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 聴衆が騒ぐ。暴徒が猛る。めちゃくちゃに投げられた火炎が人を燃やし、家を燃やし、街を、国を、国家を燃やす。それでも怒りは治まらない。治まる機会はとうに失した。もはやもう、すべてを燃やし尽くす以外に手立てはなく。揃えた声の御旗の下に、彼らは権威を簒奪する。

 独冠王の名の下に! 独冠王の名の下に!

 それは、古の英雄。王権の象徴たる宝冠の主に戦いを挑み、敗れはすれどもその誇り高き志を最後まで捨てることのなかった偉大なる先達の名。神の使徒を人へと堕し、一度はその冠を簒奪した真なる自由の体現者。独冠王――またの名を、バチカルの暁光。

 王は人なり、神ならず。人には法を、法の罰を。国捨て民捨て逃げたる王に、王たる資格はもはやなし。頭を下げさせその首落とし、頭上の冠取り戻せ。我らが頭上へ取り戻せ。人民が頂へ取り戻せ。王政打破の時代の開拓。破壊の後に起こる再生。人民の人民による人民のための暴力。まさしくこれこそ――革命だった。

 そして、王の首が、落とされた。

 正義は為された。いまや既に、国家と時代は我らがもの。遍く地上の人民は、己を王とし己に仕える。等しき無謬の公平が、遍く者へと降り注ぐ。声を上げよ、称える声を。神ならざるとも我ら地上に満ち満ちた、真なる人の体現を。人なる道の権能を。歌い叫べよ歓びを。国家の舵は、我らがその手に還元された。我ら民へと返された。新しき時代が、人なる時代が、さあ、いまこそ訪れたのだ――!

「そうサ、ここから先は」

「地獄の一途」

 最初にそれを求刑されたのは、一人の男だった。かつて男は王に仕え、欲も野心も抱かず、己に定められた職務を忠実に、勤勉に務めてきた。彼を恐れる者、彼を嫌悪する者、彼を目する者は数あれど、彼の不実を糾弾する者はただの一人もいなかった。そしてそれこそ、罪だった。

 忠実であり、勤勉で在り続けた彼は、新しき民のための法によってその死を求刑される。罪状は――王の下で、罪なき多くの者の首を刎ねたこと。男は、処刑人だった。――男はぼくの、父だった。

「父君の首を刎ねるのだ。それが君の役割、正しさというものだろう」

 ぼくはそのとき一二を越えたばかりで、任官するにはまだまだ早すぎる年齢であった。けれども処刑人を処刑するのであれば、別の処刑人を用立てなければならないのも自明の理で。だから法が、その問題を解決した。新しき時代の人民は年齢を問わず、公に奉仕する義務を持つ。そう定められた、法によって。

「君よ、公に尽くし給え」

 法と正義の代弁者。眼鏡を掛けた革命の英雄が、鉄のようにぼくへと告げる。

 処刑人の剣。首を刎ねることだけを目的として作られた、先端が丸みを帯びた特殊な剣。

この剣を用いて罪人の首を一刀のもとに切り落とす。この技術を習得していることが、かつては一人前の処刑人としての証だった。

 だが、いまは違う。首を切り落とすのにもはや、技術など必要ではなかった。技術を肩代わりする機械が、すでに作り出されていたのだから。わずか一二の子どもであろうと容易く刑を執行できる機械が――断頭台<ギロチン>が、すでに存在していたのだから。

 観衆が、広場を埋め尽くしている。ぼくはそれを、壇上から見下ろしている。無機質な鉄の仮面のその裡から、ひしめく人民の群れを見下ろしている。ぼくはあの中の一人ではない。あれは人、人間なのだから。ぼくは人間ではない。身にまとったローブも、顔面を覆い隠す仮面も、ぼくが人でないことを物語るその証。処刑人という、不浄の穢れの証明なのだから。故にぼくは、彼らのうちの一人ではない。

