第3話 Case2.妻子を忘れられなかった男(特例)

 肉まん先輩は最初の一人目が終わった瞬間、誰かに呼ばれて行ってしまった。俺はここで待つように言われたので大人しく待っている。


「新人、喜ぶアルヨ。特例アル」


「特例?」


「見たらわかるアル」


次にきたのはやせ細り、頬はこけこい隈がくっきり浮かんだ男性だ。


「クレーム課はここでしょうか…」


消え入りそうな声で聞いてくる男性は恐らく三十代前後ろうか。


「そうアルヨ」


「私は死んでから異世界に飛ばされたんですけど。元の世界に妻子を残していて…。何故か、異世界に来てから異常なんですよ!全てが!元の世界に戻れないなら妻と子を想いながら暮らそうと思って山奥で暮らしていたんですが…」


 うつろな目にどんどん涙が溜まって、声も嗚咽まじりになってきた。


「街に下りて食料とか生活用品を買うたびに変な痴女に遭遇したり、その痴女が家にまでおしかけたり、八つ当たりされたり、意味わかんないこと言って変な罪着せてきて、畑を荒らすだけ荒らして私物を盗まれたことも一度や二じゃないんです!兵士や騎士に話しても彼女たちは高名な冒険者だとか令嬢だからありがたいと思っとけとか、惚気かだとか全然話しを聞いてくれなくて…」


 そう言って泣き出してしまった。この人は「チョロインメーカー」と絶望的に相性が合わなかった人だ。たまにいる。じゃあ、「チョロインメーカー」スキルが要るか要らないか許可制にした方がよくないかと思うだろう。許可制の時代もあったらしいがスキルを利用してかなり好き勝手やった奴がでたらしく許可制は取り消しになった。


「お願いです…妻と息子に会わせて下さ…」


泣きながら懇願する男を見ると胸が痛む。妻子がいても「チョロインメーカー」で楽しむ奴もいればこの人みたいに精神を病む人もいる。


「お前の妻子には会わせられないアル」


「うっうっ…」


「でも、責任は私たちにあります」


 急に標準語になった肉まん先輩が立ち上がる。なんとなく流れを察して俺も肉まん先輩の横に並ぶ。


「「申し訳ございませんでした」」


 肉まん先輩と一緒に頭を下げる。


「紗枝っ…拓也ぁ…」


 恐らく謝罪はほとんど届いてない。泣きながら元の世界の妻子の名前を呼ぶその姿は、元案内人の俺に消えない罪悪感を植え付けるには十分だった。今まで送り出すだけでその後どうなるか知ることない案内人にとってこれは精神的にキツイ。


他の職員に連れられて退室した男性を頭を下げて見送る俺と肉まん先輩。


「初めての特例どうだったアルか?」


「胸くそ悪いです。特に元案内人にとっては」


「お前が送り出したアルか?」


「いえ、違います。ただ、俺の送り出した人があんな風になったらやりきれないです」


 案内人は今まで送り出した人の記憶は忘れない体質になっている。もちろん、記憶とは別に記録がある。


「ハハ、言ってもしょうがないアルね」


「そうですね」


「研修の時に特例に当たったのは幸運アルヨ。慰めも何も意味は持たないから謝罪あるのみアルヨ」


「こういう案件は真っ当な案件には、はいらないんですか?」


「はいらないアルね。真っ当にあたるのはスキルの不具合による死亡案件とかスキルのせいで迫害やそれに相当するものの被害にあって悲惨な人生を送った件だけアル。頭お花畑なら、頭撫でて身の上話聞いて使い回せる台詞与えたら股開く痴女が自分からやってきたら喜ぶアル。現にあの人が言ってたような痴女に付きまとわれて喜んでた人を見てきたデショ?」


「そうですね」

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