יא

 何も見えない。何も、足元も、隣りにいるはずのミカの姿も見えない。つないだその手だけを頼りに、ミカの存在を感じ取る。響き渡る足音だけを頼りに、自分が歩を進めていることを確かめる。

「ミカ」

「うん、リリ」

「ミカ」

「うん、リリ」

 声を掛け合って、お互いを認め合って。同じ歩調で、同じペースで、オレたちは先へ進んだ。先に進んで、出口に向かって。

 ……出口?

 オレは、オレたちは、家の中へ入っていったはずだ。出口を目指していた訳ではなかった……そのはずだ。なんでオレは、そんなことを思ったのだろう。なんでオレは――懐かしいような、さみしいような、そんな気持ちになっているのだろう。何かを思い出しそうだった。何か、大切な何か。ミカの名を呼ぶ。しかし、オレが呼んでいたのは、本当にミカだったろうか。オレが呼んでいたのはミカではなく、なにか、別の、誰か、別の――。

 名前。

「あ」

 唐突な、明かり。目がくらむ。ついで、破裂音。何かが爆発するような。ミカを引き寄せる。眩しい。くそ。なんだ、何が起こってる。ミカ。呼びかける。返事が来る。ベル。呼びかける。返事が来る。問題なく、二人はいる。少しだけ、安堵する。そうしているうちに、目が慣れてきた。白の目くらましが剥がれ、周囲に存在するものを見て取れるようになった。

 子どもたちが、周りを取り囲んでいた。

「おめでとう!」「おめでとう!」「おめでとう!」「おめでとう!」

 拍手の渦が、巻き起こっていた。おもちゃの太鼓や笛が鳴らされ、破裂音が再びとどろき渡った。三角錐のクラッカーから破裂音と、色とりどりの紙切れが噴射されていた。拍手の渦と、おめでとうの波が鳴り止まなかった。オレは――ミカを抱いて、固まっていた。

「やあやあみなさんおめでとう、ようやくここまで辿り着けたナ!」

「やあやあみなさんおめでとう、ついに辿り着いてしまったナ!」

 道化師たちがいた。子どもたちの輪の中に、あの二人の道化師たちがいた。その存在を認めたことで逆に、呆気に取られていたリリが我に返る。

「……なんの悪ふざけだよ、これはよ」

「悪ふざけ? 悪ふざけなんてことあるものか」

「本心から俺たちは、お前ら三人を祝ってやってるんだゼ」

「祝ってる? なにを祝うってんだよ」

「なにをって、そんなことは決まっている」

「目的地に着いたことをサ」

 それだけ言うと道化師たちは「さあみんな」と、周囲の子どもたちに号令を送った。手を叩きおもちゃの楽器を鳴らしていた子どもたちが、一斉に拡散していく。子どもたちの壁に囲われて見えなかった周囲の光景が目に入ってくる。

「遊び場もある」

 子どもたちが、思い思いに遊んでいた。砂場、ブランコ、鉄棒に回転遊具。お絵かき帳に積み木のブロックなど、様々なおもちゃが好き放題に転がっている。 

「暖かい寝床もある」

 真っ白なシーツ。ふかふかな羽毛の布団。ぎしぎしとスプリングが軋むベッドは、三人の子どもが同時に跳ねてもまるで壊れる気配はなく。

「お菓子だっていくらでもある」

 板のままのチョコレートを口いっぱいに頬張る子どもの隣で、生クリームで口ひげを作っている子どももいる。青や緑や黄色などの、おもちゃのように伸び縮みするカラフルなお菓子を遊びながら食べている子もいる。

「他にも欲しけりゃ、なんだって用意してやる」

 道化師たちが絡めた腕を掲げ、その先端で指を鳴らす。するとその場に、動物たちが湧き出てきた。鳩が、うさぎが、猫が、犬が。ライオンが、クマが、カバが、象が。動物たちは節操なく湧き出して、そしてそれらの動物もまた、子どものおもちゃと化している。

