יד

 ――これは、昔々の英雄譚。多くの国がばらばらに、多くの争いを繰り広げていた時代のお話。ばらばらだった多くの国を、ひとつにまとめた偉大な王様の物語。

 世界の端の見捨てられた村に、一人の少年が暮らしていました。親には先立たれ、親代わりである叔父夫婦にこき使われる毎日はとてもつらく悲しいものでしたが、けれども彼は自身の境遇を嘆くことはせず、いつでも高潔で誇り高く、弱く恵まれない者への慈愛を忘れずにいました。

 そんなある日、彼はいと高きお方によってケテルの地へと招かれます。ケテルの地に招かれた彼は、いと高きお方に命じられました。この争い多き人の世を治め、恒久なる平和を実現せよと。そうして彼はいと高きお方から、霊の光に満ちた宝冠を授かりました。遍く人の上に立ち、正しき世界へ導く王であることを証明する、その宝冠を。

 しかし彼は、まだ何も知らない少年でした。ですから彼は王と王国という在り方を人に授けた賢者、黄水晶の王鯨アドナの下へと赴きます。時には父のように厳しく、時には母のように慈しみに溢れたアドナの教えを受けた少年は王としての自覚を抱き、いつしか立派な青年へと成長していました。そうしてアドナからすべてを教わった彼はついに、世界をまとめる旅に出ます。

 それは、長く苦しい旅でした。無理解と、拒絶と、嫌悪。策謀と、裏切り、そして、戦争との戦いでした。多くの出会いと多くの別れが、彼の心を傷つけました。人の世に溢れる苦しみに、心を傷めぬ日はありませんでした。

 それでも彼は、立ち止まりませんでした。この苦しみを取り払わなければならない。すべての人に安らぎと幸福を。それが自分の使命であると、彼は理解していました。高邁な使命に邁進する彼の姿は多くの人を惹きつけ、多くの人が我が王と彼を慕いました。そうしていつしか、彼はこう呼ばれるようになったのです。神に選ばれし王の中の王、ケテルの使徒王と。

 そして彼は、ついに成し遂げました。使徒王との戦いに最後まで抵抗していた大陸で最も強大な力を持っていた王国が、使徒王との和平に応じたのです。使徒王の下に恭順し、神に仕えことを誓ったのです。使徒王はついに、人の世の統一を実現したのです。

 ですが、戦いはそこで終わりませんでした。使徒王との和平を認めない一人の戦士が、使徒王の宝冠を奪ってしまったのです。神より授かった、霊の光に満ちた宝冠。王の中の王であることを証明するその冠を失えば、人々は使徒王を王と認めず、世界は再びばらばらに分断されてしまいます。使徒王は冠を取り戻すため、逃げた戦士を追いました。

 果てなき東のクリフォト。それが使徒王の、最後の戦いの地となりました。独冠王を名乗る宝冠を奪った戦士の力はすさまじく、たった一人で使徒王の軍隊を壊滅させてしまいます。勝負は使徒王と独冠王、二人の一騎打ちで決められました。

 その戦いは、刃と刃のぶつかる剣戟が空と大地を揺さぶる激しいものでした。誰一人として入り込む余地のないその戦いを彼らは一日、二日と続けます。それでも二人の戦いに勝敗はつかず、さらに三日、四日と戦い続け――七日もの間刃を交わした二人は、ついに決着の時を迎えます。

 最後に立っていたのは、使徒王でした。独冠王から宝冠を取り戻した使徒王はクリフォトから一本の樹を持ち帰り、その樹を象徴として誓いました。この平和を、恒久に守り続けると。もう二度と、悪意と暴力に脅かされる世の中にはもどさないと。人々は、新たな時代の到来に歓喜しました。

 ですが使徒王は程なくして、自ら玉座を降りました。人の世を治め導く権利と責務を三人の腹心に分け与えて。そうして彼は、たった一人で旅に出ます。いままで辿ってきたどの道程よりも厳しく険しい、最後の旅に。クリフォトの対極に位置する西の果て、セフィロトという名の聖地に向かって。西の果てのセフィロトの、その果ての先の光を目指して――。

 ……あん? 使徒王さまはどうしてセフィロトに向かったかだって? ああそれはな、それはだな――。

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