 そしてそれは、また彼も。

 鉄柵の門が、開かれる。官吏に拘束された男が両脇を抱えられた状態で、群れる人の裡を引きずられていく。割れる人垣。飛び交う罵声に悪罵に罵倒。そこに真意などありはせず、ただただ人は熱狂に酔う。燃える革命の火の熱が、まだまだ足りぬと悪を求める。その集約に向けて、その終焉に向けて、罪持つ悪を舞台へ送る。――父の首が、それを刎ねる機械と合一した。

 やれ、やれ、やれ。熱狂する民衆が声を揃えて火炎を吐く。執行者に向けて。懲罰を代行する人ならざる人間未満に向けて。――ぼくに向かって、人が“願う”。やれ、斬れ、殺せ。正義の殺人をその手に犯せ。お前の父を、お前が殺せ。

 ……いやだ。

 父は、余計なことを言わない人だった。あらゆる物事を黙々とこなし、自らの職務についても一切語ろうとしない。規律のために己を定め、それを遵守するために自らを動かしている。そのような印象を抱く、正確で、無比で、近寄ることの躊躇われる人だった。父を愛しているかと問われれば、答えに窮した。父を恐れているかと問われれば、うなずかざるを得なかった。

 それでも、憎んでいたわけではなかった。嫌いなわけはなかった。父を尊敬していた。父のように頑健で、揺らぐことのない存在になりたいと憧れてもいた。父と話したいこともあった。聞きたいこともあった。聞いておかなければならないこともあった。こんな結末、望んだことなど一度もなかった。

 火が燃える。熱狂の火が、人民の火が、ぼくの足元を焼き焦がす。逃げられない。父もぼくも、猛る焔から逃れる術などもはやない。やらなければならない。執行しなければ、この火は治まらない。どこどこまで猛り狂うか、どこの誰にも判らない。でも……でも、それでも殺したくなどない。父を、殺したくなど、殺したくなど――。

 殺したくなど、なかったのに。

「死にたいのか!」

 誰かが叫んだ、その声に。反応したのは、頭でなく。身体が、そう、反射した。――歓声が、沸き上がった。耳が割れる、目が割れる。砕けた世界の、砕けた舞台。そこに転がる、一つの生首。裁きを下したその証明。ぼくを通じて正義を為した、公義を掲げる人民の。彼らが為した、無垢なる殺人。ぼくが犯した、始まりの――。

「そうだ、ここが始まり」

「お前が背負う、罪の始まり」

 悪は、裁かれた。だから、次の悪が必要だった。次に選ばれたのは、でっぷりとした腹の大きな金貸しの男。罪状は、革命政権への寄付に応じず私腹を肥やしたこと。開かれた鉄柵の門から、男が壇上へと連れてこられる。抵抗する男が、官吏に無理やり拘束される。「人殺し」。男がぼくに、訴えた。

 違う。ぼくは殺したくなんかない。できることならばこんなところからすぐにも離れて、なにもかも投げ捨てて逃げ出したい。あなたのことも、だれのことも、ぼくは殺したくなんかない。それに、あれは事故だった、事故だったんだ。殺すつもりなんてなかった。本当は殺したくなんかなかった。殺したくなんか、殺したいわけなんか、ないのに……。

「けれどお前は、もう殺した」

「なのにこいつは見逃すのか」

 ささやく声が、左右から。あれは事故だった、事故……だったんだ。でも、でも……。人々が、平等を謳う。人々が、公正を叫ぶ。それこそが唯一、唯一この場に求められているもの。ぼくは、父を、殺した。だったら。だったらもう、後戻り、なんて――。

 手が震える。歯と歯が打ち合わされる。喉の奥が、目の奥が乾いて張り付く。それでもぼくは、それでもぼくは今度こそ――自らの意思によって、その縄を引いた。生首が転がり、歓声が沸いた。

「ああ素晴らしきかな」

「人民政治」

「誰もが等しく平等で」

「誰の生命も等しく軽い」

 貴族という搾取者であった罪。宗教を通じ誤った価値観を植え付けた罪。乞食として国家の気品を損ねた罪。製造努力を惜しみ配給を滞らせた罪。いい加減な仕事で建造物に瑕疵を及ぼした罪。道化の立場に胡座をかいて革命を嘲弄した罪。老いを理由に国家への奉仕を怠った罪。若きを理由に放蕩に堕落した罪。夜泣きによって人民の安眠を侵害した罪。

