第九話

 その金属片は領主によって定められた絶対的な価値があるらしく、物を交換するときにそれと同価値の物を運んでこなくても、金属片――金銭でもって交換できるらしい。

 そうするとわざわざ大量の荷物を持たなくとも良くなるので、なるほどレーンスヘルはやり手らしい、とレクスは頷いた。



 効率的な手段だが、果たしてリンクスの街で再現できるだろうか。

 彼の街では基本的に物々交換が行われる。魔物を倒した際にその場に残るドロップする魔石などのアイテムと、冒険者が増えると同時に居着いた鍛冶師が作った武器や防具と交換するのだ。

 この一連の流れの中に「魔石と金銭を変換し、その金銭でもって武具と交換する」という流れを作りたい。

 すると初めは冒険者関連のものにしか適用されないだろうが、いずれリンクスの街全体で金銭が使用されることになるだろう。



 戻ったらリンダに相談してみるか……とレクスは考え、街の散策を終了した。



 気がつけば宿を出てから結構な時間が経っている。

 それほどまでに有意義な時間であったが、レーンスヘルを待たせるのも冒険者ギルドの代表として来たのだからよろしくないだろう。

 彼は若干急いで戻ることにした。



「やぁ、急がせてしまったかな?」



 領主は部屋の中で待っていた。彼は扉を開いたレクスに声をかけると、後ろに控えていた使用人に話をさせる。



「魔物の被害にあったのが九十六名、うち死者は五十六名です」

「それは……今までの合計ですか?」

「いえ、ここ三十日ほどです」



 多い。

 レクスは想像していたよりも遥かに多い死傷者に無念を感じつつ、単純に考えて一日三人程度の被害を出す魔物を想像する。

 しかし分からない。迷宮の中層から下層にかけて出現する魔物ならいざしらず、地上で繁栄する一般的な魔物がそれほどの強さを誇るだろうか……。



「ちなみに、その魔物の外見などは」

「聞き取りを行いましたが、そのものは魚のような鱗を持ち、蝙蝠のような翼と、肉食獣のような鋭い牙を持っていたそうです。おそらく」

「…………ドラゴン、ですか」



 数多くいる魔物の中でも最強と言われる、ドラゴン。

 彼のもの共は高い知性を持ち、また戦意も薄いために人を襲うことは少ないはずなのだが。もしやワイバーンなどの下等ドラゴンと言われる存在なのだろうか。それならば確かな知性を持たず、人を襲ってもおかしくはない。



「この街から北に三時間ほど行ったところにある鉱山、及びその関所が魔物がいると思われる地点です」



 無表情だが、何処か懇願のような雰囲気を醸し出す使用人。



「解決できるか難しいところですが、とりあえず行ってみます」



 レクスは難しそうな顔をして頷いた。



 ◇



 この街は交通手段までもが発達しているらしい。

 激しい上下運動によって痛めつけられた臀部を労りつつ、レクスは馬車・・なる乗り物から降りた。

 それは木製の車輪を括り付けたもので、馬に引かせて人間が歩くよりも遥かに速く、また大量の荷物を運べるようにするという非常に画期的な乗り物であった。

 

 

 彼が己の足で歩いていたならば、前情報通り三時間ほどかかっていただろうが、領主のはからいで馬車を貸し出してもらったために、それよりもだいぶ短い時間で辿り着いている。

 しかもこの馬車を引いていたのはただの馬ではなく、どうもドラゴンの血が混じっているらしく、他の個体よりも移動速度が速いそう。確かに彼のものは頬のあたりに鱗を持ち、気高くブルリと嘶いた。



「ありがとうございました」



 御者に感謝を伝えると、寡黙な人物なのか無言で頷き馬を叩く。

 しばらく小さくなっていく後ろ姿を眺めていたが、やがてひとつ息を吐くと体を伸ばした。



「行くか」



 鉱山とは言っても、現在は全く活気がない。というのも、どうも数年前に資源を取り尽くしてしまったようで、盗賊などに悪用されないように少々の撤収作業をした後、完全に放置されているらしい。

