ダンジョンの主

「――っ」


 大剣によって一刀両断されたキングオークは、声なき叫びをあげながらモヤとなって消えていく。

 他のダンジョンはどうかわからないが、基本的にこのダンジョンでは倒したモンスターはこうしてモヤになって消えていく。

 おかげで死体の処理をいちいちやらなくていいのでかなり楽なのだ。

 そして、たまに倒したモンスターが装備していたものや毛皮などの素材っぽいものを落とす。

 ゲームで言うところのドロップ品だ。

 今回のキングオークは奴の持っているくそデカい棍棒をドロップしたらしい。

 ……棍棒ごと叩き切ったはずなのに、無傷の棍棒をドロップするとかそこら辺の処理はどうなってるんだろうなと思わなくもない。


「あ、あの……ありがとうございました」


 俺がダンジョンのガバ処理について思いをはせていると、後ろから声をかけられる。

 あぁ、そうだそうだ。

 女の子がキングオークに殺されそうになってたから助けたんだった。

 キングオークはこの階層では強い部類には入るが、俺の近所にポップするデュラハンに比べたら格段に弱い。

 その巨体から繰り出されるパワーには目を見張るものはあるが、それだけだ。

 動きは鈍重だし頭も悪いのでゴリ押しで倒せてしまう。

 そんな比較的、対処が楽なモンスターに苦戦するような人間がダンジョンに入ってくるなよと内心思いながらも俺は振り向いて――止まる。


 肩で切り揃えた赤い髪。

 猫を彷彿とさせるような琥珀色の瞳。

 すっきりした顔立ちで美少女と形容するにふさわしい10代後半くらいの女の子がへたりこんで、涙目になりながらこちらを上目遣いで見ていた。


「おっふ」


 別に女性との会話が苦手とかそんなこともないが、何せ数年ぶりの異性――というか俺以外の人間だ。

 無菌培養されたところへ美少女を放り込まれたら変な声も出てしまうというものだ。


「おっふ?」


 俺の呟きが聞こえたのか、美少女は不思議そうに首をかしげる。


「い、いや……ん゛ん゛! 何でもない」


 俺は久しぶりの会話に言葉を詰まらせながらも、何とかそう答える。

 今回、全身鎧をチョイスして正解だった。

 軽装のままだったら、間違いなく今のきもい顔を見られてドン引かれていただろう。

 ――軽装と言えば、目の前の美少女もえらい軽装だ。

 せいぜい、金属製の胸当てにガントレット手甲グリーブすね当てとダンジョン舐めてるのかと言いたい。

 可愛ければすべて許されると思うなよ、おぉん⁉

 許す!


 うん、久しぶりの人間にちょっとばかしテンションがおかしくなっているな。


「それじゃ、俺はこれで……」


 これ以上会話をしているとボロが出そうだと察した俺は、ピンチのところに颯爽と駆け付けたヒーローのイメージのままでいようと思い、そのままそそくさと立ち去ろうとする。


「ま、待ってください!」


 しかしまわりこまれてしまった!

 立ち去ろうとしたところ、美少女がミナミコアリクイのようなポーズで立ちふさがる。


「あ、あのこのダンジョンってアキバダンジョンでしょうか? アキバダンジョンにキングオークが出るなんて聞いたことなくて……」

「アキバダンジョン? ここは新宿駅ダンジョンだぞ」

「新宿駅ダンジョン⁉ え、なんで⁉ 世界最古にして梅田駅ダンジョンに並び立つ超高難易度ダンジョンじゃないですか! なんで私がそんなところに居るんですか⁉」


 それはこちらが聞きたい。

 というか梅田駅もダンジョンになってるのかよ。ウケる。


「あ、もしかして噂の別ダンジョンにワープするっていう凶悪トラップ……? 運が悪いけど、配信のネタにはなるかな……」


 何やら騒いだと思ったら、今度は何やらぶつぶつと独り言を話し出す美少女。

 見た目は美少女だが、中身はなかなかおもしれー女らしい。

 嫌いじゃないよ、そういうの。

 なんというか、最初は突然の美少女にテンパっていたが一周回って冷静になってきた。


「あの! ソロで新宿駅ダンジョンまで潜れるってことはかなりの実力者なんですよね? もしダンジョン配信やってましたらコラボしませんか⁉ あ、私はDiverのアマリリスって言います!」


 俺がそんなアホな事を考えていると、何やら彼女の中で考えがまとまったのかそんなことをまくしたててくる。

 ダンジョン配信ってなんだよとかDiverってなんだよとか色々ツッコミどころが多すぎる。


「えーと、何やら色々分からないこと言われたんだけど、まず俺は別にダンジョンにソロで潜ってるわけじゃない」

「え、他にお仲間がいらしたんですか?」

「そうじゃない。そもそも、俺はここに住んでるんだ」

「誰が?」

「俺が」

「どこに?」

「ここに。もっと言うと、ここからずっと下……最下層が俺の拠点だ」


 俺がそう答えると、アマリリスと名乗る少女はフリーズしてしまう。

 それからたっぷり10秒フリーズした後、おもむろに口を開き、


「ファーーーー!」


 と愉快な叫び声を上げるのだった。



「大変お見苦しいところをお見せしました」


 何とか落ち着きを取り戻したアマリリスは、申し訳なさそうな顔をしながらぺこりと頭を下げる。

 現在、俺たちはダンジョンの出口に向かっている。

 なんでも、アマリリスの話では、本来は秋葉原にある低ランク(ダンジョンと覚醒者にはランク付けがされているらしい)のダンジョンに挑んでいたはずなのだが、トラップに引っかかり、このダンジョンへ飛ばされてしまったらしい。

