第3話 追放と契約


「セシリアも大満足だ。さんざん酒を飲ませて、その後でダンスだ。僕らは皆のアンコールに応えて何度も踊ったよ。今はテントでメイドの介添かいぞえを受けている。やり切ったらしく、ベッドでよだれを垂らしてグーグー寝入っているってよ」


無理だと思っていた野外プロムだったが、驚くことに許しが出た。出したのは他でもない、なんと時の最高権力者執政デリック・カムデンである。愚王モーガン7世が跡継ぎを残さなかったことでルドベキアは王不在の王国となっていた。今の彼の言葉は王の言葉も同然だった。


許しが出た時、どんよりしていた学園内に歓声が上がった。エドワードはヒーローだったが、この時もまたヒーローだった。


「バカな女だ。セシリアだけじゃない。王都では君以外、どうしようもないやつらばっかりだ。君がいなくなるなんて考えたくもない」


私は答えることが出来なかった。エドワードが私にどんな答えを求めているのか。でも、エドワード。あなたと私は身分が違い過ぎる。それに私にはやらなければならないことがある。


14才のある夜、兄のイーサン・ノーマンが突然私の部屋を尋ねて来た。父が亡くなってイーサンがノーマン家の当主となっていた。


「ラナ。君は15才になったら王都ガイガルディアに行くんだ。そして、キングズ・カレッジに入る」


もう決定事項らしい。母のサラは猛烈に反対したらしい。一族の恥を世間にさらすだけだと主張した。過去、兄のイーサンは一度も母に逆らったことが無かった。いいなりだと言っていい。


私にはもう一人兄がいた。次男で名をベネリクトといった。私の4っつ年上で、父を失ってから家族の中で唯一の味方だった。母が兄のイーサンばかりをかまっているので反発心もあっただろう、私と同じ父が大好きだったということもある。


私の夢は貿易商を営むことだった。それを聞いたベネリクトはことのほか喜んだ。女だてらに世界を股にかける。そんな女性はいまだ皆無だ。


そのことを、ベネリクトは兄のイーサンに話したらしい。


「ラナよ。お前はなぜ、母上に嫌われているか分かるか」

「嫌われている? そうでしょうか。そのように感じたことはございませんが」


イーサンは鼻で笑った。


「妹のメアリーがどう育てられているか知らぬお前ではあるまい。いつでも社交界に出られるようにと母上が作法を直接教授している。ダンスとか、服装とか、相手の選び方とかも。対してお前はどうだ。母上がお前に何を与えた」


「私が考えることではございません。お母様にはきっと深いお考えがおありになるのです」


「そういうところだよ、ラナ。私にはお前がどう見ても女郎屋や刀鍛冶の娘の血が入っているとは思えない。ノーマン家の誰よりも頭がキレるしな。もしかしてお前の本当の母親は大貴族の娘なんじゃないか、と母上は勘ぐっている。そして、母上は、自分よりその者を夫は深く愛したのではないかと、そんな妄想に取りつかれている」


イーサンは私の肩を掴んだ。その手は痛いほど強かった。


「お前はここへはもう戻れない。キングズ・カレッジは教養の他に貴族の子息子女に領地の経営や経済、産業保護育成のノウハウを教える。私も授業を受けた。だから分かる、お前なら出来ると。お前には銅貨一枚たりとも遺産は渡さん。これはノーマン家からの投資だと思ってくれ。お前が財を成したなら、私に税を納めろ。私もお前にむくいてやる。我領土で自由に商売するがよい。金が集まるところには人が集まる。我領地の発展に寄与してくれ」


遺産も渡さない。私は追放されたも同然だった。しかも、成功したら戻って来いと。


いい厄介払いだと母は納得したそうだ。ただ、イーサンは庶子が入れないキングズ・カレッジに大金を配った。


そんなことを忘れてしまい私は二年生の夏、エドワードと過ごして自分を失っていた。図書館から一緒に帰るようになって、家では手料理もふるまった。私は王都のノーマン邸で暮らしていない。


イーサンが母と約束したことであった。私はもうノーマン家の敷居しきいはまたげない。王都で家を借り、そこで暮らしていた。私は自炊が嫌いではない。自炊は亡き父ガイとの思い出が詰まっていた。


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