 外観と同じく節操のない色使いの、ここは大きな子供部屋のようだった。外も内も無関係な、とにかく楽しいを詰め込んだような、そんな。

「な、これで判ったろう?」

「ここはユートピアなのサ」

「誰もが望む楽しい世界」

「楽しい以外はない世界」

「つらいことも、かなしいことも」

「いやなことも、むかつくことも」

「ここには何も」

「存在しない」

「お前のための、安寧空間」

「お前のための、平穏領域」

「……それで、なんだってんだよ。オレたちには関係ねーだろ。だってよ――」

 言ってオレは、ミカの背中を叩く。

「オレたちは果て先のラトヴイームへ行く。なあ、そうだろミカ」

 ――しかし。

「ミカ……?」

 ミカは、応えなかった。応えることなく、オレの側から離れていく。離れて、それで――道化師たちの前へと歩み出ていく。

「おいばか、なにやってんだよミカ!」

「当然さ、これが当然の反応なのサ」

「なぜならここは永劫郷愁のネツァフ」

「お前らの幸福はいつまでも」

「いついつまでも、このままで」

「いまここのこの時に、留まり続けることなのだから」

 道化師たちの腕が伸びた。ミカに向かって。奇妙にうねって、まるで別の生き物みたいな動きで。

「だってそれが、お前の願った願いだろう?」

 二人の道化師の二本の腕が、ミカの方へと乗せられる。それはさらに奇妙に伸びて、まるで絡みつくようにミカの身体を捕らえていく。ミカは、動かない。どうして、動かない。なんでだよ。だってお前、果て先へ、ラトヴイームへ行くんじゃなかったのか? 本当のところ、お前の願いがなんなのかは判らないけども、こんなところに留まるのがお前の本当の願いだったのか?

 なあミカ、お前本当は、何を望んでここに来たんだ?

「ミカ」

 道化師たちの腕が、止まった。

「約束を、しただろう」

 ミカが、自分の裡を見つめていた。抱えたそれを見下ろして――わずかに頭が、上下に動いた。

「……うん。わかってるよ、ベル」

 ささやくような、声。

「ピエロさんたち、ありがとう。お誘いしてくれたことはうれしいよ。でもごめんね。ボクの願いは、ここにはないみたいだから」

「そうかいそうかい」

「そいつは残念」

 言葉の中身とは裏腹に陽気な声を上げる道化師たちが、へらへらと降参するように両手を上げた。異様な長さに伸びていたはずの腕は、いつの間にか元のそれへともどっている。まるでいま目の前で起こったことなど、ただの錯覚であったかのように。

 ……ともかく。

「これで判っただろ、てめーらなんかお呼びじゃねーんだ! どこへ行けばいいかをさっさと教えて、そしたらとっとと消えちまえ!」

 ミカの肩へと腕を回して、道化師たちに指を差す。道化師たちはくすくすと、顔を寄せ合い小さく笑う。

「いいゼいいゼ、いますぐにでも教えてやるよ」

「いいやいいや、ただじゃ教えてやれないナ」

「あぁ?」

「さてさてタヴ、どうしようか。どうすりゃ一番楽しくなるかネ」

「はてさてテト、これでどうだ。シロクロ勝負で決めてやるのサ」

「おい、なに勝手に進めてんだよ、おい」

「そういうわけで、決まりだナ」

「もしも勝てたら、教えてやるよ」

「確実安全徹底的な、進むべき道筋を」

「ここと言わず、西の果てまで」

「果てを越えた、果ての先まで」

「ラトヴイームの、ところまで」

「さあさあどうかナ、御一行さま」

「オレらの勝負、受け手くれるナ?」

「……バッカらしい!」

 人を食った笑みを浮かべる道化師に向かって、怒りをぶつける。本当に、腹の底から、いけ好かない。人をばかにして喜んでいるこいつらだけは、なにがあっても受け入れられない。もう一秒だって視界の中に留めたくない。

「行こうぜミカ、ベル。やっぱりこいつらふざけてるだけだ、相手することなんてねーよ!」

 ミカの手をつかみ、強引に引っ張る。ミカも、抵抗はしなかった。だからオレは腹立ち任せにミカを引っ張り、行き先も判らぬままにここから遠ざかろうと地面を踏んだ。背後から、あいつらの声が聞こえた。

「言っておくが」

「ここの先には鍵がある」

「ダイヤル式のパッドロック」

「粗末で簡素な四桁パス」

「解錠番号を知っているのは」

「テトとオレの二人だけ」

「知りたくなけりゃそれでもいいがナ」

「虱潰しに回せばいいサ」

「案外カチンと開けれるかもナ」

「そんな時間があればだけどナ」

 道化師たちが笑う。まるでこちらの心の内を見透かすかのように。そうだ、こいつらは理解しているのだ。オレたちの時間が限られているってこと。七日の制約、炎の壁。いまあの猛る焔がどこまで迫ってきているのか――それを確かめる術が、オレたちにない。もうすぐそこまで来ているかもしれないと、そう想定して警戒する以外に、オレたちに持ちうる手段はない。その不自由さを、こいつらは理解して笑っているのだ。

