第十一話

 目の前の少女クロエは馬鹿である。まず間違いないと断じたレクスは、さてどうするかと考えた。別に彼女を放って魔物を討伐しても良いのだが、きっと彼女はその後も無茶な挑戦を続け、いずれ命を落とす。

 そのような者は何処にでもいくらでもいるのだから、放置してしまってもいいが。



「…………」



 彼は唸る。自分の特性として「誰かが目の前で死ぬこと」を忌避するという自覚があるレクスにとって、少し先で死ぬことが分かり切っているのにも関わらず放置するのは、彼女を見捨てるのに同義だった。



「どうしたんですか、急に俯いちゃって」



「とんでもない馬鹿がいてね。どうしようかと頭を捻らせてるんだ」



「えぇ!? ……所でそれはどんな人なんですか?」



「自分の力量的に絶対に倒せないであろう魔物に戦いを挑んであまつさえその理由がお金のためという確かにくだらなくは無いんだろうがそれでも他人が聞いたらまず間違いなくくだらないと断じるような理由な何処か抜けている少女だよ」



「へぇ、そんな人がいるんですね」



 息一つ入れることもなく真顔になって言い切ったレクスだったが、どうにもクロエには通用しなかったようだ。彼女は「ぽけ〜」とした表情で、のんきに首を傾げている。

 その様子にますます頭の痛くなった彼は、思わず我慢できなくなってため息をついた。



「……ん? なんですかその反応」



「やっぱり馬鹿なんだなと」



「えっ! さっきの私の話だったんですか!? ちょっと、訂正してくださいよ!」



 一体何処に訂正する余地があるんだ? と彼は思ったが、息を荒げて掴みかかってくる彼女にそんな事を言ったら更に怒らせることは目に見えているので、ここはぐっとこらえた。

 周りの者はそんな彼らの様子を見て、すわ痴話喧嘩かかと思ったが、どうやら様子がおかしい。相手はクズ男(疑惑)だし、先程から少女の話を聞いていると…………。



「はぁ……」



 レクスは一体これからどうすれば良いのかと、やはり厄介事を持ってきたリンダに恨みの念を送った。
























 考えてみると、大きな街を絶望に浸していた魔物があのワイバーン一体であるとは思いづらい。確かにワイバーンは強い魔物ではあるが、数多くの被害を出しておいて放置されるほどの強さでもないのだ。

 おそらくワイバーン以外にも魔物が居て、それらが協力とまでは言わないが、たまたまタイミングが重なってしまい、討伐が遅れたのだろう。



 そのためレクスはクロエを関所に送った後、残りの魔物を倒そうと繰り出したのだが……。



「……どうしてついてくるんだ?」



 彼は呆れを多分に含んだ目を向けると、ぴょこぴょこと鳥の子のようについてきていたクロエは、白い髪を振り回して指を向けた。



「私が馬鹿だというのを撤回してもらうのです!」



「無理。ここら辺は危ないから関所に戻りなさいね」



「即答!? その上更に馬鹿にしてくるんですか……!」



 うがー! と地団駄を踏むクロエだったが、それを眺めるレクスは少し楽しくなってきていた。

 今までこのように彼が上位に立ったことがあっただろうか? 村では下等生物として扱われたし、精霊の樹では一応ではあるものの従者というくくりだった。リンダは持ち前の強気で、いつもレクスが願い事を聞いていたという感じだったので、やはり上位に立ったことはないのだろう。



 そして今はクロエという少女をからかっているのだ。初めての経験。レクスの口角は少し上がっていた。



「いくら冒険者ギルドの人とは言え容赦しませんよ! 私は悪を許しません!」



「あ、魔物」



「えっ、何処ですか何処ですか申し訳ないのですがちょっと倒してもらっていいですかいやほんと先程までの言動には深く深く謝罪致します私としましても本気ではなかったと言うかほんの冗談でありまして一応ワイバーンとの戦いがトラウマと言うかなんというかになっている私に再び魔物と戦えと言われましても少し厳しいと言いますかあのホント生意気言ってすいません助けてくだ――」



「嘘」



「はあああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」



 裂帛の気迫を迸らせて、クロエはレクスに飛びかかる。その姿は非常に綺麗で完成されたものであり、この攻撃を魔物相手に出すことができれば、なるほど彼女は実力派の冒険者であると納得できるのだが。

 それでもからかわれていたことを瞬時に把握し、こうして攻撃を仕掛けるというのは頭の回転が早い証拠だろう。彼は意外そうに目を開きながら、彼女の鞘走った剣を絡め取った。



「えぇ!?」



 しっかりと握っていたはずなのに、自らの手の中から消えていった剣を悲しげな目で見送ると、クロエは両手を上げて仰向けになる。俗に言う服従のポーズである。



「もうここから打開する術はありません! 煮るなり焼くなり好きにしてください!」



「いや、そんなつもりは全く無いんだが……すまない、少し遊びすぎた」



 まさか年頃の少女がそんな事をしでかすなどと思っても見なかったレクスは、そっと剣を返しながら万感の思いを込めた謝罪をした。少女は若干涙目になりながら鞘に納めると、キッと彼を睨みつける。



「では何かしらしてもらわなくてはいけませんね?」



「いや本当に申し訳なく思って……」



 眉を下げて謝る彼だが、そんな隙を見逃してくれる彼女ではなかった。



「やっぱり形にならないものって信用できないと思うんです。お願い、聞いてくれますよね?」



「え、あー、うーん……」



 ここぞとばかりに、ずずいと近づいて至近距離からレクスを見つめるクロエ。彼女はまるで瞳孔が開いているかのような目をたたえ、瞬き一つすることなく、彼の瞳を覗き込む。

 流石にそんな事をされたら攻めに弱いレクスは受け入れること以外に出来ることはなく、こくこくと力なく首を縦に振った。先程までの彼女からでは考えられない詰め方であった。



「私、魔物を倒したいんです」



「らしいな」



 彼は腕を組んで頷いた。関所などで散々話を聞いたから、彼女が何故ここに来たのかは把握している。



「でも今はほんのちょっぴりだけ実力不足じゃないですか」



「ほんのちょっぴり……?」



 不思議そうな顔をして聞き返すレクス。クロエはそんな彼を見て一瞬顔を赤くしかけたが、すぐさま頭を振って冷静さを取り戻した。そして真顔になって仕掛ける。



「ほんのちょっぴり、です。さて、そこで! 私は思いました。実力が足りないなら、それを補ってくれる人がいれば良いんじゃないかって!」



「あぁ、パーティーメンバーとかそういうやつか。良いんじゃないか? 作れば」



「この流れでそんなこと言います!? レクスさんがなるんですよ!」



「え、俺?」



 愕然とした顔で指を向けてくるクロエに、レクスはあまり分かっていなさそうな様子で首を傾げた。どうにもソロか、最高でもリンダとの二人で迷宮に潜り続けてきた彼にとって、パーティーというのは馴染まないらしい。それでも彼女がお願いをするというのなら、受け入れなければなるまい。



「……まぁ、俺でいいなら」



「わぁ! ありがとうございます、師匠!」



「ちょっと待て」



 やったー、とのんきに喜んでいる少女に待ったをかけ、レクスは額を抑えた。



「その師匠ってのはなんだ?」



「文字通り師匠です! 私を強くしてください!」



「悪いが俺は誰かに物を教えたことがない。師事すると言うなら、もっと他の人を探して……」



「よろしくお願いします師匠!」



 駄目だ、こいつ話を聞く気がない。

 満面の笑みを浮かべてレクスの手を握るクロエを見て、彼は唇の端をひくつかせた。

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