第9話 私は私


エドワード。エドワード! そう言うことだったんだ。王墓の森でのプロムも、禁断の森への誘いも、あの穴に落ちたのも、試しの門も、全部エドワードの企て。私はエドワードにだまされていた。私をこの国の女王にするために。


……エドワード。私はあなたに「ラナ」と呼ばれるのが好きだった。


「私はラナ。ラナ・ノーマン。出口には向かわない」


エドワードは私の言葉に返事もせずに、頭を下げたまま動かなかった。何か考えていたのか、しばらくして立ち上がった。


「確かに僕は君をだましていた。でも、僕は気付いてしまったんだ、僕らが一緒にいてはいけないことを。僕が気付いたのなら、きっと誰かも気付く。カムデンとフレーザー家はそもそも不倶戴天ふぐたいてんの敵同士。ノーマン家の君と僕が一緒にいれば尚更、怪しいと思う者も出よう。だがら、僕は君と距離をとったし、秘密裏に動いた。でも、それはこの国のためではないんだ。レイヴィンクロフト王家のためでもない。ましてやフレーザー家のためでもない」


エドワードはそう言うとまた腰を下ろした。今度は足を放り投げている。


「はぁー。話せてスッキリしたよ。実際、僕は君がどこのだれなんてどうでもよかったんだ。君は君だ。なぁ、そうだろ?」


エドワードは今まで見たことのない満面の笑みであった。


「そんなところに突っ立ってないで、さぁ、ここに来なよ。僕らだけしかいないんだ。いがみ合っていてもしょうがないだろ」


エドワードの輝く瞳に吸い込まれるように、私はエドワードに向かった。そして、膝を抱いて丸まるように、エドワードの横に座った。


「ごめんな。僕はただ、君とずっと一緒にいたかっただけなんだ。君が出口に向かわないというならそれでいい。こうして君と一緒にいられるんだ。僕はずっとそう望んでいたんだしな。君は僕と一緒じゃ嫌かい?」


嫌ではない。私はどうしようもなくエドワードが好きだ。首を小さく横に振った。


「よかった。ぼっとしたよ。せっかく二人っきりになったのに嫌がられてたんじゃぁ、目も当てられないからなぁ」


エドワードは声を上げて笑った。その声につられて、うつむき加減の私は顔を上げた。エドワードを見る。


「前から思っていたんだが、やっぱりハニーブラウンの髪にヘーゼルの瞳はよく合う」


ドキッとした。この言葉は私にとって魔法の言葉だった。初めて話した時、私はエドワードに魔法にかけられていた。


「あ、そうだ。僕にはまだ言い残したことがあった。言うか言うまいかいつも迷っていた」


私は違う意味でドキッとした。体がこわばる。


「なに?」


エドワードはまた笑った。


「大丈夫。もういじめたりしないよ。言いたいのは僕の気持ちさ。僕はまだ君に一度も話したことがない」


地下道は静かだった。まるで時間が止まったようだった。私は息を殺してエドワードの言葉を待った。


エドワードは私の目を見て、はっきりと言った。


「愛している。僕は君を愛しているんだ」


……愛している。今、愛していると言った。


エドワード………。


なぜか涙が込み上げて来た。私もよ。ずっと愛していた。泣いている私をエドワードがそっと抱いてくれた。


私はエドワードに体を預けるように、その胸に顔をうずめた。エドワードの匂い、心臓の鼓動。私はだれでもない。私は私。


エドワードの手が私のあごに触れた。向き合うよういざなわれる。私たちは見つめ合って、エドワードの唇が私の唇に重なった。私は目を閉じた。エドワードの腕に、胸に抱かれている。


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