ט

「いいから来いよ、すげーんだって」

 閉鎖されて久しい山中トンネル。散らばった瓦礫を当たり前のように払って彼は、光の種すらない暗闇へと足を踏み入れていく。危ないよと、私は思う。子どもだけでこんなところに入るなんて、絶対にいけないことだよって。けれど私は、思いを言葉にしなかった。だから私はおっかなびっくり、すえた臭いの漂う暗闇のトンネルへと踏み込んでいく。弱々しくて心許ない、いまにも消えてしまいそうな古ぼけたランタンの火を頼りとして。

 かすかな明かりに照らされたトンネルの内部は壁も天井もないような有様で、当然そこはもう道なんて呼べるような道ではなく、大きな瓦礫の上を登ったり、逆にくぐったりしながら私は、先へ先へと軽快に進む彼の後を追っていった。

 待って、待って、お願い待ってと私は思う。置いていかないで、一人にしないでと私は思う。けれど私は、思いを言葉にしなかった。それを言葉にするだけの勇気を、私は持ち合わせてはいなかった。だから私は先へ先へと軽快に進む彼の背を、無言のままに追い続けた。ただひたすらに、他の何にも目をくれず、ただただ彼を追い続けた。それで――ランタンを落としてしまった。

 本当の暗闇に、視界と皮膚とが包まれる。何も見えない、感じない。彼の存在を感じられない。怖かった。暗闇に包まれた状況そのものよりも、在るはずのものを感じられないことが怖かった。在るかどうか定かでないものに思いを巡らせてしまうことが怖かった。このまま置いていかれてしまうのではないかって、怖くて怖くて仕方がなかった。涙が溢れてくるくらいに。

 ――やっぱり私、嫌われているんじゃないかって。

「手ぇ、放すなよ」

 声が聞こえた。手を握られた。姿は見えない。けれど、存在は感じた。見えない手のその先が、私を引っ張った。私はそのまま、引っ張られるに任せた。彼が私を呼んだ。私も彼を呼んだ。彼が私を呼んだ。私もまた、彼を呼んだ。自分がいまどこをどのように動いているのかも判然としないまま、けれどもわずかな恐れも抱かずに私は、先を進む力に身を任せた。

 そうしてそれが、どれだけ続いたことだろうか。遠く、光が見えた。暗く長いトンネルの、出口を示す光が。一層の力で、先を行く手が私を引っ張る。握るその手に力を込めて、私も後についていく。走って、走って、一緒に走って。そうして私たちは、辿り着いた。そうして、そうして、辿り着いたその先には、光差すその先には――。

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