゃあこの間ドロップしたキングオークの棍棒なんかは」


 特に使い道はないのでリリに渡そうとしたのが、青ざめた表情で拒否されたので今は俺の倉庫に置いてある。


「あー、それなら多少の変動はあるけれど100万くらい、かなぁ。効果自体は何もないがキングオークの棍棒ってことでレアだからマニアなんかは欲しがるよ」

「ひゃっっ……」


 100万⁉ あんな簡単に手に入る棍棒が⁉

 確かに、リリも拒否するわな。

 そして、もう一度言う。そりゃ挑みたくなるわ。

 

「そんなので驚いてちゃだめですよ。ものによっては1000万クラスはザラですから。中には億がつくものも! ……まぁ、私はまだそういうのにはお目にかかったことないですけど」


 すげーなダンジョンバブルかよ。


「さて、話をステータスの方に戻そうか」


 天音さんの言葉に、俺はダンジョンドリームに浮かれながらも、リリのステータスに視線を戻す。


「これって、やっぱりGが最低でSが最高なんですか?」

「うん、基本的にランクはそれで統一されていいと思っていい。基本的に名前と、二つ名、覚醒者の扱える属性、それとステータスだね」

「二つ名はその人の性格や戦い方で決定されるみたいです。ダンジョンが決めてるって噂はありますが定かではないです」


 なるほどなぁ。

 改めてステータスを見れば、リリはいたって平均的で敏捷や器用さが高めって感じか。


「覚醒者のランクはステータスを見て決めるって感じだね。あとは功績なども含まれるけど、これはランクアップ時だから今は関係ないね」

「というわけで、さぁ宝仙さんのステータスのお披露目タイムです! キングオーク瞬殺してるくらいなので期待大ですよ!」


 と、リリがキラキラした目で見てくるのがすごいプレッシャーだ。

 自分の能力を客観的に見るのは初めてなので緊張してくる。


「……ステータスオープン」


 そして、俺はドキドキしながらもステータスを表示する。


宝仙 仁


超越者

深淵に堕ちし者

統べる者の加護を受けし者


属性:土

MP:530,000

STR:S

INT:S

VIT:S

DEX:S

AGI:S

LUC:G


 中二病も真っ青な俺のステータスを見て、リリはただ一言呟いた。

 

「草」


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【TIPS】

普通の覚醒者が新宿駅ダンジョンを全速力で踏破しようとしても数日かかる。

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