 なんて、こいつら、腹の立つ。前へ進むために踏み出した足を、真下に向けて打ち付けた。

「道化師たちよ、何を企んでいる」

 ミカの胸から、ベルがしゃべった。道化師たちの顔が、目に見えて不快に歪む。

「なにももかにもありゃしやしないサ」

「これがオレらの願いなだけサ」

「本当にそれだけか」

「口やかましい生首だな、くどくどのたまうやつは嫌いなんだ」

「受けるか受けないか、聞きたいのはそれだけなんだよ」

「で、さあ、どうするのサ」

「やるのか? やらないのか?」

「……どうする、ミカ」

 ベルがミカに問いかける。道化師たちが、ミカを見る。自然オレも、ミカを見た。八つの視線がミカに集まる。視線を集め、注目の中心に立たされたミカは――。


「そうだそうだ、いい忘れてた。罰ゲームについてだが」

「そうだな、ここはかるーく……指一本って、とこにしようか」


「それじゃ、種目は『1・2・3の太陽!』だ」

「“太陽”の時に動いているのを見られたら負けって、単純なゲームサ」

 身振り手振りを交え、道化師たちがゲームの説明を行う。言葉通りに、ルールは単純なものだった。“太陽”の側は1・2・3と数えているあいだは目を隠し、「太陽!」と宣言すると同時に振り向き“追い手”を観察する。その時追い手が動いているのを目撃したら、“太陽”の勝ち。

 逆に“追い手”側は動いているところを見られずに“太陽”まで接近し、気づかれることなくタッチできたらその時点で勝利。肝となるのは「1・2・3」のカウントをどれだけ読みづらくするか、あるいは読み切るかという点にあるといえる。

 勝負は一対一。道化師側が“太陽”で、こちらが“追い手”の役と決まる。後は誰が代表として勝負に出るかだが――。

「オレがやる。こんなばかげた勝負、オレがすぐに終わらせてやる!」

 ボクがと言いかけたミカを押しのけ、前に出る。ベルにミカの、宥めを任せて。正直に言えば、いまも納得している訳ではない。「いいよ、やろうよ」と安請け合いしたミカを責めたい気持ちもある。なぜって、相手はこのふざけた道化師。どこまで本気か定かでないにしても、指一本を要求してくるような輩だ。どんな卑怯をしてくるかも判らないし、仮に勝てたとして約束を守るかも明確でない。葉っぱの先の露ほども、あいつらのことなんか信用できない。

 しかし、だからこそオレが行くんだ。ミカを危ない目に合わせないためにも、時間を無駄にしないためにも。ミカはきっと、遊び始める。相手の策に、楽しいからと乗ってしまう。だから、オレが行くんだ。オレが行って、勝ってやる。……勝って、このムカつくピエロどもの鼻を明かしてやる。へらへらしたその面を情けなく歪ませてやるからな。

「ひとつだけ注意だ。何があっても、プレイヤー以外の第三者が手を貸したら反則負け」

「その時点で勝負はおしまい。まあ、わざわざ言うまでもないことだがナ」

「……あ?」

 説明しながら道化師たちが、子どもの一人を招き寄せる。招かれた子どもは道化師の言葉に幾度か相槌を打つとこちらへと近づき、「よろしくね、対戦者さん」と手を差し出してきた。眼の前の子どもと、道化師たちを見比べる。

「お前らが勝負すんじゃねーのか?」

 まるで想定外のことでも言われたかのように、白塗りメイクの二人は顔を見合わせ、それからとつぜん、笑い出した。

「いくらタヴが意地悪でも、そこまで無慈悲にゃできないサ」

「テトとお嬢さんが競い合ったら、それこそ勝負にならないからナ」

 言うだけ言って道化師たちは、腹を抱えて笑い続ける。……ムカつく、ムカつく、ムカつく! 差し出された手を無視してオレは、すぐにもスタートラインへと向かう。向かって、振り返って、念を押す。

「いいか、約束だからな! オレが勝ったら全部吐けよ!」

「いいともいいとも、約束は守るサ」

「もしも君らが勝てたらだけどナ」

 言ってろよ、ばか。そう言い返そうとする。しかしそれよりも早く、ホイッスルが鳴り響いた。岩の形をしたクッションに身体を預ける子どもが「いーちぃ、にーいぃ」と、ゆっくりとしたペースでカウントする。その声に集中しながら、足を踏み出そうとして――。

