יב
そうだ、ボクには判っていた。彼がここにいることを、ここに埋められているってことを。だってボクは、ボクだから。だってボクはボクだから、ボクはボクのことを知っている。ボクのすること、ボクのしたこと、それらすべてを知っている。ボクはボクを知っている。
ボクの願いを、知っている。
「さすがださすが、さすがミカくん!」
「見事にザイニンを見つけてくれたナ!」
ピエロな二人の道化師さんが、声を揃えて称えてくれた。周りで見守る子どものみんなも、おもちゃを鳴らして喜んでいる。それでボクはうれしくなって、抑えきれずにジャンプした。ぴょいんぴょいんと跳ね跳んでると、うれしい気持ちがさらに増す。周りのみんなも跳んでいた。周りのみんなも、笑ってた。
「さあてそれじゃ、最後の仕上げだ」
「偉大なる憲兵さま、こちらをお手に」
恭しく畏まった様子でピエロな二人の道化師さんが、四つのてのひらで支えたそれを、ボクの前へと掲げてきた。鈍い光が、視界に映る。その光を見ているとどうしたことか、あんなに楽しかったはずの気持ちがしょんぼり沈んでいってしまう。
「ボク、指なんていらないよ」
「指? そんなものは必要ない、必要ないのサ」
「あなたが斬るのは、こちらじゃないか」
砂場に掘った穴の中から、ザイニンくんが頭を出した。ザイニンくんが、ちらりとこちらを見上げてくる。目元から伸びた三本の赤い線。片頬を伝うその緩やかなカーブが、視界の中心に捉えられた。けれどもザイニンくんはすぐにも首の角度を変えて、投げ出すように頭を下げた。赤三本のカーブが隠れて、代わりとばかりに白いうなじが顕となった。白いうなじに浮かぶ頸骨が、いやに目立ってそこに見えた。うなじに浮かぶ頸骨が、ボクを見てと主張していた。
「さあ憲兵さま」
「お裁きを」
ピエロな二人の道化師さんが、鈍い光のその刀身をさらにぐぐっと持ち上げる。ボクの方へと突き出しあげる。それを、ボクは、欲しくなかった。受け取りたく、なかった。だってそれは、ボクのものじゃなかったから。こんな危なくて恐ろしいもの、触れたことなどボクにはなかったから。
けれど。
もーいーかい! もーいーかい! もーいーかい!
周りを囲む笑うみんなが、声を揃えて唱え笑った。もーいーかい、もーいーかいの大合唱。手を打ち鳴らしては飛び跳ねて、ボクを見つめて唱えている。もーいーかい、もーいーかい、まーだだよとは言わせない。その声その目、その全身で、ボクに向かって告げている。誰かがボクを呼んでいる。もーいーかいに掻き消される。もーいーかい、もーいーかい。
「そうサ、お前が先に言ってたとおりサ」
「お前の願いは惰眠を貪ることじゃない」
「自分のための願いなど」
「願い下げなお前だろ?」
押し付けられたその剣を、ボクはいつしか握っていた。ふらりと身体が大きくゆれる。大きな歓声が沸き上がる。もーいーかいと湧き上がる。巨大な鉄の塊を、両手でボクは握りしめる。吸い付くような馴染みを感じるその剣の、緩やかに膨らんだそのグリップを、も一度ぐぃっと握り直す。みんなの視線を肌に感じる。みんなの声を肩に負う。
「さあミカくん、ミカくん、ミカくんよ。みんながお前に期待している」
「願いを抱いてお前を見ている。さあミカくん、ミカくん、ミカくんよ」
みんなの声が――みんなの願いが、重たいはずの剣から重みを、一切合切取り払う。自分の意思ではないように、二本の腕が高々上がった。先の丸い異様の剣が、ぴたりと空の頂点で、振り下ろされるのを待っていた。みんながボクを待っていた。
もーいーかい! もーいーかい! もーいーかい!
うなじに浮かぶ頸骨が、ここにいるよと囁いた。
「お前の願いは、なんだった?」
ボクの願い? ボクの願いは決まっている。ボクの願いを、ボクはもちろん知っている。だってボクは、ボクだから。だれかがボクを呼んでいる。幾度も幾度も呼んでいる。けれどそれらはもーいーかいに、もーいーかいの大合唱に、阻まれ呑まれて届きはしなくて。耳へと届くは、感じるものは、ぼくを取り巻くみんなのみんな、ただそれだけに包まれて。
叶えよ願いと、仰いだみんなで。
さあ、もーいーかい?
