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 しりとり。山崩し。1・2・3の太陽。二人で遊べる遊びを探して、ぼくらはいつでも二人で遊んだ。他にもたくさんの、たくさんの遊びを探したり、時には自分たちで考案したりもして、同じ時間を、同じ気持ちを共有した。けれどもぼくはやっぱり、なによりもかくれんぼが好きだった。

 もーいーかいと、彼が言う。木々の木陰に身を隠す。すぐに見つかる。いつものことだった。ぼくは見つけるのは得意だけれど、隠れるのは下手だった。だからいつも、ぼくはすぐに見つかった。彼はすぐに、ぼくを見つけてくれた。それがとても、うれしかった。だからぼくは何度も、何度も何度も隠れては、何度も何度も見つけてもらった。

「ベルは本当にあったと思う?」

 ミカは物語も好きだった。絵本に伝記、大人が読むような分厚くてむつかしそうな小説も、ミカは好んでよく読んだ。中でもミカは、『ケテルの使徒王物語』をこよなく愛していた。本を読まないでも諳んじることができるくらいにミカは、使徒王の物語を熟読していた。だからぼくも、それを読んだ。彼が好きなものを、彼が心惹かれるものを、ぼくも知りたかったから。

 そうしてぼくらには共通の話題がひとつ増えた。ぼくたちは戯れによく、こんな話をして過ごした。使徒王さまが旅したところって、どんな場所だったんだろう。『星の飛沫の流れしアッシャー』はきっと、小さな星の欠片が川や海に漂っているんだよ。触ったらどんな感じなのかな。ぱちぱちって弾けたりしたら楽しいね。

 『幾何対黄金のイェツィラ』は? 何もかもが左右対称で、全部が全部整っているっていうのはどうかな。もしかしたら何かが対称なんじゃなくて、右も左もないくらいに見渡す限りの真っ白が広がっている世界なのかもしれないね。

 それじゃあクリフォト、使徒王さまが最後に戦った『果てなき東のクリフォト』はどうだろう。おどろおどろしくて、いつも曇って、悪魔たちがいるような場所だったりするのかな。そうなのかもしれない。でもね、ボクはこうも思うんだ。クリフォトはとても悪い場所だけれど、でも本当は、本当はみんな、その根は同じ――。

 たくさんの話をした。たくさんの想像をして、たくさんの世界を思い描いた。幻想的で、綺麗で、現実的ではない話。現実とはかけ離れた、現実よりも素敵な世界の話。夢の中の、夢のようなお話。存在しない、空想の。

 けれどミカは、ぼくにこう聞いたのだ。本当にあったと思うって。ありえないと思った。だってこれはただのおとぎ話で、空想はただの空想に過ぎないから。だからぼくは、そんなものは存在しないんだよと思った。そんな素敵な世界はと。――以前のぼくであれば、そう思っていたはずだった。

 ぼくはもう、知っていたから。奇跡が起こることを、奇跡が現に存在することを、ぼくはもう知っていたから。だから、疑いなんて微塵もなかった。空想は、夢は、実在する。アッシャーも、イェツィラも、クリフォトも――セフィロトも、本当に実在しているって、信じている。嘘偽りなく、ぼくはそう、答えた。「ベルならそう言ってくれると思ってた」とミカは、輝く瞳で微笑んだ。

「あのね、見てほしいものがあるの」

 そう言ったミカに手を取られたぼくは、彼の案内の下、街の西の山を登っていた。その山は公爵家――即ちミカの家が管理する領地であり、一般の者が立ち入れば処罰の対象となるという場所であったため、当然ぼくも足を踏み入れたことはなかった。

 山道は思っていたよりもずっと緩やかなもので、静やかな周りの景色を眺めながら歩くことができた。山を登っているあいだもぼくはミカといつものようにおしゃべりをして、けれどもミカはどこへ向かっているのかについてだけは「内緒」と笑って教えてはくれなかった。ぼくもあえて聞き出すことはせず、手をつなぐ彼に付いていった。

 やがてぼくらは、山の中腹にぽっかりと開いた大きなトンネルの前へと辿り着く。トンネルの前には兵隊らしき人物が二人、携えた長槍を交差させて入り口を塞いでいた。その二人組に、ミカが近づいていった。ミカが何事か、二人に話す。しかし二人組は明らかに難色を示したような顔をして、そして時折、視線をぼくへと向けていた。ぼくを、赤線の引かれたぼくの片頬を見て、嫌悪の表情を顕にしていた。それと気づかれないように、わずかに俯く。

 それでも二人は最終的に、交差させた長槍を引いた。再び手をつなぎ直したぼくらは二人の兵隊の間を通って、トンネルへと入っていく。突き刺さる視線を背中に感じながら。

「本当はね、勝手に入っちゃダメなんだ。でもどうしても、ベルにはどうしてもね、一緒に来てほしかったから」

 ささやき声すら反響するトンネルの中で、ぼくに向かってミカが言う。頑強に積まれ、固められた煉瓦の道。等間隔に明かりの灯された一直線のその道を、ぼくたちは歩き続けた。長い長い、トンネル道。

 「もうすぐだよ」と、ミカがささやく。その言葉通り、進む先の方角から薄暗いトンネルの中へと、まばゆい光が差し込んでいた。あの先で、ミカはぼくに何を見てほしいのだろう。ミカはもう少し、もう少しと、興奮している様子を見せていた。興奮する彼の手を、ぎゅっと握った。――トンネルを抜けた。

