第5話 地下宮殿


「大丈夫なの?」


エドワードに寄り添うとエドワードはしっかりと私の手を握ってくれた。


「そんなに奥にはいかないよ。ちょっとだけだ。それに僕はこの森を熟知している」

「来たことがあるんだ」

「卒論を書いただろ。それに僕の家には王墓の森の古文書やら設計図面やらの資料が山ほどある」

「でも、人が消えたりするんでしょ」

「君は魔法を信じるのかい?」


エドワードは黒く輝く瞳で私を見つめた。魔法があれば私はこんなに苦しまない。首を横に振って見せた。エドワードは笑顔でこたえ、歩を進める。私も寄り添い、付いていく。


「ラナ。星が方角を教えてくれているよ。航海の授業で教わっただろ。あの一番輝く星が僕たちに道を教えてくれる」


星降るような夜だった。私たちはいくらか歩き、立ち止まった。もう音楽も貴族の声も聞こえない。


胸がドキドキしている。私たちは長い間、見つめ合っていた。エドワードはおもむろに私の肩を抱いた。私はそっと、エドワードの硬い胸に顔をうずめる。


いい匂い。エドワードの心臓の鼓動が聞こえる。体温も感じる。心地よい音に暖かさ。いつまでもこうしていたい、と思ったその時、足場が抜けた。


エドワードの手が私の頭をおおい、もう一方の手がぐっと腰を引きつけていた。私たち二人は抱き合ったまま落下していた。


木の根や枯れ枝、ツルや木の葉にまみれ、私たちは水面に叩きつけられた。泡にもまれる中をエドワードは私を抱き締め、水面を目指していた。


水面から顔を出すと私たちは大きく息を吸った。エドワードの強いまなざしが目の前にあった。


「大丈夫か?」

「ええ」


私たちが落ちて来た穴が天にポカリと明いていた。そこから月光が射し、なんとなく周囲は見えた。トンネルのようなところだった。


「上がろう」


エドワードの視線の先に岸があった。幅1メートルほどの石畳の通路である。私たちがいるのは水路のようなものだった。幅は5、6メートルで、深さは結構あった。私たちは岸に向かった。


私を岸に押し上げ、エドワードも上がった。通路は奥へ奥へと進んでいて暗闇の中に消えている。


「ケガはないか」

「ええ」


「どうやらここは地下宮殿の風導管のようだ」

「地下宮殿?」

「そうだ。地上にある御霊廟は二代以降の王が眠っている。初代アルバート1世のみが地下宮殿に眠っていると言われている」

「ここがそこにつながっているというの」

「ああ。おそらく水路は雨水溝うすいこうだろうな。給排気の縦穴から入って来る水を受けてどこかの池か川に排水している。通路は間違いなく宮殿に向かっている」


縦穴から射す光で私たちの周りはなんとか見ることが出来た。水面には多くの木の葉や枯れ枝、つるなどが浮いている。おそらくは空気孔くうきこうにつるが這い、その上に枯れ枝や木の葉が落ちて穴を塞いでいだのだろう。天然の落とし穴だ。


「これが神隠しの正体か。魔法でも何でもなかった」


エドワードの顔に笑みがあった。全く動じていない。


「でも、どうするの? 助けを呼んでも誰も来ない」

「宮殿に向かうさ。そこから歩いて地上に出る」

「でも、明りが必要よ。先は真っ暗で歩けない」

「大丈夫。僕らはキャンプに来たんだ。明りは用意してある」


エドワードはポケットから四角い箱を取り出した。開けると火打石と火打金、ホグチが入っていた。


「この箱は防水加工してある。君は世界を股にかけるんだろ。一生王都暮らしの僕には不要の長物だ。あとで君にあげるよ」


別のポケットからロウソク二本と革手袋も取り出す。火打石にホグチをのせ、火打金で叩く。簡単にホグチに火がついた。


ロウソクに火がともった。火打石と火打金、ホグチが箱にしまわれ、その箱と共に革手袋の左手が渡された。エドワードは右手に革手袋をはめた。そして、ロウソクを持つ。わたしもそれにならい左手に手袋をし、ロウソクを持った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る