そうだ。そうだった。ボクの願いは、そうだ――。
ばっっっっかじゃねえのかこらぁ!!!!
「……リリ?」
リリがいた。目の前にリリがいた。ボクに抱きつくような格好で、リリがボクのすぐ側にいた。なんでリリがここに? そもそもここはいったい? ボクはいったい、何をしていたんだっけ? そうだ、ボクはミカ。友達のベルと一緒に、願いを叶えに西の果てのセフィロトへ、果ての先の果て先目指して旅していたんだ。ラトヴイームを、目指していたんだ。
「リリ、ねえリリ……?」
ボクはボク。ボクはボクを知っているボク。だからボクは、ボクの願いを知っている。でもじゃあなんで、いまボクは、こんな剣なんて振り回していたのだろう。どうしてこんな剣なんかに、赤くて赤い、赤色が染み付いているのだろう。ボクに抱きつくリリの身体のその肩に、どうして赤が塗れてるのだろう。
「リリ、血が……」
「うっさいばか! この、この……このばか、ばかばかばかばか!」
怒られた。怒ってた。リリは、おこりんぼだ。ボクに向かって、リリが怒る。みんなに向かって、リリが怒る。
「だってこんなの、こんなのおかしいだろ! こんな、こんな寄ってたかって、く、首を、なんて……ばか、ばかだ! こんなのみんなばかじゃないか!!」
どうしてだろう。どうしてリリは、こんなに怒っているのだろう。リリは何が、許せないのだろう。どうして、どうしてリリは、こんなにも――。
「リリ、泣いてるの……?」
「泣いてない!!」
泣いてないって、泣いてるリリが否定する。目尻いっぱいに涙を湛えて、けれど決して溢さないで。泣いてないって、また言った。
「泣き虫だ」
誰かが囁いた。
「泣き虫」
別の誰かがつぶやいた。
「泣き虫だね」
重ねて誰かが続ける。
「泣き虫、泣き虫」止まらない「泣き虫め」声は続く「泣き虫はいらない」吐き捨てて「泣き虫は嫌い」蔑んで「泣き虫は死んじゃえ」嘲笑って「泣き虫死んじゃえ」笑って「死んじゃえ。死ね」うれしそうに「死ね、死ね」楽しそうに「死んでしまえ」。
誰かのみんなが、声を揃えた。
「死んで償え、泣き虫め」
そして、首が落ちた。笑って鑑賞していた子どもたちが次々に、次々にぽろぽろと、その首を落としていった。ボクに抱きついたリリが、周りを見回し「なんだ」と繰り返している。
「なんだもなにもないだろう?」
「だって君らは違反を犯した」
ピエロな二人の道化師さんが、落ちた頭を蹴り飛ばした。放物線を描いた頭は地面に落ちて、ぐちゃりと面を半壊させる。
「い、違反……? なにが違反だよ、なんのことだよ!」
いや、違う。違った。地面にぶつかったから崩れたのではなかった。落ちた頭はもれなく全部、ぐにゃりぐにゃりと溶け出していた。ぐにゃりぐにゃりと溶け出したのは、落ちた頭だけでもまるでなかった。
「オレらは確かに言ったはずだゼ」
「第三者の介入は、その時点で反則負けサ」
首を失ったみんなの身体も、ぐにゃりぐにゃりと溶けていた。ぐにゃりぐにゃりと溶けゆくごとに、色を失い、黒ずんで、不定形のまま固まっていく。人の姿を象っていく。見覚えのある姿を形作っていく
首のない影に、なっていく。
「それではみなさんお待ちかね!」
「罰ゲームの執行だ!」
ベルが叫び、ボクたちを呼んだ。ボクとリリが、同時に走り出した。ボクの友達を奪おうとする影たちの手から身をかわし、ベルをつかんで、そのまま走った。ベルはこっちだと言った。ボクはそれを信じた。ベルはボクの友達で、いつも正しいから、ベルの言葉をボクは信じた。リリも信じてくれたようで、ボクたちは三人一緒に走り続けた。走って、走って、走っていった。やがてボクたちは、扉を見つけた。扉を見つけ、押し出すように、ボクらは扉を破って外へと飛び出た――。
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