少年×カブトムシ×お姉さん=世界崩壊!?
真狩海斗
🌳
ふと、少年時代の夏の出来事を思い出した。
もう20年以上前になるだろうか。
まだ小学生の私とカブトムシ、謎のお姉さん。そして世界崩壊の危機。そんな夏の出来事を。
神社の裏の雑木林。その中でも一際太い樹、その幹でカブトムシが黒く輝いている。昨夜塗った樹液に、上手く群がってくれたようだ。
私は、息を潜めて近づく。虫捕り網を握る手に、力が入る。まだ早朝なのに、これほど暑いとは。緊張と暑さで顔に汗が浮かぶ。顎を伝って、大粒の汗がポタリと落ちた。それが合図であるかのように、私は静かに、虫捕り網を構えた。
背後に人の気配がした。誰も居なかった筈なのに。不審に思い、振り返る。女性が立っていた。輝くような白いワンピースと、爽やかな麦わら帽子が似合っている。長く艶のある黒髪が、風で緩やかに靡いていた。この辺りの田舎では見かけないような美人だ。
しかし、今はカブトムシ捕りの真っ最中である。美人とはいえ、邪魔は困る。私が軽く睨むも、お姉さんはニコニコと微笑むばかりで立ち去る様子はない。
仕方なく意識を切り替え、眼前のカブトムシに集中する。スゥーッと息を吸い、吐く息とともに虫捕り網を振り下ろす。捕った。網の中で暴れるカブトムシを見て、安堵する。
ハッとして振り返る。お姉さんに横取りされることを警戒した。しかし、お姉さんの姿は既にそこには無かった。
以降、同様のことが幾度も続いた。次第に、私も一定の法則が存在することに気づく。
まず、謎のお姉さんが出現する条件は2つあり、①カブトムシ、②私が虫捕り網を構える(※なお、この"私"の部分が、"私"に限られるのか、或いは"少年"や"人間"でも条件に合致するのかは現段階では不明。)。この2つの条件(以下、"お姉さん出現条件"と呼ぶ。)である。
上記お姉さん出現条件を同時に満たすことで、私の背後にお姉さんが出現する。お姉さんの出現位置は、私の背後20cm程の地点。その際、一切の音はない。
次にお姉さんの容姿について述べる。身長は160cm前後。服装は、つばの広い麦わら帽子、真っ白のワンピース。髪は黒く、真っ直ぐ、艶があり、その長さは腰にまで達する。肌は、まるで陶器のように、シミも毛穴も1つもない。その全てが人工的であった。ただし、お姉さんには実体があり、幽霊やホログラム映像のようなものではない。(※これは、カブトムシ捕りの邪魔にならないようにお姉さんを押し除けた際に確認した。)
逆にお姉さんが消失する条件(以下、"お姉さん消失条件"と呼ぶ。)も判明している。それは、カブトムシ捕りに決着がつくこと。例えば、私がカブトムシを捕まえる。或いは反対に、カブトムシが遠くに逃げる。いずれにせよ、カブトムシ捕りに決着がつくと同時に、音もなく、お姉さんは姿を消していた。
その日、6匹目となるカブトムシへ向けて、私は虫捕り網を構えた。これがお姉さん出現条件を満たしたことにより、私の背後にお姉さんが出現するが、もう気にも留めない。この1日で慣れたことだ。だが、これが思いがけない事態を引き起こす切っ掛けとなる。
カブトムシに向けて、一歩ずつ距離を縮めていき、射程圏内に入ると、素早く虫捕り網を振るった。しかし、察知したカブトムシが飛び上がったため、この網は空を切る。カブトムシは数秒飛行すると、速度を緩めて降下し、お姉さんの胸元に止まった。お姉さんの出現が継続していることから考えると、これはカブトムシが遠くに逃げ切ったわけではないと判断されたのだろう。すなわち、カブトムシ捕りの決着はまだついていない。私は、お姉さんの胸元のカブトムシを標的に、虫捕り網を再度構え直した。
直後、気配を感じた。前方のお姉さんに対してではなく、背後にである。振り返ると、2人目のお姉さんが出現していた。恐らくは、私がお姉さんの胸元のカブトムシに虫捕り網を構えたことで、お姉さん出現条件を満たしたのだろう。それ自体はそれほど驚くことではない。
驚くべきは、最初に出現したお姉さん(以下、"お姉さんA"と呼ぶ。)と2人目のお姉さん(以下、"お姉さんB"と呼ぶ。)の容姿が全く同じだったことだ。似ているとか姉妹とかそういったものではなく、全く同じ。コピーとしか思えなかった。その証拠にお姉さんBの胸元にも、お姉さんAと同じカブトムシが止まっていた。