「――さん太陽!」

 片足が、空中で静止した。不安定なバランス。わずかにでも衝撃を受けたら、このまま転んでしまいそうな。子どもがこちらを見ている。なんだよ、さっさとあっちを向けよ。いつまでこっち見てんだよ。そう思いはするものの、当然口は動かせず。それから、たっぷり一〇秒ほども経ってからだろうか。ようやく子どもが、向こうを向いた。

「おいおいどんだけのんびりなのサ!」

「これじゃ太陽も沈んじまうゼ!」

 うるせえ、これが一番確実なんだよ! 心の中で反論しながら、軸をぶらさぬ摺り足歩行で前へと進む。だいたいこのゲームは慌てさえしなければ、“追い手”の方が圧倒的に有利なんだ。時間を掛けて着実に、相手の呼吸を読みながら前進する。そうすればいずれ間違いなく、あの無防備な背中まで辿り着く。

 事実、最初に振り向かれた時以外は危なげなく進むことに成功している。とつぜんにリズムを変えるカウントも、意識を切らさなければ問題にならない。一歩、一歩、地道に近づいていく。そして、ほら――もう目の前だ。腕を伸ばす。まだわずかに届かない。ゆっくり、ゆっくり、歩を進める。ゆっくり、ゆっくり、手を伸ばす。ゆっくり、ゆっくり、ゆっくり、ゆっくり――。

「バン、バン、バーン!」

 瞬間、身体が強張った。声、背後から、聞こえた。首が、視線が、意図せずそちらへ向かう。そこには一人の子どもがいた。おもちゃの銃を持った子どもが、おもちゃの銃を上下に揺らし、歌っていた。

「死んだ、死んだ、死んじゃった~!」

 歌い、そして、ケタケタ笑う。ケタケタ笑って、銃を揺らす。銃を揺らしてバンバンバンと、口から発射の音を吹く。「やめ――」と、口走りかけた。身体が、口が、動いた。はっと、我に返った。身体の向きをそのままに、目だけでそれを、岩のクッションにもたれた子どもを、勝負の相手を視界に捉えた。

「太陽!」

 血の気が、引いた。

「はーい残念!」

「君の負けー!」

 腕を、つかまれた。腕を、足を、胴を、無数の手につかまれた。周囲で遊んでいた子どもたちがいつの間にやらオレのことを取り囲み、四方八方からその手を伸ばしていた。身体をよじり、逃れようとする。しかし無遠慮につかみかかるその手の群れは、見た目以上の力でこちらの動きを封じてくる。

「い、いや! おかしいだろ! だっていまの、妨害じゃねーのかよ! そっちの反則負けだろ!」

「何を喚いているのやら、あの子は遊んでいただけサ」

「勝手に気を散らして動いたのは、お嬢さんの落ち度だろう?」

 カラカラと、重く硬い何かを引きずる音が聞こえた。音の先を、横目に見る。そこには少年がいた。目の下から赤い、三本の線が引かれている少年。片頬を縦断する赤い線の特徴的なその少年が、身の丈に合わないそれを引きずり、こちらへと近づいてきていた。

 それは、剣であった。分厚く、重く、先端が丸みを帯びた、異様な剣。あの、暴徒たちの一人の、なぜだか靄がかかったようにおぼろげで、輪郭すら定かでなかった男の所持していた剣。少年の持つ剣は、あの時みたものに酷似していた。

「お、おい、まさか本気じゃねーだろ? それもおもちゃなんだよな?」

「いーや、テトはいつだって本気の本気サ」

「タヴは本気で、誰であろうと公平なのサ」

 おもちゃでないことなど、一目で判っていた。しかし、まさか、本当に? 本当にこいつら、オレの、指を……? ……ふっざけんな!