 以前まではあったであろう人の営みを想起させる光景は、今の寒々しい印象によって余計に物悲しい。



 ゴロゴロと転がる石がだんだん大きくなっていく毎に、位置は高くなっていく。

 草が生えていないことでようやく道だと分かる場所を通っていくと、何処からか声が聞こえてきた。



「た、助けてええええええええええええええええええええっ!?」



 随分と緊迫感にかけるもので、思わず気が抜けてしまいそうなものであるが、内容自体は身構えるべきもの。鉱山に到着してからいつ魔物が現れても良いように警戒していたレクスは、声が敵の擬態である可能性も考慮しつつ、聞こえてきた方向へ向かう。

 するとそこには、ワイバーンが音を立てながら少女を追っている光景が広がっていた。



 ワイバーンの羽には大小様々な穴が空いており、とてもではないが空を駆けられそうにもない。

 一体何者にやられたのかは不明であるが、とりあえずは絶体絶命の彼女につけられた傷ではないだろう。



 レクスは物陰から飛び出ると、タイミングよく魔物に蹴りを食らわせた。



「えっ、誰!?」



 背後より素っ頓狂な驚きが漏れる。案外余裕あるのか? と彼は思ったが、前方の敵は油断をさせてはくれなかった。

 彼の者は獰猛に口を開き、鋭い牙を見せつける。

 おそらく非常に飢えているのだろう。元々羽を用いて空を飛び獲物を狩る習性を持つワイバーンが、こうして地を駆けているところを見たことがない。

 それほどまでに追い詰められているのか、貪欲に食料を狙う瞳はギラギラと光っていた。



 手負いの獣が一番厄介である。

 レクスは一切の情け容赦なく、下等な精霊を操作してワイバーンの脚に蔓を巻き付けた。当然大暴れして抵抗されるが、想定内。彼は地面にマナを流し込むと、鋭く隆起させる。

 


 石の槍めいたそれは魔物を確実に貫き、耳を塞ぎたくなるような絶叫が周囲に鳴り響いた。



 敵が動かなくなっても、しばらくレクスは動かない。以前死んだと思っていた魔物が、ノコノコと近づいた彼に手酷い傷を負わせたのだ。その際はリンダが自身の歳も考えずに大泣きしたものだから、痛々しい記憶として強く残っている。



「…………………………」



 鋭い石に貫かれたワイバーンからは、赤々とした血が流れ出ていく。

 生命そのものとも言えるそれは、魔物から熱を奪った。



「……やったか」



 小さく息を一つ。ドラゴンが出るという前情報通りであったが、まさかすぐさまワイバーンと戦うことになるとは。

 先程は非常に容易く倒してみせたように見えるが、下等とは言えドラゴンはドラゴン。通常はあれほどまでに簡単にはいかない。

 あの個体は長いこと獲物にありつけていなかったせいで、動きに精彩を欠いていた。また一番の武器である羽が使い物にならなくなっていたというのも大きい。

 ワイバーンとは、魔物の中でも上位の存在であるのだ。



「…………で、だ」



 完全に命の灯を断った敵から目線を外すと、レクスは後ろへ振り返る。

 そこには涙目で腰を抜かし、ブルブルと震える少女がいた。



「どうしてこんな所にいるんだ?」

「あばばばばばばばばば」



 駄目だ、会話が通じそうにない。

 彼は頭が痛い、とでも言いたそうに額に手を当てると、大きなため息をついた。

 それにびくりと肩を上げる少女。脅かしてしまったか。



「あー、俺は冒険者のレクス。あの魔物を討伐しに来た」



 ワイバーンを指さして呟く。

 冒険者・・・の単語で目を見開いて、少女は急に元気を取り戻したように立ち上がった。



「あなたも冒険者なんですね!? 私も冒険者なんです! 名前はクロエです!」



 白髪を振り回しふんすと息を吐き出した彼女は、腰を抜かしていた影響で盛大にすっ転んだ。

 なんとも面白い生き物である。

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