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 夢を見ました。夢の中の私は、一人の男の子でした。夢の中で私は、一人の男の子と向かい合っていました。眼の前の男の子が、右手をあげます。それに倣って私は、左手をあげます。

 男の子の右手の指先と私の左手の指先には、指環がつままれています。木の皮を剥いで丸められた、ただそれだけの簡素な指環。私たちはその指環を、お互いの小指に嵌めました。男の子の右手の指環が私の右の小指に、私の左手の指環が男の子の左の小指に。私たちはお互いに、お互いの指環を交換しました。それから私たちは交換した指環を重ねるように小指と小指を結び、向き直ります。

 向き直った先には、大きな樹がありました。大きな、とても大きな樹です。私たちは小指と小指を結んだまま、空いた側の手で目の前の樹に手を付きました。どくどくどくと、生命の流れる音が聞こえてきます。どくどくどくと、生命の流れる音が私へ伝わってきます。どくどくどくと、生命の流れる音が私と男の子をつなぎます。

 私たちはいま、ひとつでした。ひとつであり、異なる存在でもありました。異なる存在でもある私たちは声を揃えて、誓いを言葉にします。同じ言葉を、同じ早さで、口にします。同じ時の中で、同じ想いを共有します。そうして、私たちは誓いました。二人だけの約束を、目の前の巨木に向けて誓い合いました。

 男の子が私を見ます。男の子が私に話しかけます。男の子が私の隣にいます。それらのすべてが形容しがたい安寧そのものとなって、思わず私は泣いてしまいそうになりました。こんなにも暖かく、こんなにも穏やかな時間が存在する奇跡に、私は泣いてしまいそうでした。きらきらと星のように輝くその瞳が、ただそれだけが、ただそれだけを、私は見続けていたいと思いました。ずっと、ずっと。ずっと、ずっと。そう、願っていました。

 友達になってくれてありがとう――。

 彼は言いました。私に向かって言ってくれました。友達になってくれてありがとうと、他ならぬ彼が、他ならぬ私に向けて言ってくれました。私はその瞬間の幸福を、ずっとずうっと、噛み締めていました。どんな時にも、何が起ころうとも、ずっとずうっと、いつまでも、それを噛み締め生きてきました。ずっと、ずうっと。ずっと、ずうっと。ずっと、ずうっと。ずっと、ずうっと――。


 二人とも起きろ、時間だ。

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