כו

 不公平だ、お前だけが人間扱いされるだなんて。

 土の中にいた。深く掘られた土の中。膝を抱えて縮こまって、土の中で座していた。掘られた土の空間に、止めどもなく降り注ぐこれまた土。降り注がせているのは一人とも二人ともつかない彼ら。一つの胴に二つの腕、二つの足に二つの頭。涙を湛えた白塗りメイクのピエロたち。憎しみの声と共に土を降らせる彼らには、主から付けられた傷跡がいくつもいくつも残っていた。笑顔のメイクに憎悪の色で、声を合わせて彼らは言った。不公平だ、お前だけが人間扱いされるだなんて。

 雨が降ってきた。土が濡れる。濡れた土が泥になる。泥となった土が、身体を覆う。身体を覆う土が、身体との境界を喪わせる。溶けた泥は僅かな隙間も生むことなく、包んだそれを侵食していく。泥と自分が一体化するような感覚を覚える。泥のように意識のないなにかに変じていくのを感じる。そして、これが死かと、理解する。そうか、これが、死、と。

 怖くはなかった。喪われていくこと、無くなっていくことに、恐ろしさはなかった。肉体に伴う苦痛はあったものの、もうすぐこれからも解放されると思うとむしろ安堵が先に立った。そう、安堵。安堵だった。自分が無くなることへの安堵。意識や思考から解き放たれることへの安堵。そして、そしてなによりも――誰に会わずとも済むということへの、安堵。

 もうすぐだった。呼吸は止まり、鼓動も弱まっていた。自分を手放すその時は、もはや目前に迫っていた。涙がこぼれたのが判った。悲しくないのに、流れる涙。それは生物としての自己が振り絞りだした、最後の抵抗だったのかもしれない。生きたいなどと願う、浅ましい生物的本能の。けれど、それもおしまい。時が、止まった。生命の時が。後にはもう、音もなく――。

 ――存在しないはずの音が、聞こえた。雨を伝わり、泥を伝わり、裡に抱えるその物体に、喪われた生命の振動を伝わらせた。泥が、土が、掻き出される音が聞こえた。まさか。そう思った。泥が、土が、掻き出される振動が伝わった。うそだ。そう思った。泥が、土が、掻き出される光が伝わった。そんなはずはない。だって、そんな。そんなことって。敷き詰められた地上との壁が、取り除かれた。そして、そして――そしてそこには、“彼”がいた。

 もーいーかい。

 雨は、止んでいた。空には、陽が昇っていた。陽を背にして彼が、そこにいた。彼が、手を、差し伸べていた。出血し、指と爪との間に泥とも土ともつかない汚れが詰まったその手を彼は、微笑みながら、差し伸べてくれていた。

 ――ぼくは、つぶやいていた。「いいの」とか細く、声にもならない微かな声で。微笑む彼が、こくんとうなずく。涙がこぼれた。まだぼくの裡に残っていた涙が、こんなにも残っていたのかと思うほどのそれらが、これまで抑え込んできた分まで流れ出した。滲む空、滲む太陽、滲む彼、滲む彼の、瞳。滲む世界の中にあって唯一確かなその瞳をまっすぐ見つめ、ぼくはそうして、その手を取った。差し伸べられた手を取りぼくは、ぼくは彼を、彼のその名を、呼んだのだ。友達の名を、呼んだのだ――。


 違うよ“リリ”、助けてあげるのはボクの方だ!!

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