 んで、彼女の実力では到底出口までたどり着けないので、ついてきてほしいとのことだった。

 最下層に飛ばすトラップもそうだが、ダンジョンのトラップって普通に意地が悪いよな。


 そんなこんなでお互いに事情や、外でのことを聞きながら出口を目指す。

 最下層を拠点にしている俺からすれば、上層のモンスターなど雑魚も雑魚なので、こうして雑談しながら進めるというわけだ。


「それにしても災難でしたね。入口でいきなり最下層に飛ばされてしまうなんて……何年くらい住んでるんですか?」

「最初はまぁ、躍起になって出口を目指してたけど住めば都って感じで今では満喫してるよ。どれくらい住んでるかは……ちょっと数えてないからわからないけど、このダンジョン発生時に探索隊として志願したから、その時から……かな?」


 俺がそう答えると、アマリリスはギョッとした表情でこちらを見る。


「新宿駅ダンジョンが発生したって言うと、10年前じゃないですか⁉ え、そんなにダンジョンに住んでるんですか⁉」

「あー、10年かぁ。思ったより長く住んでたなぁ」


 ダンジョン生活が予想以上に快適だったので気づかなかったが、思ったより月日が経っていたらしい。


「もはやダンジョンの主じゃないですかそれ。そりゃ、そんだけ新宿駅ダンジョンに住んでたら強くもなりますよね……」


 と、アマリリスは腕組みをしながら納得したようにうなずく。


「そんなわけで俺はダンジョン発生後からの外のことを全く知らない。だから、そのダンジョン配信? とかDiverについても教えてもらえると助かる」

「わっかりました! このアマリリスお姉さんがばっちり教えちゃいます!」


 俺の言葉に、アマリリスはフンスと鼻息を荒くしながら、ドンッと慎ましやかな自分の胸を叩く。


「まず、ダンジョン配信というのは娯楽の1つです。いろんな動画配信サービスがあるんですけど、覚醒者たちはこのダンジョンドローンを使って、各サイトでダンジョン攻略の様子を配信して収益などを得るんです」


 あぁ、ずっと気になってたけどアマリリスの周りでふよふよ浮いてたのカメラドローンだったのか。

 説明を聞く限り、俺の時代にもあった動画配信サービスサイトによる生放送や動画配信がダンジョンにシフトしたものと考えてよさそうだ。

 覚醒者の増加、戦闘技術の発達、ダンジョンの解明が進み今ではこうして娯楽の1つになったのだそうだ。

 それに伴って、ダンジョン内で死んでも入口に戻されるだけというのを利用し、自分の実力に見合わない高難度のダンジョンに挑む覚醒者やダンジョン配信者――Diver潜る者――が増え、マナーの悪化などにもつながったため、世界各国は覚醒者とダンジョンのランクを制定。

 一番下はG、トップはSとして自分のランクよりも上のダンジョンに挑むにはそのランク相応の人とパーティを組まなければいけない、としたらしい。


 ダンジョン発生時からファンタジーっぽいなと思っていたが、ランクなども出てきていよいよファンタジーめいてきたな。

 ちなみにアマリリスはBらしい。

 さらに言うとキングオークはS相当ということだった。


「キングオークがSぅ? よくてCくらいじゃないの。下層に行くと、もっと強いのとかゴロゴロしてるんだけど」

「あくまで最高ランクがSってだけなので、同じSでもばらつきはありますね。……というかキングオークに対してそんなこと言えるの、たぶん宝仙さんだけですよ」


 確かに、強いのが現れる度にS、SS、SSSとかやってたらキリがないしな。

 とかなんとかそんなことを話していると、ようやく出口が見えてくる。

 実を言うと、ここには何度か来たことがある。

 たぶん、3~4年くらいしてからここまで来れた記憶はあるのだが、そのころにはすっかりダンジョン生活に馴染んでいたため、外に出る気にはなれず見るだけとなっていたのだ。


「うわぁ、あの新宿駅ダンジョンを何の苦も無く進めるなんて夢みたい……」


 と、アマリリスは謎の感動をしている。


「あの、本当に一緒に来ないんですか?」

「あぁ、いまさら外に出る気にもならないしな。ダンジョン配信については、ちょっと興味あるし考えておくよ」


 収益とかは別に興味ないが、ダンジョン配信自体は楽しそうだ。

 なんだかんだ彼女との会話も楽しかったし、10年も他人と関わらなかったせいで他者との交流に予想以上に飢えていたらしい。


「はい、次来るまでにはいいお返事を聞けることを願ってます! それじゃ、改めて助けていただきありがとうございました!」


 アマリリスはそう言うとぺこりと頭を下げてダンジョンの外へと出て行った。


「……そういえば、連絡とかどうするんだろうか」


 その後、お互いの連絡方法を全く決めていなかったことに気づき、俺はそうつぶやくのだった。


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【TIPS】

東の新宿駅ダンジョン

西の梅田駅ダンジョン

この2つは世界でも屈指の難易度を誇り、日々拡張されているため未だに踏破者がいない。


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