現実離れした状況に一瞬固まった私であったが、考えを切り替えて喜ぶ。何はともあれ、カブトムシが2匹に増えたのだ。
ではまずは、と、お姉さんAのカブトムシを捕まえようとして、一旦、立ち止まる。
仮に、私がお姉さんAのカブトムシを捕まえた(若しくは逃した)場合、カブトムシ捕りに決着がついたこととなり、先述のお姉さん消失条件に従い、お姉さんAは消失することとなる。
次に、ここからは仮定になるが、お姉さんBはお姉さんAのコピーという関係上、お姉さんAの消失に伴い、同時に消失してしまうのではないだろうか。
それでは、お姉さんAのカブトムシ、お姉さんBのカブトムシの2匹が存在しているにも関わらず、最大で獲得できるカブトムシはお姉さんAのカブトムシ1匹となってしまうのではないだろうか。いや、お姉さんBのカブトムシを捕ることは可能か。(※恐らく、お姉さんBのカブトムシを捕る際に、私の背後にお姉さんCが出現するが、これは考慮に入れないこととする。お姉さんCのカブトムシについては、お姉さんBのカブトムシ捕りの決着と同時にお姉さんCごと消失するため、獲得はできないものと思われるからである。)
この状況を活かしてカブトムシを大量に手に入れる方法があるだろうか。真っ先に思い浮かんだ方法が、①お姉さんAのカブトムシに向けて虫捕り網を構える、②同時に背後にお姉さんB及びお姉さんBのカブトムシが出現、③お姉さんBのカブトムシを獲得、④以下、①②③を繰り返す、というものだ。
しかし、これでは、何度も構え直す手間がかかり、正直面倒くさい。何かもっと効率的な方法はないものだろうか。足し算ではなく、掛け算のような。
天啓。名案が降りてきた。それを試す前に、まず、その前提となる条件を検証することとする。私は、お姉さんBに虫捕り網を持たせると、お姉さんBの腕を取り、お姉さんAのカブトムシに向かい合わせる。これで、お姉さんBがお姉さんAのカブトムシに対して虫捕り網を構えた形となる。仮定が正しければ、先述のお姉さん出現条件を満たすこととなり、お姉さんBの背後にお姉さんA及びお姉さんAのカブトムシのコピー(以下、"お姉さんC"及び"お姉さんCのカブトムシ"と呼ぶ。)が出現する。
しかし、何も起こらなかった。考えられる失敗の要因は、お姉さん出現条件②のカブトムシに虫捕り網を構える主体として、お姉さんBが含まれていないことである。ここで問題となるのが、お姉さん出現条件の主体となるのが、私に限られるのか否かである。前者であれば、私の計画は破綻する。後者の可能性にかけ、お姉さんBの容姿を私に近づける。私のキャップ帽を被せ、長い髪をその中にしまい込ませる。上半身だけを見れば、少年に見えなくもない。その状態で再度、お姉さんAのカブトムシに対して虫捕り網を構えさせた。
今度は成功した。お姉さんBの背後にお姉さんC及びお姉さんCのカブトムシが出現した。私は安心する。恐らく、お姉さん出現条件②のカブトムシに虫捕り網を構える主体されていたのは、"少年"(というか"虫ガキ")であったのだろう。お姉さんの容姿を虫ガキに近づけて誤認させることで、この条件を満たしたのだと考えられる。これなら、カブトムシ大量捕獲計画を次の段階に進めることができそうだ。
お姉さんAにも先程のお姉さんBと同様の処置を施す。予備の虫捕り網を構え、予備のキャップ帽を被り、髪をその中にしまい込んだ状態のお姉さんA(以下、"お姉さんA ver2"と呼ぶ。)が完成する。(※なお、この間にお姉さんAのカブトムシが逃げてしまわないように、作業前にお姉さんAの服に樹液を塗っている。)
次に、お姉さんA ver2の背中に、私がその日に捕獲したカブトムシ全5匹を乗せる。そして、お姉さんA ver2の背中(正確には、背中のカブトムシ)に向けて私が虫捕り網を構える。