「ふざけんなばか! 待てってこら!!」

「待ちませーん」

「待てませーん」

 赤三本の少年がふらつきながら、身の丈に合わないその剣を上段に構えて目をつむる。身を捩る。蹴り飛ばそうとする。しかし自由はもどらない。腕は伸ばされ固定され、指の先までつかまれて、自分の意志では動かせない。ただ小指、小指だけが動かせる。縦に、横に、動かせる。しかし、それももうすぐ――。

 くそ、なんで、こんな、くそ、くそ、くそ。赤三本の少年がいよいよといった様子でゆらぎを止め――まぶたを開いた。

「いや、お前たちは待たなければならない」

 振り下ろされかけた剣が、空中で止まった。

「……なんだよ水差し生首野郎、またお前かよ」

「オレらのジャッジに、何か文句でもあんのかよ」

「無論、文句しかない。――少年よ」

 ベルの声が、一人の子どもに投げかけられる。その子どもとは、“太陽”の少年。オレと勝負をした、あの子ども。

「振り向いた瞬間、リリの手に触れた。そうだな?」

 “太陽”の少年に視線が集まる。少年はにこやかに笑みを浮かべた表情のまま、自分に向けられた視線すべてを確認するように首を回して――そうしてその首を、縦に振った。

「うん、ぼく、タッチされてたよ」


「離せ、離せよこらぁ!」

 身体を振り回して群がっていた子どもらを振りほどく。さしたる抵抗もなく拘束を解いた子どもらは、わーわーきゃーきゃーといたずらでも見つかったかのように叫び声を上げ、思い思いに散っていった。あの赤三本の少年も、その手に握られていた剣も、いつの間にか消えていた。全身が脱力する。

 それにしても。無事に残った腕と、その先の手を、指先を見る。ベルの発言によって一命を取り留めたオレの小指。タッチされていたという子どもの証言。確かに触れていたというオレの指先。……覚えは、なかった。感触も。意識を逸らされていたために、気づかなかっただけだろうか。確信が持てない。……本当にオレは、勝っていたのか? ……いや、とにかく。とにもかくにもだ。

「……どうだこのばかピエロども! オレの勝ちだ、オレの勝ちだぞ!」

「見事だ見事、まさか勝つとは思わなかった」

「見苦しく拾った結果でも、勝ちは勝ちだナおめでとう」

「うるせえ! 御託はいいからさっさと案内でもなんでもしやがれよ!」

「何を言ってるお嬢さん?」

「だれが一度で終わりと言った?」

「……は?」

 道化師たちが指を鳴らす。すると二人の足元から、土の丘が盛り上がり始めた。土の丘は二人のひざほどの高さにまで登り上がるとその頂点に、細い枝をそのまま折ったような木の棒が生えてきた。

「さあてそれじゃ、楽しい楽しい二回戦」

「新たなゲーム、始めていこうか」

「いや、待てよ……待てよ、話がちげーだろ!」

 抗議の声をオレは上げる。だってオレは、勝ったはずだ。判定に疑問が残るところはあるものの、とにかく勝ちと認められたはずだ。だのに二回戦? そんな話、聞いていない。しかし道化師たちは両手を上げて首を振り、あからさまに呆れているとでもいったジェスチャーを披露してくる。

「三人分の案内するんだ」

「せめて三度は勝ってくれなきゃ」

「それからそうそう、勝負は一人に一度だけ」

「同一プレイヤーの連続出場は認めません」

「三人みんなで進みたいなら」

「三人みんなが勝ってみナ」

「なんだそれ、なんだそれ! 聞いてねえぞ!」

「いま言った。なあタヴ」

「ああテト。いま言ったナ」

「こんの……!」

「リリ、構わない」

 視線が、ベルへと集まった。

「次は私が出る」

 そう言ってベルは、自分を抱えるミカにその場へ下ろすよう頼む。ミカはベルの言葉に素直に従い、土の丘の前へとベルを置いた。ベルが視線で、土の丘のてっぺんを見る。眼の前の丘よりもベルの全長の方が、いくぶんか低いようだった。

「出るってお前、でも……」

 そもそも自力で動けもしないんじゃ……。そう危惧するオレの言葉をしかし、ベルは問題ないと一蹴する。「おそらくは一瞬で終わる」、と。

「そうかいそうかい、それじゃ種目だが――」

「丘崩しだろう、判っている。私は後攻を選ぶ」

「丘崩しってのは土の丘に棒を立てて順番に土を掻き出し、棒を倒した方が負けってゲームで――」

「説明は必要ない。始めてくれ」

「……つまんねえやつ」

「……くだらねえやつ」

 不快さを隠しもしない様子で道化師たちが、ベルの対戦相手となる子どもを呼ぶ。子どもは道化師の言葉にうなずいて丘の前、丘を挟んだ生首のベルと相対した。先行は、相手側。相手の子どもは両手を鈎にして丘の山へと指を突っ込み、大量の土を手前へと掻き出して――その一手で丘は崩れ、棒も倒れた。