「……わぁ」

 見渡す限りの緑の世界が、目の前に広がっていた。おとぎ話に出てくるような、光り溢れる神様の楽園。そんな言葉が、自然と浮かぶ。ぼくたちが暮らす山のすぐ側にこんな素敵な場所があっただなんて。その余りにも現実離れした光景にぼくは見惚れ、しばらくそのまま言葉を失った。

「見て」

 ミカが指差した。ある一点を。けれど彼が指を差すまでもなく、ぼくはそれを見ていた。目に入らないはずがない、その姿。大木。天を貫くような、威容を誇る。

「あれが、ラトヴイーム。使徒王さまが持ち帰った、クリフォトの樹」

 使徒王さまの? 会話を進めながらぼくたちは、ラトヴイームの下へと歩む。さわさわとそよぐ葉々の木陰へと入る。

「本物なのかはわからない。もしかしたら、そうしたおとぎ話を利用しただけの真っ赤なにせものかもしれない。でもね、ボクたちは信じてきたの。この樹は本当に使徒王さまが持ち帰ったもので、使徒王さまの誓いが宿った大切なものなんだって。そう信じて、ボクたち一族はこの樹を守ってきたの」

 世界でたった一本だけの、孤独に聳えるこの巨木を。そう言ってミカは、聳えるその樹に手を触れた。

「ボクたちはね、ラトヴイームの守り手なんだ」

 使徒王の誓い。ラトヴイームに向けて誓われたそれがどのようなものであったのか。神へ至るためであるとも、世界の理を守るためであるとも言われるけれど、それらの真偽は曖昧で、今を持っても定かでない。けれどこの樹に誓ったことは、誓いに込められた想いは間違いなく存在していたはずだと、はっきりミカは、そう言って。

「あのね、ベル。お願いがね、あるんだ。君にしか頼めない、ボクから君へのお願い」

 ミカがぼくを見る。その瞳で。きらきらと星のように輝く瞳で。

「ボクはね、セフィロトへ行ってみたい。西の果てのセフィロトの、その果て先に何があるのか見てみたい。使徒王さまがそこに何を願っていたのか、ボクたちの守ってきたものの答えが、一体どんなものなのか。ボクはね、それが知りたい。知りたいんだ。だから、だからね、だからねベル」

 ぼくを見つけてくれた、その瞳で。

「ボクと一緒に、願いを見つけてくれませんか」


 ラトヴイームの樹の肌を、ほんの少しだけ頂戴する。ごつごつとして固く、けれど存外伸び縮みして丈夫なその木の皮を、輪っかの形に丸めていく。丸めて、丸めて――簡素な、本当にただそれだけの指環を造る。ぼくは、それを、造る。ミカも、同じように、造る。

「あのねベル。ボクね、怖かったんだ」

 造った指環をぼくたちは、お互いの小指に交換した。ミカの左の小指に、ぼくの右の小指に、それぞれの指環が嵌められる。指輪を嵌めた互いの小指を、沿わせて重ね、結んでつなぐ。指環を通じてつながったぼくらは、今度はその樹に――ラトヴイームに向き直る。

「お父様が病に伏せられて、領地を継がなきゃいけないって話になって。そしたらなんだか周りに誰もいない、一人ぼっちになってしまった気がして」

 大きく、高く、孤独に聳えるラトヴイーム。互いの小指を結んだまま、ぼくらはその樹に手を触れる。その樹に脈づく想いの鼓動が、ぼくらを通じて循環する。どくどくどくと、生命の流れる音が聞こえる。どくどくどくと、生命の流れる音が伝わる。どくどくどくと、生命の流れる音がぼくとミカをつないでいく。

「誰かに側にいて欲しかったんだ。もしかしたら誰でもよかったのかもしれない。この不安を共有してくれる誰かなら。……でも、いまは違う。だってボクの手を握ってくれたのはベル、他ならぬ君だったのだから」

 ぼくたちはいま、ひとつだった。ひとつであり、異なる存在でもあった。異なる存在でもあるぼくたちは声を揃えて、誓いを言葉にする。同じ言葉を、同じ早さで、口にする。同じ時の中で、同じ想いを共有する。そうして、ぼくたちは誓った。二人だけの約束を、目の前の巨木に向けて誓い合った。

「君はそうは思わないかも知れないけれど、でも、これはほんとの気持ち。ボクが君を助けたんじゃない、君がボクを助けてくれたんだって。だからね――」

 二人で果て先に行こうと、二人だけの約束をぼくたちは交わした。

「友達になってくれてありがとう――ベル」

 ミカがぼくを見る。ミカがぼくに話しかける。ミカがぼくの隣にいる。それらのすべてが形容しがたい安寧そのものとなって、思わずぼくは泣いてしまいそうになった。こんなにも暖かく、こんなにも穏やかな時間が存在する奇跡に、ぼくは泣いてしまいそうだった。きらきらと星のように輝くその瞳が、ただそれだけが、ただそれだけを、ぼくは見続けていたいと思った。ずっと、ずっと。ずっと、ずっと。そう願っていた。

 ミカは言った。ぼくに向かって言ってくれた。友達になってくれてありがとうと、他ならぬミカが、他ならぬぼくに向けて言ってくれた。ぼくはその瞬間の幸福を、ずっとずうっと、噛み締めていた。どんな時にも、何が起ころうとも、ずっとずうっと、いつまでも、それを噛み締め生きてきた。ずっと、ずうっと。ずっと、ずうっと。ずっと、ずうっと。ずっと、ずうっと――。

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