 若者は若者であることで、老人は老人であることで、幼子は幼子であることで死罪を言い渡された。男であることも、女であることも罪とされた。死を逃れられる者はいなかった。政権の中枢にいたとしても汚職を指摘されれば翌日にも処刑された。ぼくに処刑を命じた者も独裁を理由に処刑された。日に一人二人であった処刑の数は一ヶ月後には五人にまで増え、その数は一〇、二〇と際限なく膨れ上がっていった。ぼくの刎ねた首の数は、際限なく膨れ上がっていった。

「みんなが望んだ、これが地獄だ」

「みんなで堕ちれば、怖くないよナ」

 王という悪を打ち倒せば、生活は改善されると人々は信じていた。そうではないと現実に突きつけられた。まだ悪がいるからと、人々は異なる敵を探し出した。どれだけ殺しても、生活は悪化していくばかりだった。王政復古を求める者も目立ち始めた。奴らが国家の秩序を乱しているのだと誰かが叫んだ。悪はそこにいた。人は更に死んだ。ぼくが殺した。一人ひとり、ぼくがその首を刎ねていった。

 国から逃げようとする者も現れた。身を隠し、騒動が治まるのを待つ者も現れた。等しく彼らも罪人だった。官吏の職務に、彼らの捜索が追加された。官吏の数も足りてはいなかった。だからぼくも、彼らを探すように命じられた。

「懐かしいナ、懐かしいだろかくれんぼ」

「お前はそうだ、見つけるのが得意だったナ?」

 そう、二人の言うとおりだ。双子の道化師の言うとおりだ。ぼくは見つけるのが得意だった。隠れるのは下手でも、見つけるのは得意だった。人の隠れようとする心理を、ぼくは誰より熟知していたから。だからぼくは、だれよりも多くの罪人を見つけた。絶望に顔を歪ませる老婆を、怒り狂って抵抗する男性を、無言のまま子を抱きしめる母親を見つけた。

 ぼくはなにをやっているのだろうと思った。ぼくはなぜ、彼らの居所を暴いているのだろうと。いまだってぼくは、これだけ殺めておいてもなおぼくは、縄を引くその手の震えを止められないでいるというのに。なのにぼくは、なぜ、なぜ。

「何を悩むふりをする」

「自分の心を騙せはしないゼ」

 ……そうだ、そうだ。ぼくはすでに答えを得ていた。ぼくはもう、人を殺した。多くの多くの、本当に多くの人を殺してしまった。だのにいまここで彼らを見逃すということは、この目の前の彼らがぼくの殺してきた数多の人々よりも価値があったと、そう判じてしまうことに他ならない。人間未満のぼくが、手前勝手に生死の価値を選り分けるなど。

 すべてぼくの殺めた人は、誰もがぼくより価値ある人だ。その価値を、その優劣を決めてよいような相手などただの一人たりとて存在しない。だからぼくは、見つけて殺す。公平に、公正に、自らの職務をただただ機械のように繰り返す。正義のために、社会のために、国家のために――みんなのために。

「おいおい、格好つけるのも大概にしろよ」

「違うだろ? お前が殺す本当の理由は――」

 ……そんなことはない。ぼくは、みんなのために。それだけのために。

「なあベル、お前は死にたくないんだろう?」

「なあベル、お前は死ぬのが怖いんだろう?」

 ……違う、違う。ぼくはずっと、死んでもいいと思っていたんだ。ずっと、ずっと、死んでみんなの迷惑にならなくなれればって。

「ああそうだ、そうだともサ」

「ミカに会うまでのお前はな」

 …………それ、は。

「オレらはちゃんと知ってるぞ。何がお前を変えたのか」

「オレらはちゃんと知ってるぞ。お前が何を求めているか」

 ……………………違う。違う、違う、違う。

「死んで会えなくなるのが」

「ミカに会えなくなるのが」

「なあベル、お前はずっと、ずっとずうっと、怖かったんだろ?」

 違う、ぼくは、ぼくはただ、みんなのために……みんなの“願い”を、叶えるために……。

「そうかいそうかい、それでもいいサ」

「それならそれと、証明してくれ」

 真昼の太陽が、地上に墜ちた。星一つなき暗黒の空。熱狂と叫喚の炎が皮膚と瞳を焦がす中で、赤火に呑まれた光が鉄柵の門をくぐる。首を落とした影たちが、明けに集う虫が如くに朽ちたその手を踊らせ伸ばす。かすめた影の一つ一つが、墜ちたる星の表皮を剥がす。星が、星の瞳が。