これは、お姉さん出現条件を満たすので、私の背後にお姉さんA ver2及びお姉さんA ver2の胸元1匹と背中のカブトムシ5匹のコピー(以下、"お姉さんB ver2"、"お姉さんB ver2のカブトムシ"と呼ぶ。)が出現することとなる。後ろを振り返り、虫捕り網を構えたお姉さんA ver2 Bの出現を確認すると、私は右に3歩移動した。
直後、お姉さんが、まさに爆発的に増殖した。凄い速度でお姉さんの列が続いていく。一瞬で100人以上になったのではないだろうか。1番遠くのお姉さんの姿はもはや豆粒ほどになっている。こうしている今も、ペースは一向に落ちず、お姉さんの増殖は続いている。
何が起こったのか。お姉さんA ver2、私、お姉さんB ver2の直列から、私が離脱したことにより、この列は次のように変化する。
①虫捕り網を構えるお姉さんA ver2
②お姉さんA ver2のカブトムシ(背中)
③②に対して虫捕り網を構えるお姉さんB ver2
これは、お姉さん出現条件を満たすこととなり、お姉さんB ver2の背後に、虫捕り網を構えた姉さんA ver2及びお姉さんA ver2の胸元1匹と背中のカブトムシ5匹のコピー(以下、"お姉さんC ver2"、"お姉さんC ver2のカブトムシ"と呼ぶ。)が出現する。
お姉さんB ver2の背中にもお姉さんB ver2のカブトムシが5匹乗っているため、お姉さんC ver2は出現と同時にお姉さんB ver2のカブトムシに虫捕り網を構えることとなり、これもまたお姉さん出現条件を満たす。これが無限に続くこととなり、お姉さんとカブトムシが爆発的な速度で増殖する(以下、"爆発的無限増殖お姉さん"と呼ぶ。)こととなった。
計画が上手くいき、カブトムシを大量に捕獲できると喜んでいた私だったが、あまりの速度に流石に恐怖を感じ始めていた。爆発的無限増殖お姉さんの影響で、木々が何本も薙ぎ倒され、関係があるのかは不明だが、遠くで悲鳴も上がっていた。私の顔から血の気が引いていく。もし仮に、爆発的無限増殖お姉さんが止まらなければ、と考える。
電柱をへし折り、家屋を潰し、ビルを倒壊させ続ける爆発的無限増殖お姉さん。
嘆く人々。それを押し潰す爆発的無限増殖お姉さん。怒りを表明する各国首脳。それを押し潰す爆発的無限増殖お姉さん。神に祈る人々。それを押し潰す爆発的無限増殖お姉さん。神。それを押し潰す爆発的無限増殖お姉さん。
陸。海。空。爆発的無限増殖お姉さんで埋め尽くされ、生命の枯れ果てた地球を想像して青ざめる。とんでもないことをしでかしたのかもしれない。
背に腹は変えられない。私はお姉さんA ver2に駆け寄ると、胸元のカブトムシ目掛けて虫捕り網を振りかぶる。捕まえた。これは、お姉さんA ver2に関するお姉さん消失条件を満たすこととなり、お姉さんA ver2は消失する。ここからは賭けだった。お姉さんB ver 2に目を向ける。心臓がドクンと脈打った。お姉さんB ver 2は消失した。賭けに勝った。お姉さんA ver2が消失したことで、先述の仮定のとおり、コピーであるお姉さんB(C、D、E………以下、無限) ver 2も消失することとなったのだ。残念ながら、事前に捕獲していたカブトムシ5匹はお姉さんA ver2の背中に乗せていたため、お姉さんA ver2ごと消失してしまい、結局この日の収穫はカブトムシ1匹だけとなった。早朝からの労力を考えると割に合わない収穫だが、とても輝いて見えた。飽きることなく、何時間も、その小さな躰を眺めていた。
夏。
カブトムシ。
虫捕り少年。
ニコニコと微笑む白いワンピースのお姉さん。
あれはもしかすると、"完璧な夏"を求める人々の心が創り出した世界のプログラム。そして、そこから生まれたバグだったのではないだろうか。
大人になった今はそう思う。
あのカブトムシ、結局1年そこらで死んでしまったな。そんなことを思い出しながら、コタツの中で丸まっている猫を撫でる。ふとコタツの上に目をやると、ミカンが爆発的に増殖していた。
さて、どうしたものか。
コタツの中で猫がニャオと鳴いた。
少年×カブトムシ×お姉さん=世界崩壊!? 真狩海斗 @nejimaga
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