「私の勝ちだな」

「ああそうネ」

「おめでとさん」

 ……え、終わり? これで? ベルの言っていた通り本当に、あっという間に終わってしまった。勝ったのか、これで。実感も沸かない。だってベルは、何もしてないじゃないか。「リリ」と、ベルに呼ばれる。拾い上げる。ベルに尋ねる。どうして勝つってわかったんだよと。なんとなく、周りに聞こえないようなひそひそ声で。

「やつらは私が生首であると知った上で、指一本をペナルティとした。つまりやつらは私のことなど、端から眼中にないのだ」

「どういうことだよ。だってそれじゃ、どうして三本勝負だなんて」

「これが必要な儀式だからだ」

「儀式?」

「そう、儀式だ。やつらの狙いはお前でも私でもない。すべてはある目的のために仕組まれたこと。やつらは初めから――」

「今度こそボクの番だね!」

 密やかに語るベルの声をかき消すように、ぴょんっとミカが、飛び跳ねた。


「最後の種目は」

「かくれんぼだ」

「かくれんぼ?」

「ザイニンくん」

「こっちへ」

 道化師たちに呼ばれ、一人の子どもがやってくる。その子どもには見覚えがあった。目元から片頬に向けて引かれた三本の赤い線。あの、先端が丸い異様な剣を引きずっていた子ども。赤三本の子――ザイニンくんが、ミカの目の前に立つ。その手には、いまは何も握られてはいない。

「さあミカくん、君はこれから憲兵さまだ」

「正しくお国を守るため」

「逃げたザイニンを探し出し」

「裁きを与えてやらなきゃいけない」

「それがボクのお仕事?」

「そうそれが、君のお仕事」

「大事な大事な、君のお仕事」

 お仕事……。そう繰り返したミカが一歩、前へと出た。眼の前の少年――ザイニンくんへと歩幅の分だけ距離が縮まる。相対して並んだ二人。ザイニンくんの方が背は高く、年齢も幾分か上のように見えた。先程は幼さの残る少年のように見えたが、あるいは一四、一五歳ほどの青年なのかもしれない。子どもだらけのこの場所には、どうも不似合いな異物と感じられた。

「よろしくね、ザイニンくん!」

 ミカが手を差し出す。しかしザイニンくんは応えなかった。空虚さを感じさせる目で、ミカのことを見下ろしている。ミカの、鉄仮面の奥を覗くようにして。ザイニンくんが、わずかに口を開いた。

「……偽りの星」

 それは、時間にして二、三秒のことだったろうか。すべての明かりが一斉に消え失せ――そして、何事もなかったかのように灯り直した。ミカを見る。特段変化は見られない。ベルを確認する。問題なく腕の中に収まっている。辺りを見回す。大きな変化は認められなかった。――ただ一点、ザンニンくんの姿が消失したことを除いて。

「さあ大変だ、ザイニンくんがどこかに隠れてしまった!」

「大変だ大変だ、このままでは悪が野放しになってしまう!」

「これまでひとりも逃さずに、悪は捕まえ裁いてきたのに!」

「ここで逃してしまったら、それはとっても公平じゃない!」

「憲兵さま、お願いです! どうかあいつを見つけ出して!」

「あいつに裁きの鉄槌を! 厳正にして平等なる制裁を!」

「あいつが逃げ切るその前に!」

「三分間の制限以内に!」

 芝居がかった調子で謳い上げる二人の道化。腕を伸ばして足を振って、子どもらを指揮して踊っている。ふざけた態度だった。腹立たしかった。しかしそれよりも、その言葉の中に引っかかる部分があった。三分間の、制限以内? そんな説明、まったく受けちゃいない。まただ。またこいつら、後から条件を付け足してきやがった。怒りのままに、道化師たちに食ってかかろうとする。しかしそれを止めたのは――当事者であるミカ、本人だった。

「だいじょうぶだよ、リリ。だってこんなの、簡単だもの」

 言ってミカは迷いなく、大広間の一点に向けて歩きだした。その先にあったのは、砂場。砂場の中央で、ミカが腰を下ろす。腰を下ろして砂のその表面を撫でたかと思うと、そのまま勢いよく砂を掻き出し始めた。掘り出された砂が、砂の下の土が、山となって堆積していく。そこにはもはやミカ一人分以上の体積が積み重なっていたが、それでもミカは留まることなく掘り続け、掘り続け、そして――。

「ザイニンくん、みーつけた!」

 そう、宣言したのだった。

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