 うそだ。

 噂は耳にしていた。我先にと国外へ逃亡していった貴族たちの中にあって、いまなお混迷するこの国に留まり続けている奇矯な人物がいると。若くして亡くなった父の領地を受け継ぎ、しかしその大半を解放することで革命の余波を受けて困窮する人々の受け皿となり、多くの人の飢えと痛みと心の傷とを癒やしている者がいると。

 その者は誠実であり、勤勉であり、何よりも他者への奉仕者であった。故に彼は貴族という出自でありながらその首を切断されることなく、国家を成立させる人民の一人として多くの者に認められていた。

 だが――だが、だが、だが。彼は何よりも、何よりも償い難い大きな過ちを犯していた。この地に生きるすべての者が顔をしかめ、嫌悪し、唾棄するに至るまでの罪。その罪が、彼の罪状が、鉄火の広場となったこの地に集う人民すべての耳へと届く。

 罪状は――処刑人と、懇意にしていたこと。

「処刑人と談じた不浄人!」「処刑人と遊じた極悪人!」「処刑人と誓じた破廉恥漢!」。半狂乱の罵声が萎れた太陽へとぶつけられる。ぼくのその人へとぶつけられる。ぼくのその人が引きずられ、舞台の上へと上げられる。処刑人たるぼくの領域へと、最も似つかわしくないぼくのその人が上げられる。変わらぬ瞳の、その輝き。星。

 ミカ。

 ぼくは――ぼくはずっと、願っていた。この地獄の中にあってそれだけが、ただそれだけがぼくの希望であり、願いだった。ミカと再会することが、彼との約束を果たすことが、ぼくの希望であり、願いであり――心の拠り所だった。

 そうだ。ぼくはずっと、ずっとずうっと、ずっとずうっと、彼を心に生きてきたのだ。ぼくを友達だと言ってくれた彼を、その瞬間の幸福を噛み締め、この地獄を耐えてきたのだ。いつかこの地獄を抜け出たならばその時こそ、その時こそこの幸福の続きを彼と送る。それだけがぼくの願いだったのだ。

 それなのに、なんだ、これは?

 ぼくがいったい――ミカがいったい、何をした?

「これだけの“願い”を奪い続けて」

「どうして自分は無事だと思った」

 人民が声を揃える。すでに首を落とされた者が、いつか首を落とされる者が、声を揃えて訴える。殺せ殺せと訴え叫ぶ。……いやだ。これだけは、この処刑だけはいやだ、無理だ、できない、耐えられない、赦して、頼むから、お願い、お願いします、謝りますから、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい――。

「いいや、そいつは聞けないナ」

「これはお前の罪なのだから」

 身体をつかまれた。双子の道化に――一つの胴に二つの頭が生えた二人の道化に、まぶたを開かれ、突き出される。

「見ろ聞け感じろ大合唱の人民を!」

「お前が願った、みんなの“願い”を!」

 声を揃える人民。声を揃える人民の訴え。殺せという訴え。その訴えが、その声が、奇妙に和合し変化する。馴染みのある、幾度も聞いた、幾度も幾度も心待ちにしたその言葉が、なにより恐れる響きに変じて、五感のすべてを捕らえて潰す。

 もーいーかい! もーいーかい! もーいーかい!

