ח

 ああ、またここか。

 急速に塞がっていく焼け爛れた表面。自らの延長と化した手斧。酷く億劫な肉体。背を預けた大木。凭れた身体。死臭漂う汚濁の空気。積み重ねられた屍。武装した屍の群れ。悪を睨む死者の群れ。何もかもが、また、同じ。

「サディーン!!」

 張り上げた声、兜、鎧、剣に、斧に、槍。屍と同じ格好をした、未だ屍の仲間入りを果たしていない者たち。血走った目。泡の浮かぶ口角。恐怖心を興奮と憤怒によって上書きしようとする、涙ぐましい努力。遥かな過去より見続けてきた、戦士の顔。戦士の集団。

「サディン、サディーン!!」

 戦士が俺に襲いかかる。剣を振り下ろす。大木に背を預けたまま、手斧を振る。剣が砕けた。兜が砕けた。頭が砕けた。戦士の生命と、その魂が砕けた。戦士たちが、同時に飛び出してきた。屍の仲間入りをした戦士だったものを蹴り飛ばし、足止めする。一人先行した戦士の首を刈り、そのまま足止めした先の戦士に手斧を投げつける。顔面を割られたそいつが、膝から崩れ落ちる。

 砕けた剣に、転げた戦斧をつかんで、左右から飛びかかってきた者たちをそれぞれ斬り刺し貫く。息をしなくなった。戦える者は、もういない。剣と戦斧から手を離し、自らの獲物である手斧を回収する。一人生き残った、真新しい鎧に身を包んだ赤ら顔の目の前で。赤ら顔は勇敢にも槍を構えていたが、その先端はがたがたと震えに震え、目元には涙すら浮かんでいる。

 赤ら顔の目の前で、手斧を振った。槍の穂先が地面に落ち、横たわっていた屍のひとつに突き刺さる。赤ら顔は悲鳴を上げ、腰を抜かし、いよいよぽろぽろ涙を流した。

「行け」

 赤ら顔に告げる。しかし赤ら顔は言葉の意味を理解できないのか震えるばかりで、逃げ出そうともしない。手斧を振り上げ、足元に投げ下ろす。槍の穂先の刺さった死体が、その穂先ごと砕け散った。

「知れ、そして喧伝せよ。『バチカルの暁光』が悪徳を」

 四つん這いの格好で赤ら顔が、地面を這って逃げ去っていく。その行く先を見届けることなく彼は獲物を拾い直し、そして、振り返った。振り返った先には自らが背を預けていた大木。夥しい量の血液が付着した、禍々しくも物寂しい。彼は大木を見上げながら、己が手斧を握り直す。

「あーあー……」

 そしてさしたる力を込めることもなしに、逆手に握った手斧を振り上げた。背中に生暖かい感触が付着する。

「死んだらなんにもならないだろうよ。オレにとっても、お前さんにとっても」

 背後にいたのは、逃げ出したはずの赤ら顔。短剣を構えた赤ら顔の、真二つに割かれた成れの果ての姿が、そこには存在していた。例え駆り出されたばかりの新人であったとしても、彼は確かに戦士であった。生命のやり取りでしか道を拓くことを知らない、戦士。

「こんなことで、いつか辿り着けるものかねぇ」

 もはや二度と震えることのない戦士の目に、そっとまぶたを下ろしてやる。まぶたを下ろしもう一度、大木を見上げる。

「なあ、ケテルの使徒王様よ」

 大木の葉が、淀んだ風を受けて揺れる。応えなど、どこからも返ってはこない。

「……ハッ、そうだな」

 何もないその空間に向け、手斧を振るった。手斧を振るったその軌跡に沿って、空間が縦に切り裂かれた。歪んだ景色を映し出すその裂け目に彼は、身を入れる。頭、腕、胴、腰、足と、彼の身体が裂け目の向こう側へと移動していく。そして彼の身体が向こう側へと完全に移行したその直後、空間の裂け目が閉じた。

 後にはただ、静寂。

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