 首が落ちていく。歓声を上げ、熱狂に酔う者たちの首が、未だ無事であった者たちの首が次々と落ちていく。誰彼の別なく公平に、無差別に、人の首が落ちていく。もーいーかい、もーいーかいと、生者のぼくへと訴えかける。

 生きるべきは、ぼくじゃなかった。

 ぼくは、死ぬべきだった。死んで奉仕するべきだった。誰かを不幸にする前に、死んで終わりにするべきだった。けれどぼくは、生きた。生き延びてしまった。浅ましくもおぞましく、幸福な夢に焦がれ祈った。人間未満の畜生が、身の程知らずに祈り願った。その結果が、このおびただしい生首の河原。

 赦されるはずがないと、芯からぼくは理解した。すべてはぼくの“願い”から出でた地獄なのだと、ようやくぼくは理解した。そしてそうか、そうなのか。死にたくないと願ったぼくへの、そうかこれが――“罰”なのか。

 声が聞こえた。断頭台から、人民の生贄として捧げられた断頭台と合一した彼から、声が聞こえた。叫ぶ広場のもーいーかい。破れた耳に音はなく、伝わるものも伝わりはせず。故にこれが夢か現か、ぼくには一向判らなかった。夢であろうと現であろうと、そこに差異など感じなかった。

 やわらかくあたたかく、うつくしくすら感じるその理で――彼が言った、その言葉に。原初の響きでさよなら告げる、彼の残したその言葉に。

 もーいーかい


「よかったナ、“願い”叶って」

 燃える。ラトヴイームが燃える。暴徒たちの手によって。革命のかざす火の手によって。王権の象徴たる悪しき大樹が、公義の炎に焼き尽くされる。ラトヴイームが、燃え尽きる。永代に守られ続けたラトヴイームが、完全に、焼失する。

 みんなは、正しかった。正しいみんなの、願いを叶えた。だからぼくも正しかった。ぼくの行いは、ぼくの殺人は、公平で平等で平和な社会のために、必要なことだった。誰かが代行しなければならない、必要な痛みだった。必要な、犠牲だった。

 ……ねえ、そうだよね?

「二年と経たずに崩壊した」

「革命政権だったのに?」

「あれは地獄の時代だった」「一部の狂気に踊らされたのだ」「人が人を、かように残酷に殺めるなど」「そうだ、間違いだった」「革命は間違いだった」「革命は批判すべき汚点だ」「革命は絶対に認めるべきではない歴史の汚点なのだ」「我々は絶対に」「絶対に絶対に」「暴力による正当化を認めはしない」「我らは彼らを」「赦さない」

 ……ふひっ。

「そうだ、お前は正しくすらない」

「お前は無為に人を殺し、親を殺し」

「唯一の友をも殺したのだ」

「それがお前の罪だ」

 革命を批判する者がいる。その者たちの首が落ちる。ぼくの手により落とされる。それを願う誰かがいるから。誰かの願いを叶えることは、唯一罪を贖う手だから。そうしてぼくは、罪を重ねる。

「そしてこれは罰だ。“お前自身が願った”罰」

「贖われることのない永劫の罰」

「罪滅ぼしで罪を重ねる、お前が望んだお前の罰」

「お前に課せられた知恵<クリフォト>の罰」

 繰り返す。繰り返す、繰り返す。贖わえることのない贖罪を繰り返す。苦しかった。苦しく、けれど足りなかった。もっと苦しまなければならなかった。二度と幸福など望まぬように、二度と“願い”など抱かぬように、ぼくはもっと苦しまなければならなかった。ぼくには“願い”を抱く資格などないと、魂の奥底へと刻み込むために。

 存在しない指の先が、燃えた。

「セフィロトの七日をお前は既に七度だろうか、七度に七度を掛けた数だろうか」

「燃えてお前は繰り返した。炎の壁に呑まれ焼かれて、罪業の旅を繰り返した」

「だが、足りない。まだまだ足りない。まだまだまだまだまだまだまだまだ」

「さらなる七を、さらなる七にさらなる七を、さらなる七に七と七とを」

 まだ足りない。さらに七を、七に七を、繰り返しては苦しまなければ。存在しない指の先から、火の手が伸びる。小指から薬指へ、中指へ、てのひらへと、炎の壁が時限を報せる。その手を彼らがつかむ。双子の道化がぼくをつかむ。二人で一つのその肉体に、ぼくの身体がつながっていく。彼らは共にぼくと燃えて、溶け合い混ざって、崩れゆく。

 果てなき東で、果てることなく。彼らの発したその声に、ぼくは己を忘却し――。

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